第8話 Assassins from Valhalla

 公爵様が回復をして下さったのか、多少の痛みはあるが目覚めてから身体が軽い。

 まぁ、【タックス】という名の軽さを取られたままだと、もう二度と身体検査に参加出来そうにないし本当に良かった。

 あのままだと体重計が振り切れそうだった。

 今は身体も軽く、確認したが傷跡等はなさそうだったし、公爵様に感謝だ。


 公爵様が仕事に戻ってからベッドから降りて、ストレッチに時間を掛け、汗を拭いて洗顔をしてから着替える。

 これからどうしようか…

 傾向として、偽神はママ達や私と引かれ合っている気がする。

 このままここに居れば周辺の神が寄ってくるのではないかと公算している。

 今までの傾向として確率論から言えば間違いなさそう。

 何なら乱数調整で偽神を呼び寄せる事も出来そうだが、問題はこの事態が何か月かかるのか?

 偽神が何柱なんはしらいるのかが見当がつかないのだ。

 こういう時は先を見据えず、目の前の事を黙々とやるしかないのだが。

『私達は夢を織り成す糸の様なものだ』というシェイクスピアの言葉がある。

 夢を織り成すのを諦めなければ必ず紡がれるのだ。

 簡単に言うと「諦めるな、頑張れ!」なのだが、中二病真っ只中の私にはシェイクスピアがしっくり来るのです。




「月詠、体調はどうだ?」

 夕方に差し掛かろうかという頃に公爵様が再び様子を見に来てくれた。

「有難う御座います!もうすっかり大丈夫です!」

「では次行くか」

「おかわりが早かった!」

「先が見えぬのなら、休みつつも信じて突き進め!お前の母達はそうだったぞ?」

「はい!」





 教えてもらった場所は、昨日ノルンのスクルドがいた場所…同じ場所にPOPとか珍しい。

 立ちはだかっていた神は、まさしくアニメに出てくる様な戦乙女いくさおとめという装束にアーマー…

 静かに目を閉じ、その時を待っているかの様に存在感を消していた。


『来たか、神封じ』

 剣を鞘から引き抜き、地面に突き立てた。

『抜け。抜いてからが勝負だ』

 流石戦女神いくさおとめだ、と感心しつつ封印解除シールリリース名も無き断罪ネームレス・ペナルティで防御と力の底上げをする。

『よし、魔剣グラムのさびとなれ!!!』

 真っ向からしのぎの削り合いが始まる。

 流石に偽神だと言っても根本的な膂力りょりょくが違う!

『ふっ、私に着いてくるか!面白き神封じよ!』

 一合で間合いを取って相手の出方を見る!

『受けられるかっ!シグルドリーヴァの言葉!!』


 そう言い終わると全身が一気に硬直し、光の様な焔が周囲を何重にも包んだ!

「動け…ない…」

『口だけは聞かせてやる。幽明境ゆうめいさかいことにする前に辞世の言の葉を聞こうか?』

「…名も無き覇道ネームレス・ハドー!!」

 そう唱えるとスキルでデバフを全て解除し、相手の喉笛に刀を突き立て…る瞬間に魔剣グラムの身幅で刀を止めた!

 完全不意打ちを反射で止めるとは…!


 刀を弾き返されたので間合いを空けると、突進し突きを放ってきたので…

「ファングハーケン!名も無き疾風ネームレス・ゲイル!」

 手甲・ストライフに備わるワイヤーハーケンを横に生えている樹に打ち込み、巻き上げて急移動、停止した瞬間名も無き疾風ネームレス・ゲイルで移動した先は彼女の背後の樹の後ろ!!


『間抜けが!隠れたつもりか!?』

 戦乙女は斜め切りで背後の樹を両断したが、私はもう飛行結晶で飛び上がっていた!

名も無き一撃ネームレス・スラスト!」

 斜め上から彼女の胸を狙い一撃を放った!


 それを紙一重で躱し、刀を跳ね上げる!

 うっかり刀を弾かれそうになるが、何とかキープ出来た!


 流石名高い戦乙女…強い!

 ブックの方が勝てそうだが…この戦いは刀で挑まないと申し訳ない気がする!



『名乗っておこうか…私はヴァルキュリア。貴様の名は?』

「…月詠つくよみ

『勝とうが負けようが、胸に刻もう。我が好敵手よ!!』

 魔剣を構え、突進してきたので技を試してみる!

名も無き舞踏ネームレス・リボルヴ!!」

 超高速の乱れ斬りを放つが…背筋に冷たいものが走る!

 乱れ斬りを魔剣で全て止めた!

『貰った!願いの乙女!!』

 魔剣が光を放ち伸びて来る!


