第12話 デイジー、王子に遭う
「ども!ルーファスの師匠見に来たっス!」
赤い髪色の見るからに元気な少年だった。
「すいません、お師匠さま…。付いてくるって聞かなくて」
ルーファスが少年のとなりで申し訳なさそうにしている。
「あ、ああ、ルーファス君のお友達か~。ふぁ~、ちょっと寝てたから…入る?」
デイジーは昼寝をしていたところを起こされて、ちょっと気だるげな気分だった。
「お友達じゃないです。ただの同じ学校の知り合いです」
「おいおい!ひでーな、ルーファス!ま、いーや、お邪魔しまーす!あっ、俺アベルっス!よろしくっス!」
「え?なに?アベル?」
デイジーは目を剥いた。
「ふっふっふ、さすがは師匠さん、気づきましたか!そうです。俺が巷で噂のアベル・オブライエ第四王子!このオブライエ王国の麒麟児!魔法学園〈ユグドラシル〉ランカー1位!でも、気安くアベルでいいっスよ?」
アベルはウィンクして舌まで出してきた。
「てい」
ルーファスがアベルの横っ面をはたく。
「いてぇ!なにすんだよ!不敬罪に問うぞ!?」
「お師匠さまの前で下品な顔をさらすな。不快だ」
デイジーは目の前で行われる小競り合いを気にしている余裕はなかった。
頭の中では、やべー!あのアベルじゃん!ルーファスと友達だったのかよ!と思っていた。
アベル・オブライエ第四王子。竜騎兵団長。神に愛された天才。
わたしを二千回は殺した男!
「へ~!俺、女の子の一人暮らしの家に入ったの初めてっス!なんか緊張するなあ!あっ、甘い匂いする~!」
「キモい」とルーファス。
それがこんな感じのうるさいワンコのような少年だとは。
たしか大人のアベルは眉間に常にしわが寄っている剣聖然とした人物だったような。若くして剣聖の称号を得るような超厄介なやつだったような…。
「…アベル君はずっとそのままでいて欲しいな~」
「え?なんスか突然?いきなりファンになっちゃいました?サインいります?」
「いらない。とりあえず、みんなでお茶にでもしましょ」
デイジーは手早くお茶をふるまった。来客があるようになってから、お茶を淹れる機会が増えた。
最近では市場で茶碗やティーカップをついつい見てしまう。
シャロワたちと初めて会ってから一週間が過ぎていた。
シャロワとベニマルは感心なもので、ちゃんと毎日来てはアレキサンダーに餌をあげて遊んでいた。
来るたびにシャロワがお菓子を持ってきてくれるので、お茶をふるまってみんなで食べるようにしていた。若干デイジーも餌付けされているような気がしないでもない。
ルーファスはあの大事件以来、何も変わるところがない。
どうやら頭をなでたというか、ぐちゃぐちゃにしたことを大事件だと感じているのは自分だけのようで、デイジーは安心もし、なにやら悔しくもあった。
まあ、考えてみれば子供のやることだ。
なにも深い意味のない、本当に師匠に褒められたいというだけの気持ちだったのだろう。
ふぅ、とお茶を飲んでデイジーはため息をついた。
「お嬢さん、どうなさった?この生まれながらの王子に話してみないかい?」
アベルがキメ顔でニカッと歯を出して笑い、自分に親指をビッ!と向けた。
「…本当に生まれながらの王子なのかしら?と思うくらい優雅さに欠けるわね」
「庶民派王子で王位を狙ってます!応援よろしくっス!」
「王位狙ってるの…?というか、王政で庶民の応援が意味を持つのかしら…?」
「みんなに好かれたいんです!太陽王とか呼ばれたいっス!」
「う~ん、バカっぽい!気に入った!私のお茶菓子をやろう」
「あざーす!」
HAHAHA!とデイジーとアベルは笑い合った。
「で、お前はなにしに来たんだ?」
ルーファスが割って入るように言った。
「ん?あ、ああ、そうそう。ルーファスの師匠に会ってみたかったっていうのもたしかにあるんですけど、コイツを診てもらいたくて」
アベルは胸ポケットからおもむろに小さな丸い物体をとりだした。
「んん?」
デイジーが顔を寄せると、それは丸めていた体を伸ばし、アベルの手のひらのうえでぐい~!と精一杯伸びをした。
「え!?なにこれ、かわいい!」
「甲羅ハムスター、略して甲ハムって呼ばれる生き物っス。名前はスターっス!」
スターはアベルに紹介されると、デイジーの顔を見てまるでドヤ顔を決めるかのように口の左端をあげた。
「え!?笑ってる?すごい!」
「ああ、これは甲ハムの挨拶です。どうぞ師匠さんも返してあげてくださいっス」
「え…?」
ドヤ顔を決めろということだろうか?
