第12話 教室で

 その後僕はリビングに行き、昨日の晩御飯であろうラップされた食事を食べた。

 そして半乾きの制服を洗濯機から取り出すと、それを着て直ぐに学校へと登校した。


 その間の事は、自分でもよく分からず、ただ仲間さんの言葉を反芻させていた。



『涼くんさ、私が人の願いが分かるって言えば信じる?』



 人の願いが分かる。

 普通ならあり得ない事でありながらも、仲間さんの表情からは何か真剣さが伝わって来た。


「でもだからって信じられる訳がない」


 僕はいち早く来た教室の一番後ろの自分の席で呟く。


 人間が相手の"願い"……もとい"思考"を読む事について長年研究したとしても、それは恐らく叶う事は出来ない。


 思考とは10人10色、70億人70億色だ。人類の数だけ思考の仕方があり、特徴がある。全く同じ思考を持つ人間は存在せず、それが"願い"に限定されたとしても、同様だ。


 もし、人の頭の中を覗き込める者が居たとしたら、それは人ではなく人と似た何かである。


「……まぁ、でも、そう言ったら僕も大概だな」


 溜息を吐きながら呟いていると、教室の扉が開かれる音が聞こえ振り返る。


「あ、おはよう」

「……おう」


 そこに居たのは、セカンドバックを肩に掛けているタカちゃんの姿だった。タカちゃんは自分の席へと着くと、バックの中からノートを取り出す。何かを勉強している様だ。


 野球部みたいにガタイが良いのに、意外にインテリなのだろうか。


「おい、お前さ」

「な、何?」

「………ちょっと臭えから、窓開けてくんね?」


 臭い……? あ。半乾きのままじゃ、そりゃあ臭いわ。


 僕は心の中を読まれたのかと少しビビりながらも、素直にタカちゃんと一緒に窓を開ける。

 そしてまた席へと戻ろうとすると、タカちゃんに話し掛けられる。


「お前さ、名前何だっけ?」

「白崎涼だよ。君は、タカちゃんだよね?」

「まぁ、そうだがよ……本名は桐生きりゅう 貴一郎きいちろうだ」

「きいちろう? タカちゃんはどっから来てるの?」


 聞くと、僕はタカちゃんにノートを突き出され、そこに書いている『桐生 貴一郎』という名に納得する。


 貴一郎の『貴』が『タカ』とも読めるって事か。


「まぁ、貴一郎って呼びにくい所もあるからな。田舎じゃ、呼び易い方で呼ぶんだ。特に年寄りは呂律が回んねぇからよ」

「なるほど、だから皆んなタカって呼ぶのか」

「あぁ、お前も『タカ』って呼んで良いからな」


 そう言ってタカは、自分の席に戻って勉強を再開した。


 見た目の割には気遣いの出来る人なんだと思いながら、ふと、昨日の事が気になった。


「あのさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「何だよ?」


 タカは椅子にのけ反りながら、半身になって振り返る。そして僕は言った。


「何でタカは、あの時直ぐに動けたの?」

「あの時って?」

「僕達が渡辺先生に追われてた時、直ぐに助けてくれただろ? 何の理由も聞かずに」


 僕だったら、あんな事は出来そうにない。普通、先生に追われてる僕らの方が悪い事をしたのだと思うだろう。僕だったら友達の事も考えて『何もしないでスルー』がベストだと思う。


「別に、奈津が助けてって言ってたからな」

「………え、本当にそれだけ?」


 タカからの一言に、思わず目を見開いてしまう。


「まぁ、他にも理由はあるけど、それを言いたくなる程お前と俺はまだ仲良くないと思うし……そうだ。俺からも質問。何でお前はこの町に来たんだ?」

「両親が海外に行くからーー

「それは昨日聞いた。だから何で両親が海外に行くからって、態々高2の夏に転校までして此処に来たかって聞いてんだよ。別にそのまま家に居ても良かったじゃねぇか」


 それを言われた瞬間、心臓が飛び跳ねる様に鼓動する。



 もし、もし、僕が前の学校で避けらていたと知ったらーー。



 いや……安心しろ。この人は僕の事なんて何も知らない。平然を装えば、騙し切れる。


「別に東京の家で1で暮らしながら前までの高校に通えば良かったじゃねぇか」


 1人……そうだ。この人は僕に優空が居る事を知らない。ならーー。


「……高校生1人だけじゃ、生活してくのは難しいと思ったからさ。家事とか、お金の管理とか色々大変だろうし」


 僕はタカにバレない様に視線を下に落としながら、なるべく不安そうに眉を顰めて応えた。


 演技には、自信があった。

 今までの僕は、そうやって周囲の皆んなも騙して来たから。


 しかし、タカは納得してないのか目を細めて僕を見ている。不自然な所はなかった筈だけど……?


「そうか………因みに、奈津から

「っ!!」

「姉さんと2人なんだろ? そこまで心配する様な事はないんじゃねぇか?」

「そ、それは姉さんは受験生だから……色々とサポートしてあげないといけないから、言葉の綾で……」

「まぁ、そうだとしても、最初の話じゃお前が1人で暮らす様な口振りだった……カマを掛けたみたいで悪かったが、これが現状の俺達の仲の良さだ。良く分かったな」


 ーー無理矢理に言い繕った言葉が真実味を帯びなくなり、彼は手をヒラヒラと振りながら机に向かった。


 この人にとって、僕のイメージは地に落ちた。この人がこのクラスでどんな立場なのか分からない。


 また……またあんな日々が始まるかもしれない。

 そんな予感がヒシヒシと僕の身体の内側を蝕んでいる様に感じた。




 そして朝のホームルーム、いつも以上に目の下に隈を作った斎賀先生が告げる。


「渡辺先生は諸事情により、2週間程お休みを取る事になりましたので音楽の授業は自習になります」


 咄嗟に僕は仲間さんの方を見た。

 そこには驚いているのか、目を見開いて今にも立ち上がりそうな仲間さんの姿があった。

 それに気づいているのか、気づいていないのか、その背後にはボーッとした花園さん。少し眉を顰めているタカ。


 ただ僕は、それを他人事の様にその光景を見ていた。


 いつもより少し長いホームルームになったにも関わらず、何故かその日のホームルームは昨日よりも早く終わった気がして……とてもドス黒い渦が教室を支配していた。

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