疑心暗鬼

谷先生が家に帰ると、

アパートの隣の号室に住む姉の部屋の入口のドアが開いていた。

彼女は姉にドアの件を注意しようと部屋に立ち入ることにした。


彼女は、もう充分外は暗い時間なのに部屋の照明が何一つついていないことを疑問に思いながらも、住み慣れた間取りのカンとスマホのLED照明だけを頼りに

部屋の奥の方へと手探りで進んでいった。


そして、部屋の一番奥の方で信じられない光景を目の当たりにした。


彼女の母親が姉の羽美に背中から包丁で刺され倒れていたのだ。


血まみれの包丁を持った羽美は、谷先生の方を振り向くと、冷たい目で見つめた。


「おかえりなさい、恵美。

あなたもこれから一緒に行きましょうか?」


姉はそう言い終わると、

自分の喉に包丁を激しく突き刺した。


グハッーー!

ドサ

絶命した姉は母の上から追い被さるように倒れ込んだ。


彼女は、母親と姉、二人の変わり果てた姿を見て背筋が凍りついた。


何が起こったのか理解できなかった。

叫んだり泣いたりしなかった。


ただ、無表情で立ち尽くした。


彼女は心を閉ざした。

家族を失ったことに耐えられなかった。

家族が殺された理由も理解できなかった。

家族が本当に自分を愛してくれていたのかも疑った。


彼女は、研究室にも学校にも行けなくなった。

他の人々とも話せなくなった。

他の人々にも裏切られると思った。

他の人々にも殺されると恐れた。


彼女は自分の部屋に鍵をかけ、

ドアの前に何重にも重しを置いて部屋に引きこもった。

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