第14話 デイジー、不意を突かれる

「はい!次の方!」


デイジーのお店、〈どうぶつの歯医者さん〉は忙しかった。

ルーファスの目論見通り、アベルの王室関連の知人、学校関連の知人が大挙して押し寄せることになったのだった。


ルーファスが家の外で客あしらいをして、一人ずつ家に入ってもらい、速やかにデイジーが魔法を使うという方式をとっている。


はじめは並んでもらい、そこをデイジーが流れ作業のように治せばいいのでは?と思ったが、動物同士がケンカを始めてしまいうまくいかなかった。


「お、おい、あそこにいるワイバーンはなんなんだ…?」

「さあ…?とりあえず目を合わせずおとなしくしておこう…」

待たされている客もアレキサンダーの示威行為によりイライラよりヒヤヒヤするようで、大過なく治療できた。



だが、人が集まると必ず事件、イザコザが起こるものだ。

「おう、こんなところにサボり魔がいるぜ!」


開けっ放しの玄関から、そんな声が聞こえてきた。


「おう、特待生のくせにサボってばかりいるルーファスちゃんじゃねえか」

見ると、ルーファスより5歳は年上の体格のいい二人組がルーファスに絡んでいた。どうやら魔法学園〈ユグドラシル〉の上級生らしい。


「お客様、ほかのお客様のご迷惑になりますので、どうか無駄口をたたかずおとなしく並んでいてください」

ルーファスは丁寧なのかケンカを売っているのかわからないことを無表情に言った。


「なにぃ!?お客様に失礼じゃねえか?」

「よせよ。貧乏人だから学校サボってまでバイトしねえとなんねえんだろ。かわいそうじゃねえか」

「まったく、特待生の学費はおれらの金でまかなわれてんのによ」

「しょうがねえよ。孤児に恩義を売ったところで返すって概念があるわけもねえだろ」


ルーファスは耐えているようだった。おそらくデイジーのお店がせっかく繁盛しているのに、弟子である自分がぶち壊すわけにはいかないと思っているのだろう。

「おい…!」


デイジーはいつの間にか二人組の背後に立っていた。

「ああ?」

「なんだぁ?このちみっこいのは?」

「ラァア!」

デイジーはジャンプして二人まとめてラリアット一発で吹き飛ばした。もちろん理合を使った。


まわりはざわついたし、ルーファスも啞然としていたが、デイジーは「ウチの可愛い弟子に手を出すやつは許さん!アレキサンダー!捨てて来て!」と言った。


アギャ!

アレキサンダーは待ってましたと言わんばかりに二人組の襟首をつかんで、はるか彼方に飛んで行った。まあ、食べはしないだろう。

「次の方!どうぞ!」


デイジーは忙しいのですぐに仕事にもどった。

この件で恐ろしく狂暴なホビット女店主と恐ろしく可愛いエルフ従業員と恐ろしいワイバーンが切り盛りする店、それが〈どうぶつの歯医者さん〉だという噂がひろがったのだった。



次の日、ルーファスはまた絡まれていた。

しかし、今度は女子たちにだった。


背格好からしてルーファスと同級生という感じの女の子たちだった。また二人いる。


「あっ!ほんとにルーファスこんなところにいた!」ピンク髪の女の子が接客しているルーファスを指さす。


「…お客様、ペットのほうは?」

ルーファスは冷めた顔で確認した。


「ペットなんていないよ!ルーファスに会いに来たの!ねえ、なんで学校来ないの?来てよ!」オレンジ髪の女の子がルーファスの腕をひっぱった。


しかし、ルーファスは女子の腕を振り払うとただ一言「ウザい」と言ったのだった。


女子たちは見るからに表情をひきつらせたが、ピンク髪の方が「またまたー!ほんとはうれしいくせにー!」とルーファスの背中を叩いた。


デイジーは目の端でみていて、ヒヤヒヤした。


ルーファスは本当に、まったくうれしさなど微塵もない表情で「邪魔。帰れ」と命令した。


これには女の子二人組は一気にうつむいてしまった。オレンジ髪の女の子なんかは肩が小刻みに震えだしている。


「…ルーファス君」

デイジーはいつの間にかルーファスの背後に立っていた。


「え?あっ、お師匠さま」

冷たい表情が一変してほがらかになる。

怖い。


もしも自分がこの涙ぐんでいる女の子たちだったとしたら…。

「ルーファス君、よくない」

「え?」

「昨日の連中とはちがって悪意があるわけじゃないし…。それにこういう形で女の子を泣かせてるルーファス君はちょっとカッコ悪いと思う」


ルーファスは今のデイジーの言葉におおきなショックを受けたようだ。足をもつれさせながら、女子たちに振り返った。

女子たちはルーファスに見つめられて、ビクッと体を震わせた。もう涙が流れてしまっていた。


「…ごめん。言い過ぎた」

「う、ううん。こちらこそ…」

「急に来てごめんね…」

気まずい雰囲気が流れるが、一応は解決したようだ。


息をつき、仕事に戻ろうとした目の端に女子たちが映った。

女子たちはデイジーのことをにらんでいた。

嫉妬の炎に巻かれる前に、デイジーは駆け足で診療所である家に戻ったのだった。



「…昨日、今日と迷惑をかけてごめんなさい」

ルーファスが仕事終わりに謝ってきた。


「あー、いやいや、大変だね。それにしてもルーファス君ってやっぱりモテるんだね。好きな人とか彼女とかいないの?」

「いません」即答だった。


「あ、そう。好きなタイプとかは。ほら、栗毛のお姉さんとかニットワンピースが似合うお姉さんとか」

「なんですかそれ…。まあ、強いてあげるならお師匠さまみたいな人ですね」

「お、おお」


デイジーはいきなり言われて赤くなった。

ルーファスはなぜか余裕の微笑みをしてみせた。

まるで勝利者のようだ。

生意気な。


だが、その生意気な笑顔にデイジーはドキドキしてしまうのだった…。


「おーい!オレもいるんだがなあ!見えてるー!?」クロがデイジーの肩から自己主張した。「最近、オレ影うすすぎないか?」


デイジーとルーファスはそれでも見つめ合っていた。

クロは拗ねた。

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