第8話 酒本商店で

 学校からの帰り道。外はまだ明るく、僕は学校近くの酒本商店の外から海をボーッと眺めていた。夏のおかげもあるだろうが、まだ太陽は海に落ちて行く気配もない。


「まぁ……写真も提出したし、あの渡辺先生も居なくなるだろ」

「多分だけど、それはならないよ〜」


 そう僕が無意識に声に出すと、背後から声が聞こえて振り返る。

 そこには商店で買ったであろうソフトクリームを片手に、のんびりと牧草を食べる牛の様なほんわか顔をした黒髪ボブの女子が居た。


 彼女は僕の隣へと来ると、店の外壁にもたれ掛かった。

 綺麗な二重瞼、目尻は垂れ、心を自然と落ち着かせる様な安心感を覚えさせてくる顔立ち。制服の上からでも分かる、優雅な女性らしさが醸し出される身体のライン。


「えっと、花園はなぞのさん?」

真里まりでいいよ〜」

「いや、そんな名前で呼ぶなんて

「真里でいいよ〜」


 ……笑顔なのに何故か威圧感が感じられるのは気のせいだろうか?


 僕はちょっとした気まずさから、同級生である花園さんから視線を外しつつ問い掛けた。


「仲間さん達は?」

「奈津達はまだ何のアイス食べるか盛り上がってる〜」


 ーーじゃあ、まだこっちには来なさそうだ。

 そう思った僕は一度咳払いをすると、もう一度花園さんへ問い掛けた。


「それで、僕が間違ってなければさっき渡辺先生が居なくならないって言った?」


 ハッキリ言って信じられないのだが……聞くと彼女はペロペロとソフトクリームを舐めながらコクコクと頷いた。


「あの写真があれば流石に教師生命は絶たれるんじゃないか?」


 同僚にレ◯プ。どの職場であってもこれは一発退場だろう。


 しかし、花園さんは首を横に振った。


「渡辺先生って、実はこの学校の理事長の息子なの」

「え、あの人が?」

「そ、だから学校に居る人達に提出しても多分揉み消されると思うんだよね〜」

「なら交番とかにーー」

「それに、さっき奈津から見せて貰ったけど写真が1枚。渡辺先生が斎賀先生に覆い被さっている写真、前後が無い。アレだと何かの拍子に躓いて覆い被さってしまったとも言えちゃう訳」


 僕が提案する事を予想してたかの様に花園さんは告げ、「証拠不十分〜」と肩をすくめた。

 ほんわかとしてる容姿に関わらず、その口調はどうも有無を言わさない厳しい口調だった。


「それじゃあ、今回の事は……」

「骨折り損のくたびれ儲けだね〜。斎賀先生が証言してくれるなら別だけど……多分無理だろうし」

「………花園さん、君って何者?」

「えー、ただの高校2年生? ていうか真里で良いってば〜」


 その割に花園さんは大人っぽい気がした。東京に居る様な見た目の大人っぽさじゃない、言うなれば色気を感じる。それにも……。


、良かったらLIN◯交換しておかない?」

「おー……頑なに苗字呼びだね。まぁ良いけど、じゃあ交換しようか〜」


 僕が此処に来て数日。ここら辺の事を何でも知っている様な答え方をするから、そう感じるだけだろうか?

 一応、連絡先を交換しておいた方が都合が良さそうだ。


「あはははっ!」


 彼女をジッと見ていると、店内の方から笑い声が聞こえた。


「タカちゃんの負け〜!」

「いや! 可笑しいだろっ!?」

「奈津ねぇ、容赦ないよなぁ」

「あ、タ、タカくん。ありがとね」


 店内から出て来たのは、仲間さん達4人組だ。先頭は仲間さん、何かをやらかしてしまった様で店内から勢いよく飛び出すと、僕の手を取った。


「涼くん! 早く帰ろう!!」

「えっ」


 僕は皆んなに別れを告げる事も出来ずに、酒本商店を後にするのだった。



「ふぅ、危ない危ない」


 仲間さんは角を曲がって酒本商店が見えなくなった所で一息ついた。


 そんな仲間さんから僕は

 ジワジワと背筋が這いずり回られる感覚に、僕は掴まれた手をストレッチする様に手首を回し、気持ちを落ち着かせる。


「君……何したの?」

「いやー、皆んなと1番人気のアイスはどれかって、つい盛り上がっちゃってさ〜。それで、負けた人は皆んなの分奢りにしたの。それで私とタカちゃんが外して……てへっ?」


 その後の事が気になるのだが……下手に突かない方が利口な気がする。


「そ、そっちは何してたの? 」


 僕が呆れながら仲間さんをジト目で見ていると、仲間さんは話を変える様に問い掛けて来た。


「今日の渡辺先生の事についてだよ」

「あぁ! 私が華麗に解決した話だね!」


 仲間さんは、自信ありげに胸を張った。


 渡辺先生が居なくならないなんて知ったらどう思うか。

 見た限りこの事は解決したと思ってる様だが……まぁ、真実を知らない方が幸せだろう。これからは僕達が出来る事は無いんだし、知らぬが仏だ。


「いや〜、華麗だったよね? 私がカシャッと写真を撮った時はさ!」

「んー、そうだね」

「しかも君の腕を引いて、まるで映画のワンシーンだったよ!」


 そこまで大層な物ではないだろ。君がアソコでくしゃみなんかしなかったら僕達はあのままアソコに隠れてーー

 そう考えて、あの光景を思い出す。するとある事に僕は引っ掛かりを覚えた。


「君、あの時のって"わざと"?」

「何の事?」


 彼女の瞳からは、まるで純粋な子供の様な、透き通っている天然水の様な、潔白さが伝わってくる。


 だけど、流石にアレは怪し過ぎる。

 不思議そうに首を傾げる仲間さんに、僕は言った。




「くしゃみだよ」


 最初は本当にしたと思ったけど、今になって思えばタイミングが良過ぎる。するにしても我慢した様子もなかった気がするし……。


 僕が言うと同時に、仲間さんの柔らかかった表情は固く、表情と言う色を落として行った。

 そして色の落ちた表情は『無』になった。何の色もない、『透明』でもない『無』へと変わった。


 熱い筈の身体が、どんどん冷たくなっていく様な感覚……鬱陶しい。


「君は何でそうしてトラブルに自分から突っ込むんだ。いや………?」


 尋ねると、彼女は大きく息を吐いて僕から視線を逸らしながら応えた。


「ーー助けたいから。ただ、それだけだよ」

「……僕は、助けれる確証がないなら助けない方が良いと思うけどね。無駄に希望与えるのは野暮だからさ」

「上手く行ったと思うけど? これで斎賀先生は何のストレスを感じる事もなく、仕事に打ち込める」


 仲間さんは不機嫌そうに口をツンっと突き出し歩き出した。


 これは、花園さんと話した事を言えば良いのだろうか? 現実を彼女に突き付けるのが正解なのだろうか?


 いや………僕にはそんな資格ない、か。


「ま、自分の意見と違えば否定したくなるのも分かるよ? だけど私は助けたいから。こういうのは人それぞれだよね」


 それから僕達は一言も話す事なくお爺ちゃん達の家へと帰宅し、ご飯を食べる事なく、風呂にも入らず制服のまま布団へと飛び込んだ。




 ……僕は、ハッキリ言って渡辺先生と何ら変わらないと思っている。


 人を善と悪で分けるなら仲間さんと花園さんは善。僕と渡辺先生は『悪側』の人間に分けられるのだろう。


 僕がそう思う理由として、それは1年前のクリスマスの事が関係してくるーー。

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