正直、恥ずかしい。けれど、スターはずっとドヤ顔のままデイジーを見つめていた。
「こう!こうっス!」アベルも口の端を上げて応援してくる。
飼い主とペットが二重になってドヤ顔を強制してくる。
こんなの、抗えるわけない。
「こ、こう…?」
デイジーはクイッと唇の左端を上げた。
すると、スターは腕を組んで、顔を斜めにして二度力強くうなずいた。
「おおっ!スターがはじめてにしてはなかなかだぜっ!って言ってますよ!俺にはわかるっス!」
「そ、そうなんだ…!」
デイジーはちょっと恥ずかしかったが、スターと通じ合えた気がしてそこはかとなくうれしかった。
「またけったいなやつが現れたな…」肩にのっていたクロがボソッと言った。
「まったくです…」ルーファスがお茶を飲みながらボソリとクロに同調した。
「んあ?なにがまったくなんだ?」クロのことを見えていないアベルが聞く。
「べつに」ルーファスはすねたようにデイジーをチラリとみた。「ボクとお師匠さまの秘密」ルーファスはすぐに目をそらした。
おいおいおい、ルーファスったら嫉妬してんのか?独占欲発揮してんのか!?
デイジーは心の奥がきゅうんとして今すぐ頭をなでてやりたくなった。
「えー、なんだよ~。教えろよ~」
「いいから、スターの治療に来たんだろ?」
「あっ、そうそう。こいつら甲ハムは頬袋に魔法石をため込む習性があるんだけどさ、この前ウチにある賢者の石を詰め込もうとしてケガしちゃったみたいなんだよね。治せる?」
なにやら王族ジョークみたいな単語が入っていた気がしたが、デイジーはぼうっとしていたのであまり頭に入らなかった。
だが、口内の傷であればなんら問題ないはずだ。
「やってみるよ」
デイジーはスターの小さなあごに手を添えた。
スターはなぜか片腕をデイジーの指先にのせてゆったりポーズを決めた。
光球がスターを包んだ。
「はい、おしまい」
「おお!どうだ、スター!治ったか!?」
アベルは小さな手鏡をスターに向けた。
スターは鏡の前で自分の口に指をつっこみ、頬袋を丹念に確認していた。
やがてスターは身体をひねって振り向くと、デイジーにサムズアップした。もちろんドヤ顔で。
…まちがいない。こいつも変異種だ。
庭の大木でアレキサンダーがアギャ!と鳴いた。
「へー!ルーファスの言った通りすごい魔法使いだな。王室付の治癒術師でも治せなかったのに。賢者の石に呪われたかな?なんて思ってたんだよ。あっはっはっは!」
笑い事じゃない気もするが、当のスターはなぜかヤレヤレポーズをとっていた。言葉がしゃべれたら「まったく大げさだぜ?GUYS」とでも言っていただろう。
「おっと、そろそろ帰らなきゃ!遅れると家庭教師がうるさいんだよ。じゃな!あっ!」
アベルは重大なことをわすれてたというようにデイジーを見つめた。
「なに?」
「師匠さんって名前なんて言うんスか?」
「デイジー」
「苗字は?」
「ただのデイジーよ」
「そうっスか!じゃ、デイジーちゃんだな!」
「なっ!?」と反応したのはルーファス。
「ああっ!いけね。お代忘れてた!いくらっスか?」
「え?ああ、1000ドシ」
「10000ドシアだ!」となにやら怒りをこめてルーファス。
「おう!じゃ、これで!」
アベルは10000ドシア金貨を払い、「じゃな!ルーファスたまには学校来いよ!デイジーちゃん、また会おう!」と顔の横で二本指をピッ!と払った。アベルの肩でスターも同じ仕草をしていた。
嵐のように走って去っていった。
「いやー、なんというか」デイジーは感想を漏らした。「ルーファス君の友達って明るいね」
「…友達じゃないです」
「え~、じゃあ、なんで連れて来たの?」
「なんか、急に家に来たのと、まあ、あいつ王子だし人気者だし、お店繁盛するかなって…はぁ」
ルーファスがため息をついてしまった。
「そっかあ。お店のためにがんばってくれたんだね。えらいえらい」
「…お師匠さま、もしかしてボク余計な事しましたか?」
デイジーはちょっとギクッとした。
「いや~、動物の口内が健康になるのはいいことだよね」
「はい」
「うん、でも、まあ、しばらく宣伝活動みたいなのはいいかな。ゆっくりやろう?」
「はい…」
「ルーファス君は頑張り屋さんだなあ。あっ、というか、こんなに頑張ってくれてるんならお給金渡した方がいいよね?」
いくら弟子とはいえ、働かせすぎな気がした。さすがにタダは悪い。
ルーファスはちょっとギクッとなって「はい…」と言った。
「実はウチ貧乏なんでもらえるとうれしいです」
ちょっと気恥ずかしそうに小声で言ったのだった。
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