何かをする為には何かを犠牲にする必要がある
第11話 早朝、キミに
「……はぁぁぁ」
視線を移動させ窓の外を見るとまだ外は真っ暗で、スマホの画面を開くと4:00という数字が表示された。僕はそれを見て、目に手の甲を当てて大きく溜息を吐いた。
また、またあの時の夢を見た。
……いつまで経っても忘れられないあの光景が、感覚が、何度もフラッシュバックされて変な汗が出て来る。
「いつまで引き摺ってんだ…………って、このまま寝たのか」
自分に呆れていると、僕はそこでやっと自分が制服で寝ていた事に気が付いて、また大きな溜息を吐いた。
今日も学校、しかもあんなに走り回った、その上さっきの夢……うわっ、やっぱり。
制服は皺だらけで、汗臭く、ついでに布団も香ばしい臭いがして来る。
昨日はご飯も食べないで布団に入ったから……一先ずはシャワー、だな。
僕はシパシパする目を擦りながら部屋を出ると、着替えとタオルを持って1階のお風呂場へと向かった。
10分程でシャワーを浴び終え、制服は洗濯&乾燥に掛けると、僕は寝巻きの半袖半ズボンで玄関から外へと出た。
「眠気覚ましにはピッタリだな……」
周りには美智子さんが整えたであろう花達が、凛と佇んでいる。
シャワー上がりのお陰か、花の爽やかな香りのお陰か、それとも波の音のお陰か……暑苦しさはなく、寧ろ涼しく感じる。
昼や夜に聞こえて来る、人の声に車の騒音、虫の声も何も聞こえない。
こんな空間が好きだと思うと同時に、少し怖いと思っている自分が居る。
先が何も見えない道に、僕という人間が1人置いてけぼりになってしまったかの様で、前に踏み出すのが途轍もなく怖い。
何度も前に踏み出そうとはする。だけど、踏み出そうとする度に頭の中で彼女の顔がチラつく。
僕は、彼女を見捨てた。
その事実は消えなくて、あの時の彼女の笑顔が忘れようとしても忘れられない。
「………海神様に頼んでみるか?」
自分ではどうにも出来ない。ならーー神様に頼んでみてはどうだろうか?
ふと、そんな答えに行き着いた僕は花壇を囲む縁石に腰を下ろすと手を合わせた。
「忘れさせてくれ」
……ははっ、何やってんだか。
手を合わせただけで何かが起きる訳が無く、僕は溜息をつきながら縁石に手を置いて空を見上げた。
真上にはそろそろ夜が明けるのか、薄暗い星空があった。
薄い灰色の空にうっすらと星が輝いていて、段々と灰色の空に同化していくかの様に、星達は居なくなって行く。
「あぁ、綺麗だ」
と呟き、咄嗟に自分の口を塞ぐ。
僕は彼女のあの別れ際の感情の抜け落ちた様な顔を見た瞬間から、何も描かれていないキャンパスの様な"何も無い物"に、何故か魅力を感じる様になってしまった。
それはこの雲一つない空の様に、学校の昇降口のガラスの様に、天然水のペットボトルの様に……何の濁りもない物に心臓が脈打つ。
何となくだが、僕は未だに彼女の事を求めている。まぁ、魅力を感じるのが彼女の死ぬ間際の顔だなんて皮肉めいてるけど、「死なせたくなかった」「でも助ける事は出来ない」「この顔を見ていたい」そんな感情が渦巻いて、僕は彼女を止める事が出来なかった。
"あぁ………僕もこの星達の様に消えてしまえたら、こんな事を考えずに済むのだろうか"。
そう、思った瞬間だった。
僕は唐突に、背後に何かある……何か居ると思い込み振り返った。
「巫女……」
するとそこには、ここに来た当日、坂の上で出会った巫女服の覆面の女が立っていた。距離は3メートル程だろうか、この前見た時よりも近い。
……と言うか、こんな早朝にこの人何やってんだ?
