第9話 高一のクリスマス 前編

「初めまして。白崎 涼と言います。宜しくお願いします」


 そう。確かこんな感じだった気がする。皆んなが皆んな、少し緊張した面持ちで僕を見ていた高校生活初日。


 席は廊下側から2列目の1番後ろ。変な人と思われたくなくて、無難な挨拶をしたのを覚えている。


 そんな中、僕の目を引いたのは彼女だった。


 クラスに居る全員が彼女に注目していた……それは自己紹介の為に1人だけ立っているからとかじゃなくて、人形の様に整った顔立ちだったからだ。

 その上スタイルも良かった。僕と同じぐらいの身長で、腰は僕よりも高い位置にあって、まるでモデルの様な人だった。


 席からは遠いし、僕とは関わる事なんてないだろう。


 そう思っていた。


 筒がなく毎日が過ぎ、高校生活に慣れ始めたGW。僕は学校近くの図書館で勉強をしていた。

 優空が同じ学校であった為に、僕は周りに馬鹿にされない様に努力していた。才色兼備の姉に比べても見劣りしない弟として、周りにそう見られたかった。だから僕は友達は2の次にして勉強していた。


 そんな僕が図書館で勉強をしていると毎日決まった時間に、彼女が現れる。


 何をしに来ているのか分からない、だけど午前10時頃から閉館時間まで何時間程外へ出ては、同じ席へ戻るを繰り返している彼女。

 僕の窓際の席から幾つか飛ばした席。彼女はそこでスマホと一生睨めっこしていた。

 この1ヶ月、同じクラスメイトとして見てきた僕にとってはそれは不思議でならなかった。


 今此処に居るのは、人当たりが良く休み時間になれば友達と談笑する、テストも平均より上を取る様な高嶺の花……という存在ではなかった。


 不思議ではあるが、クラスでの関わりもほぼない僕が別に話し掛ける必要はないと日々は過ぎ、GW最終日。


 何故かその日だけ彼女は、僕よりも先に図書館へと来ていた。しかも席はいつもの僕の隣の席だ。


 僕はそこから1つ席を離して座った。するとーー。


「何でいつもの席に座らないの?」


 彼女が話し掛けて来る。


「いや……こんな席空いてるのに態々隣に座るのもアレなんで」


 僕は無難に答えると彼女は「それもそうか……」と納得したのか、窓からの光に照らされながら深窓の令嬢の様に頷いた。

 あの時の彼女がどんな考えをしているのか、僕には一切理解出来ていなかった。


「いつも勉強してるよね? 休み時間も」

「まぁ、はい」


 返事をすると、彼女は端正な顔を歪めた。


「敬語じゃなくて良いよ、白崎だよね? 同じクラスの?」


 流石に話した事は無くても、名前は知られてるらしい。


「改めて、初めましてじゃないけど」

「私にとっては初めましてだけど」


 そう言って僕達は笑った。

 それが彼女との出会いだった。



 それからGWが終わった後、彼女とは何故か図書館で毎日会うようになった。約束してた訳ではなく、僕が放課後に勉強をしている所に、何故かフラッと彼女がやって来るのだ。


 そこで話している内に彼女は、図書館に暇つぶしに来ているのが分かった。


「それならクラスメイトの誰かと遊べば良いんじゃない?」

「それは嫌。意味がないもの」

「意味がないって……なら、僕に会ってこうやって駄弁ってるのは意味がある事?」

「それはそうよ」

「どんな意味があるの?」

「私の為になる」


 その理由が知りたいんだが……まぁ、つまりは暇つぶしの相手に、気を遣わない良い相手が僕だと言う事なのだろう。

 無理矢理に納得した僕は、肩をすくめながら置いていたシャーペンを手に取った。


「君は何でそんな毎日勉強するの?」


 彼女は座っていた滑車のついた椅子を移動させ、僕と身体が付くぐらい近付いた。ユニセックス用なのか、ふわっとムスクの良い香りがしてくる。


「何でって……テストで良い点数を取りたいからだよ」

「テストで良い点数を取ったってどうするの?」


 良い点数を取ってどうするって……。


「テストで良い点数を取ったって、結局社会に出た時役に立つ訳じゃない」

「……良い大学に行って、良い就職先に就ける」

「可能性が高くなるってだけでしょ? 確実じゃない。それなら死ぬ寸前まで、今を楽しんだ方が良いと思うけどなぁ。死ぬ時ぐらい笑って死にたいと思わない?」


 彼女は椅子の背もたれにもたれ掛かり言った。

 その今を思う存分楽しむ為に、家族との確執をなくす為だと言えたらどれだけ良いだろうか。

 増してや、相手は1年生にして佇まい全てが洗練されている学校のマドンナ。そんな相手に「ふさわしい弟になる為」という思いの丈をぶち撒けても、ただただ自分が情けなくなるだけだ。


「まぁ、考え方は人それぞれだよ」

「学校に来て役に立つとしたら小学校までの算数に、英語、あと漢字。そしてここまで培って来た答えが無数にある人とのコミュニケーション」


 彼女は眉を顰めて指を曲げていく。


「そういう考え方の割には、成績悪くないよね?」

「それは先生とのコミュニケーションの結果。先生にとって成績が悪い生徒は印象が悪いでしょ? 何でも賢く生きていかなきゃ」


 彼女は、効率的な生き方をする人だった。

 そうして日が進むごとに僕と彼女の仲は深まり、彼女から「付き合ってみない?」との一言で僕は彼女と付き合う事になった。


 彼女の都合で会えない日もあったけど、映画館や遊園地、水族館に動物園。温泉のプールがある所にデートへ行ったりした。

 ある日のデートの帰り道、彼女がギュッと手を握り、僕がそれに応えて手を握り返す。そして、僕達は初めて唇を重ねた。

 学校ではその光景を見た者が居たのか、僕達が恋人同士になった噂が流れた。そして彼女はその質問を肯定し、皆が知る”意外過ぎるカップル”として名を馳せた。

 ハッキリ言って、彼女とこういう関係になるのだと期待してなかった訳ではない。だから、この関係になった時は凄く嬉しかった。


 勉強では姉に追い付けずにいた僕が、学校のマドンナと恋人同士になった。

 それだけで自分が思っていた優空との確執は無くなって行き、自己肯定感が満たされて行った。


 僕は充実した高校生活を送っていた。


 だけどそれと同時に、運命のあの日へと近づいていた……。

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