   『体感速度遅延バレットタイムを取得』


 ―――キセキさん!有難う!!

 刹那の時間を貰い、角度計算は出来た!

彼方よりの星光スターライト・ビヨンド!」

 左手でビームを彼女の脇腹に命中させつつ、背後の樹を狙う!

 計算通り樹の上部が斜めに焼き切れ、ヴァルキュリアを直撃するコースで倒れて来る!

小癪こしゃくな!』


 ヴァルキュリアは倒れてくる遮蔽物と魔剣が重ならない右手へと避けた!

 が、それを私は読んで待っていた!!

『…ふっ』

「終わりです!」

 一撃、腹に刺した。

 この戦乙女には命を奪う事等いらない。

 敗北の線引きはみずから着けるタイプだ。


『…悟った表情が腹立たしいが…貴様の勝ちだ』

「今までの神の中で…貴方が一番気高い神だった」

『何だそれは…ふふふ、悪くない。ならば神らしく授け物をやろう』

 左手にしていたストライフのふちが肘まで伸び、美しいアーマーになる。

『戦乙女の手甲…きっとお前を守ってくれる』


「…戦乙女に最大の敬意を」

 一礼すると彼女は少し笑って消えていった。


【スキル:戦乙女の援助ヴァルキュリア・アシスタンスを獲得】


 いい別れをしたのにまた会えそうな予感がした。

 こんな戦いもあるのだな…

 そう思いきびすを返すと、足元に堅揚げポテトが落ちていた。

 おもむろに上を見上げると公爵様が見守ってくれていた。

「…すまん、本当に落とした」

「公爵様、下から丸見えなので浮くときは気を付けましょう…」


「それはいいとして、今のは…」

「いいんですか!?…誇り高い偽神ぎしんでした」

「今のは稀有種ユニークモンスターじゃないか?」

「……え?」

「偽神ではなくきっと稀有種ユニークモンスターだ。その証拠に散ったにも関わらず封じた時に生じる両手のもやが来ない」

「あ、本当ですね」

「私も稀有種ユニークモンスターは初めて見る。運の良い奴だ」

「アイテムもスキルも貰えましたし良い経験になりました!」




 その後、公爵様がママ達の状態が気になるとの事で二人でダイヴアウトし、上の世界に戻ってきた。


 病院に到着し鈴音さんと、オーディンとミニ式部ママとママ達を見て色々吃驚している。


「まずはベル、大きくなったな」

「先生、ご無沙汰しております」

 鈴音さんが立ち上がり頭を下げる。

「そこの小さい月花と式部は噂のオーディンと従者だな?」

「公爵様ご無沙汰してます!月花の記憶があるから、どうしても月花が出ちゃうよ」

「私もにゃ!公爵様ご無沙汰してますにゃ♪」

「で…これが今の二人か…大きくなったが…油断しおって…」

 寝たまま目覚めない二人を見て公爵様が目に涙を貯めている。


「公爵様、泣いてくれてるんですか?」

「泣いてるのではない。堅揚げポテトが目に入っただけだ」

「……目に入ったら痛いですよね…お菓子」


 さっと鈴音さんが公爵様に椅子を用意した。

『先生』と言った処を見ると公爵様に教えを乞うていたのだろう。


 と、その時、買い物袋を持ってカイネが入ってきた。

「…あれ?母さん、お客様?」

「うん、私の術の先生でカイネの名付け親だよ!」

「この人が公爵様!あの…カイネです!宜しくお願いします!」

「カイネも大きくなったな」

 頭を撫でられて喜ぶカイネ

「胸も大きくなったな」

「公爵様が遠回しにいじめるー!」

 胸の大きさを嘆く、死と破壊の神オーディン。

 月花ママもこうやって弄られたのだろうと思いを馳せてしまいふふっとなる。


「月詠、精神を戻す処を見せてくれ」

「あ、はい!」

 ベッドの間に立ち、二人と手を繋ぐと吸収されていたもやが頭の中に入っていく。


「ふむ、精神というか夢に近いのか?想像力…生み出す力…思考力…」

「何かは断定出来ないですが、状態が少しだけ良くなるのは確かです」

「公爵様、これ見て!フレキ、ゲリ」

 オーディンがフレキ、ゲリと呼ばれた狼を呼び出すと、かつて仕えていた二人の手をねろねろと愛おしそうに舐めだす。

 すると、ママ達の顔が少し柔和になる。


「何となく昔を思い出すのかなって思います」

「ママ達の手がよだれで凄い事になってますが…」

 よだれの量がフレキ、ゲリの愛情の量なのかも知れない。


「そうだ、月詠!こっちおいで」

 オーディンに呼ばれ、両手を合わせるとスキルが流れ込んできた。

「フレキ、ゲリを呼び出し、攻撃させる襲撃の魔狼アサルトウルヴズ、敵の攻撃を喰らい反撃させる反撃の魔狼リベリオン・ウルヴズだ。我が呼ぶ事が少ないから暇しているみたいでな。可愛がってやってくれ」

