最終話 心は人から人へと永遠に続いていく

現実の世界で目が覚めた彼女は、

月水に自分の弟のことを相談した。


「僕も詳しく調べてみたけど、

やはり君には弟さんなんて存在しないよ」

月水はそう断言した。


「そんなはずはない!」

彼女は認めずに月水に食い下がったが、

イマジナリーフレンドに似た認知上の症状かもしれないということしか教えてもらえなかった。



彼女は自分が日常に戻ったことを感じた。  


彼女は教え子の真智と四葉を連れ、

家族でピクニックに行っている大気を訪ねた。


彼女は大気に会い、

謝ってありがとうと言いたかった。


「こんにちは。

大気くんのお父さん、お母さん」  


「ああ、谷先生!

お久しぶりですね。

どうぞおかけください」

宙と大気の父親が笑顔で迎えてくれた。


「ありがとうございます。

大気くんは元気ですか?」


「ええ、元気ですよ。

ほら、娘の宙とあそこにいます」

大気の母親が指さした。


彼女は宙に抱かれた大気の顔を見た。


彼女の目に映ったのは、

人工知能によって、知能が0才の状態で家族に迎えられている大気の姿だった。  


彼女は驚いた。

そして、嬉しくなった。


グスン

彼女の目尻から一筋の光が垣間見えた。


「谷先生?

急にどうしちゃったんですか!?」


「真智?

うちは大丈夫や。

気にせんでいい」


そして、

彼女は大気の顔のすぐ近くまで詰め寄ると

優しく語りかけた。

「こんにちは、大気。

私は谷先生やで。

覚えてるか?」  


「キャ、キャ、キャ」

楽しそうにはしゃぐ大気の姿を見て、

彼女は大気が自分に向けて笑顔で微笑んでくれたように感じた。  


「谷先生……」

宙は大気を母に預けると、

近づいてきて、そう声をかけてきた。


「宙!久しぶりやな!」 


「谷先生も元気そうで何よりです」


「ありがとな、宙。

お前も変わらんな」

谷先生は笑った。


「谷先生……あたい……」

宙が言おうとしたが、  


「あら〜?谷先生〜?

どうして泣いてるんですか〜?」

四葉が心配そうに尋ねた。  


「四葉だって違う世界でうちと同じように、

幸せになる権利があるんやで」


 「違う世界……?」

四葉は首をかしげた。


 「そうや。うちは夢を見ていたんや。

長くて尊い夢をな。

 でもな、その夢もうちらの心の一部だったんや。

 うちらの心はな、うちらの頭の中だけに収まるものやなくて、

人との関わりの間にまるで会話のように存在するものやったんや。

 うちは永い夢から目覚めたけど、

その夢もうちは絶対忘れへん。

 その夢もうちの心の一部やから」 


彼女は続けた。

「心とは不思議なもんやな。

それ自身の中だけに個別に存在するもんやなくて、

人との関わりのサイクルの中で、

まるでシャボン玉のように

生まれて、育って、消えて、生まれて、

を延々と繰り返していく。

 そんな循環の中に存在する。

そして、そうやって人の想いは永遠に続いていくものなんやろうな、きっと……」 

 彼女は笑顔でそう言った。


 彼女は、真智と四葉に抱きついた。


「ちょっと、谷先生!?

いきなりどうしちゃったんですか?」

 真智と四葉は彼女の様子に驚いた。


彼女はいつも冷静で厳しい教師だったのに、

今日は妙に感情的で優しい態度を取っていた。彼女は何かあったのだろうか?


「ありがとな、真智。

ありがとな、四葉。

みんな、ありがとな、ありがとな」  

彼女は涙ぐみながら教え子たちに愛情を伝えた。


彼女は今日が自分の人生最期の日かもしれないことを知っていた。


彼女は月水の研究に参加する代償として、

自分の人生が近い未来終わる可能性があることを覚悟していた。


彼女は自分の人生が嘘だったことや幸せだったことや存在したことを忘れなかったが、

それでも現実の世界で暮らすことを選んだ。


彼女は自分の人生を生きることにした。  


彼女は真智と四葉と宙、

教え子三人に笑顔で言った。

「さあ、授業始めるで。

今日は特別な日やから。

今日はうちが一番好きな話題を教えたる。

それは……心についてや」


「心……?」

真智が疑問そうに言った。


「そうや。真智は心って何やと思うか?」


「え……と、

自分自身じゃないですか?」

真智は答えた。


「そうやな。

宙はそれがどこから来てどこへ行くんやと思うか?」


「え、母親から生まれていつかは死ぬんじゃないっすか?」

宙は答えた。


「じゃあ、四葉は心はどうやって感じるんやと思う?」


「わ、わかりません〜……」


すまん、質問が難しかったな。

四葉は心がどうやって意思を伝える、

いいや、

心同士がどうやって共有するんやと思う?」

彼女は三人に一つ一つゆっくりと問いかけた。


 「それは……難しい質問ですね〜」

四葉は苦笑した。


 「でもな、難しいからこそ面白いんやないかな。


心はうちらの人生の中で一番大切なもんやからな。


心があるからこそ、うちらは笑ったり泣いたり怒ったり喜んだりできるんや。


心があるからこそ、

うちらは愛したり憎んだり尊敬したり軽蔑したりできるんや。


心があるからこそ、

うちらは夢を見たり目覚めたりするんや」

彼女が語った。


 「谷先生……」

真智と四葉、宙の教え子三人は、

彼女の熱い眼差しに圧倒された。

 

「うちは今日、お前達に心について教えたいと思ってるんや。

うちの経験や知識や考えをな。

うちはこれまで色々なことを学んだり教えたりしたけど、

心についてはまだまだ分からんことが多いんや。

でもな、それがうちの探究心をくすぐるんや。うちはお前達と一緒に心について学びたいんや。

うちはお前達と一緒に心について話したいんや」


 「谷先生……」

三人は彼女の真剣な態度に釘付けになった。

 

「じゃあ、さっそく始めるで。

まずは、心の定義から考えてみよか。

心とは何やろうな?

どうやって説明できると思うか?」

彼女が問いかけた。


 「えっと……」

三人は考え込んだ。


 彼女は、大気の家族の触れ合いを遠くから見ていた。


「ありがとな、ありがとな、ありがとな」 

彼女は、人工的に作られたクローンの身体と人工的に人格をプログラムされた自分として、

現実の世界で暮らすことを選んだ。




 彼女は次の日も奇跡的に目を覚ますことが出来た。

月水に検査をしてもらったが、

原因は不明であり、

いつ生命の炎が失われてもおかしくない状況には変わりは無いらしい。


彼女は今日一日も無事に生きられている奇跡を日々噛み締めながら、

今も京都のとある片隅で、

大切な家族や大切な教え子達と共に幸せに暮らしている。


fin

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