『叶えてやる』
「っ………は?」
身を縮こませる様な低い声が響いた瞬間、突然強い風が吹き、僕は目を閉じた。そして数瞬の瞬き後、巫女は僕の目の前から姿を消していた。
……こんな芸当、人間になんて出来る訳がないよな? 幽霊? でも声が聞こえた気がするし、幽霊な訳ーーいや、深く考えるのはやめよう。怖過ぎる。忘れよう、うん。
「あれ? 涼くん?」
僕が目の前で起きた事に身を竦めていると、家の玄関の扉を開けて仲間さんがパジャマ姿で出て来る。
なんて言うタイミング。と言うかーー。
「……魚、好きなの?」
仲間さんのパジャマには色んな魚の名前、そして切り身にポップに目や口が描かれていた。
「まぁね! 特にサーモンが好き!」
仲間さんは、パジャマを見せびらかす様に引き伸ばし見せて来る。
なんと言うか……今のこのタイミングでは「よくその服装で来てくれました」って感じだ。
僕はパジャマに描かれたサーモンの切り身に心和ませられながら、一度小さく息を吐いた。
「で、仲間さんはこんな早朝にどうしたの?」
「私は偶々目が覚めちゃって、散歩でもしようかな〜って! 涼くんは何してたの?」
「僕は……早く寝て目が覚めちゃったから気晴らしに」
嘘は言ってない。って、それよりもだ。
「君、本当に散歩するつもりか? まだ足が痛い筈だろう?」
「え、いやいやいや、そんなことありませんよ?」
仲間さんはスクワットして見せて来るが、流石にあの捻挫が1日、2日で治る訳がない。まぁ、少しは動いた方が良いんだろうが……君は学校で嫌という程動くだろ。
「少しは痛い筈、大人しく安静にして」
「う〜ん……じゃあお言葉に甘えよう」
だからと言って隣に来て良いとは言ってないが?
仲間さんは僕と同じ様に、花壇の縁石へと座って来た。
「昔から此処は良いところだね〜……」
そう言って、仲間さんは先程の僕の様に空を見上げるーーそう言えば、さっきの巫女同様……仲間さんも謎に包まれている人だ。昔から天国家の人でも無いのに此処に住んでいる。
美智子さんには家族同様に接して欲しいと言われたが……。
「仲間さんって、いつから此処に住んでるの?」
僕がなるべく自然に問うと、仲間さんは少し間を貯めて言う。
「10年前からだね」
「10年……前までは何処に住んでたの?」
そう聞くと、仲間さんはまた間を置いた。
そして。
「前までは覚えてないんだ」
予想外の言葉に、自分の顔が強張るのが分かる。
「覚えてるのは、海岸でボーッとしてて和正お爺ちゃんと美智子お婆ちゃんに拾われてから。その前は何も覚えてないの」
「それって……記憶喪失?」
「んー……に近いのかな?」
仲間さんの困った様な笑った表情を見ると、言葉が詰まった。彼女もその理由が分かっていないんだ。
記憶が欠落する理由として、頭に大きな衝撃を受けたか、それに値する精神的な衝撃を受けてしまったか……どちらかの原因である事が多い。どちらにしろ、今まで何の連絡も無かったのなら……何か良くない事が起きた事は確かだ。
忘れているなら、その方が仲間さんの為になるのかもしれない。
僕はそう思って「偶々だけど、拾われて良かったね」と話題を逸らそうとした。
「私、その前の記憶が思い出したいんだよね」
しかし、仲間さんが続けて言った。
敢えてこの話題を続けようとしているのか分からないが……仲間さんにとって、それは嫌な記憶の筈だ。本当の親と別れた経緯、僕が同じ立場だったら知りたく無い。
嫌な事は、良かった事よりも強く心に残る。
今では彼女と図書館でどんな話をしたのか、デートで何をしたのか、詳しくは思い出せない。鮮明に思い出されるのは、クリスマスの一時の事だけ。
無理に思い出しても、良い事なんてない。
それに君はもう直ぐ……って、そんなの話しても信じる訳ないか。
僕は自分の意見を見つけ出し、それを仲間さんへと話そうとした。
「涼くんさ、私が人の願いが分かるって言えば信じる?」
だけどまた僕の口は、いとも簡単に閉ざされた。
色々な考えが頭の中でこんがらがり、正解であろう答えを引っ張り出そうとしている内に仲間さんは立ち上がった。
「…………そろそろ明るくなって来たね、そろそろ中に入ろうか」
僕は呼び止める事もせず、ただ茫然と背中を見る事しか出来なかった。
それは、彼女に別れを告げられた時の様だった。
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