「オーディン様、有難う御座います!」



「月詠、私はもう少し様子を見てから六花と小町を弄りに行くから、もう少し休みなさい。幾ら若いといっても連戦は後々疲労に繋がるぞ?」

「はい、お言葉に甘えて少し休んで来ます」

 公爵様に頭を下げて一旦家に帰った。

 因みに六花は月花ママのお母さん、小町は式部ママのお母さん、つまり私のお婆ちゃんだが、二人共二十歳代の容姿を保ってる不思議な人達だ。



 家に帰ると静けさに寂しさを感じる。

 よく考えてみると、ママ達がいないから私が家の手入れをしないと。

 人がいない家は換気不足や虫等で徐々に朽ちていくらしい。

 家の中をスティッククリーナーで掃除をし、台所の食器を片付け、その間に換気。

 トイレと風呂場を念入りに掃除し、次は二階。

 自分の部屋を真っ先に掃除し、窓際でお気に入りの本を数冊虫干しする。


 次はママの部屋だが、式部ママの部屋はホラー映画とグッズと夥しい数の月花ママと私の写真が地図上に貼られており、行動範囲を虫ピンと赤い紐で繋いでいる。

 猟奇殺人鬼シリアルキラーテイストを完璧に再現しており、ちょっと感心するがお客様には絶対見せられない。


 月花ママの部屋はレトロゲームが積みゲーになっていて、いつでもあらゆる対戦が出来る様にセッティングしてある。

 高価なレアゲーは小型のガラスの飾り棚に飾ってありこだわりを見せているが、一見するとお金持ちの小学生の部屋みたいなのでこちらもお客様には見せられない。


 二部屋ともベランダから布団を干して天日干しをする。

 二階のトイレも掃除し、書斎という名の遊び部屋を片付け、最後に廊下をモップで掃除して終了。

 時間はかかったが充実感はある。

 マメなのは式部ママ似なのかもしれない。



 疲れたので無糖紅茶のペットボトルを出してきて、ソファに座って一口飲む。

 戦闘とは違い、意外と使っていない筋肉を使う事を理解する。

 けど、筋肉痛になっても神封じを止める訳には行かない!

 ママ達を取り戻す為なら何だってやる!



 帰ってきた小花さんとご飯を食べて、最近の話をして、幾許いくばくかのんびりした。

 式部ママの作り置きがようやく無くなって少し寂しいが、腐らせてしまうよりましだ。


 お風呂に入って、風呂上がりに化粧水で肌の手入れをし、自分の部屋に戻る。

 小説を読まなくなってから、何日経っただろう。

 あのときめく様な小説の世界を捲るのは、ママ達がいるという安心感あってこその我儘わがままだったのだなぁ、と改めて思い知らされる。


 今は小説への情熱を戦う力に変えて、偽神を屠る!





 ………寒い!

 五月なのに真冬並の寒さで夜中に目が冷める!

 外を見ると雪が降っている!

 異常気象にしては雪の積もり方が奇偉きい過ぎる!


 念の為スマホのチャットを確認すると、やはり【やしろ】から偽神発見の報告が入っていた!

 冬服を引っ張りだして慌てて着替え、下のブリーフィングルームで月花ママの装備を借りて装備する。

 ふと気配に気付いて横を見ると、何処から入ったのか以前一緒に戦ってくれた羽衣羽心はごろもはねこちゃんがコロちゃんを頭に乗せて待機していた。

 白いロングヘアにコロちゃんが埋まっていて完全に保護色になっている。

「さぁ、いくのじゃ!」

「…やる気が凄い…何処から入ったの?」

「何を隠そう、こんな事もあろうかと七時間程潜んでいたのだよー!」

「長時間待機お疲れ様っ!」


 仕事が終わったら迷子として警察に引き渡した方がいいのか悪いのか…兎に角【社】の偽神発見場所へ急ごう!




 それは奈良町の遥か上空に居た。


 兜に白い甲冑を着た二刀流の武者!

 羽心ちゃんと飛行結晶で上空に駆け上がり、間合いに入る!

「我は【孤立アイソレーター】!先代王の後継にして、鋼の意志を受け継ぐ者なり!」


『我は冬将軍…人も自然も全て凍てつかせるものなり

 とうとう季節表現が擬人化してしまったか…

 でもやる事は一緒!


 偽神は全て封じる!!!


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