第13話 自習中にて
ホームルーム終わり、斎賀先生が出て行くのと同時に仲間さんも教室の外に出る。それを見て僕も仲間さんに続いた。
外に出ると、2人は既に向かい合っていて、2人の表情は対照的で、仲間さんは怒った様に……斎賀先生は諦めているのか、何処か困った様に顔を曇らせていた。
「何で……何で2週間の謹慎だけなんですか!?」
「学校で決まった事なの。仕方ないわ」
「仕方ないって!! あんな事されたのに……!!」
仲間さんは声や拳を震わせながら、顔を伏せていた。
解決したと思っていた事が解決していなかった、彼女にとっては相当ショックだったのだろう。
分からなくもない。既に終わった事が、本当は終わっていなかった。体育の授業でグラウンドを10周したと思ったら、まだ7周ぐらいしかしてなかったみたいなーー。
いや……そんなの比にはならないだろう。
「……仲間さん、多分貴女が思ってるよりも人生って上手く行かないモノなの。貴女の思っている様な事にはそれなりの理由が必要で、今回のにはその理由が足りなかった。それだけの事なの」
斎賀先生は仲間さんの肩にポンと手を置くと、周囲を見渡して苦笑いを浮かべ、この場を去った。
周囲には、仲間さんの声で集まったクラスメイトがその光景を呆然と眺めていた。
それから筒がなく授業が始まり、最後の『音楽』の自習時間、それは起こった。
「そう言えばさ、渡辺先生ってどうしたんだろうね? 謹慎って言ってたけど……」
今は自習中。先生も居らず、皆んなが皆んな他の教室に迷惑にならない様に静かにお喋りしていた……しかし、その言葉だけが妙にハッキリと教室に響いた。
「謹慎って事は何かやらかしたんだろ?」
「渡辺先生ってチャラいからなぁ」
「そう言えば渡辺先生って、最近斎賀先生とよく一緒に居たよな?」
その言葉を皮切りに、渡辺先生の話題が全体に広がって行く。
ーー何となく「あぁ、ヤバいなぁ」と思った。
「そう言えば、私見たんだけどさ」
「ん? なになに?」
「昨日の放課後、奈津と転校生が渡辺先生に追いかけられたの見たんだけど……」
その発言に、皆んなの視線は仲間さん、そして僕に注がれた。
「奈津! 何か知ってるのか!?」
「白崎くんも! 何か知ってるなら教えてくれても良いのに!」
クラスメイトが僕と仲間さんの周りに密集してくる。そんなに知りたがってるなら、少しぐらい教えても良いかもしれない。別に秘密って訳でもないし、何なら皆んなに広まった方が良いかもしれない。
「実はーー」
「ダメッ!!!!!」
しかし言おうとした瞬間、仲間さんの悲鳴の様な叫び声が教室に響き渡り、教室が凍り付く。皆んなは、ポカンと口を半開きにして目をまん丸にした。勿論、僕もその1人。
仲間さんは数秒して席から立ち上がった。
「……ごめん」
そうとだけ言い残し、仲間さんは教室を出て行く。続いて花園さんが「ちょ、ちょっと奈津〜!?」と言って出て行った。
「え、ヤバくない?」
「何で奈津があんな風にーー」
困惑する周囲の声。今までの授業風景から仲間さんはクラスの中心人物と言える人だ。あそこまで逆上したら、誰でも困惑する。
実際、何故あそこまで声を張り上げたのか、僕には分からない。どういうつもりなのだろう? とにかく、僕の発言でクラスの中心人物が出ていってしまった。ならーー。
「あ、白崎くん何処にーー」
「てかさ、お前ら自習中なんだから勉強しろよ」
僕は溜息を吐きながら立ち上がり扉の方へと向かうと、タカが少し大きな声で威圧的する様に言った。それに僕を含め、皆んなが少し身体を強張らせている事が分かる。
まさか……僕を行かせる為に?
「お前もだ、お前みたいな奴が奈津を追い掛けた所でどうなるってんだ」
はは、そんな事は無かったようだ。
鋭い目付きで、今にも殴り掛かって来る様な威圧感。今日の朝の事も相まってなのか。
でも。
「っ! おい!!」
僕はタカの静止の声を聞く事なく、教室から飛び出した。
僕はそれから、しらみつぶしに学校を探し回った。そして張り付くワイシャツに嫌悪感を感じながら、彼女らを学校の1番奥にある『音楽室』で見つけた。
「奈津〜、いい加減反応してよ〜」
そこには花園さんが、外を眺めて座っている仲間さんに話し掛けている姿だった。
花園さんが話し掛けても何の反応が無いなんて……僕が行っても……。
そんなネガティブな思考が身体を止め、僕は壁を背に2人の様子を伺う。
遠くから聞こえる蝉の声だけが、少しの間空間を支配する。しかし丁度良いタイミングという所か、仲間さんが花園さんの声に反応して振り向いた。
「………もしかして、知ってた?」
「……何を?」
「渡辺先生が謹慎になるって」
「……いや〜? 謹慎の事は知らないけど、クビにはならないっていうのは何となく」
「それなら言ってくれても良かったんじゃない? 渡辺先生はクビにならないって」
「……もし言ったとして、奈津はどうしてた?」
「私は……」
仲間さんは口籠ると、視線を降ろした。
その目は、遠目から見ても何も諦めていない……何が何でもそれ相応の報いを受けさせてやると言っている様だった。
「まぁ、少し頭を冷やした方が良いかもね。奈津のそういう夢見がちな所は良いと思うけど、それが全部叶う程現実って甘くないと思うよ」
僕と同じ事が頭に浮かんだのか、花園さんは溜息を吐きながら此方へと近づいて来る。
「ん?」
あー……盗み聞きとかするつもりは無かったから。
僕が目線を逸らしながら身振り手振りで伝えようとすると、花園さんは何故か僕にガッツポーズをして通り過ぎて行った。
……頑張れという事だろうか? 僕の問題解決能力を舐めないで欲しい。こちとら、いつまでも過去を引き摺る平凡な男だぞ。まぁ、だからと言ってこのまま無視する事も出来ないがーー。
僕は意を決して音楽室へと入った。
「あ、涼くん……」
「……どうも」
頭を下げながら、なるべく自然に仲間さんの前の席へと座るが……どうしたもんか。
「あの、だな…………」
「いやー……さっきはごめんねー。あんな大声出しちゃって。ビックリしたでしょ? でも、涼くんも涼くんだからね? ああ言うプライベートの事は軽々しく皆んなの前で言っちゃダメなんだから! 女性にはもっとーー」
僕が言葉に詰まっていると、仲間さんが捲し立てるかの様に元気よく言って来る。
だけど、見るからに空元気だ。
このまま僕がこれを聞き入ってしまったら、仲間さんはきっと何も言わない。そして、この事をお互い一生引き摺って生きて行く事になる……って、こんな事を思うのも今朝『あの夢』を見た所為だろうか。
もっと、現実を見せてあげないと……。
「もしかして! さ……」
「うん?」
言え……言え!
僕は教室から出て探し回っている間、ずっと言おうと決めていた言葉を口に出した。
「斎賀先生なんかに感情移入してる?」
僕が言うと、仲間さんは少し顔を歪めた。
「えっと……どういう意味?」
「あんな事が起きたから、同じ同性として見逃せなかったんでしょ? そう言うのなら止めた方が良いよ。必ず後悔する事になるから。僕達はただの高校生2年生、何でも出来る訳じゃ無い」
僕は「自己犠牲」という言葉が嫌いだ。
自分を犠牲にして他人を助けるなんて、ハッキリ言って自己満でしかない。それで自分は得をしてる訳でもないし、もし……助けようとして失敗したら、相手は上げて急に落とされる。
今、仲間さんがやろうとしてる事は「他人を更に傷付けてしまうかもしれない行為」だ。
それなら最初から、無理に助けなくても良い。
望みがある時、それか小さな手助けをする事だけで十分なんだ。
「別に、後悔しない」
「いや、絶対する。だから斎賀先生の事は諦めた方が良い。無駄な努力はしない方が良い」
「……涼くんって、性格悪いんだね」
「現実を見て賢く生きてるって言って欲しいね」
僕が肩を竦めると、仲間さんは穏やかな表情で立ち上がり手を振り被った。
バチンッ!!
「そんな人だなんて思ってなかった」
耳がキーンとなる程の強さに驚くと同時に、仲間さんは音楽室を出て行った。
あの時の彼女にもこんな態度を取って欲しかったと……今更ながら思った。
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