第7話 隠れ場で
「涼くん! 今からかくれんぼの時間だよ!」
仲間さんが目一杯の笑顔で僕に告げて来る。
これは………僕の目の前にいる人物は本当に同級生なんだろうか?
「この人だれ?」
「確か……今日なっちゃん達のクラスに転入して来た人が居るんだよね?」
「おー、転校生もやるのか?」
「楽しみ〜」
そして小中高と揃ったこの面子は何なんだ……いや、今はそれよりもーー。
「えっと、かくれんぼを今からするの?」
僕は心の中で頭を抱えながら問い掛けた。高校生になっても「かくれんぼ」をするなんて、ハッキリ言って普通ではない。
初日から変な事はしたくないんだけど……。
「そ! この前、涼くんを家に案内するって『かくれんぼ』から抜けちゃったから今日はその穴埋めなんだ! だから涼くんにも責任を取ってもらおうと思って」
「いや〜奈津〜、言い方言い方」
仲間さんに対して同級生であろう黒髪ボブの女子がツッコミを入れる。
………なるほど。それは僕にも少しだけ責任がある所ではあるらしい。
「なら、僕に拒否権はないみたいだね」
ーー幸い、この周りに前の僕を知ってる人なんて居ない。普通に、普通にやれば良い。
「その通り! サッサっと鬼決めるよ〜!」
範囲は学校内。時間は30分、僕は此処の土地に慣れてない事もあって、鬼からは外されて貰った。
「ちっ、俺かよ」
ジャンケンの結果、教室で見たガタイの良い短髪の男子が鬼になった様だ。
鬼は駐車場で3分待って、僕達は学校の中へと入っていく。
「涼くん! こっちこっち!!」
何処に隠れようか悩んでいたが、お構いなしに僕の背中をを押す様にして、仲間さんが叫びながら階段を駆け上がって行く。
「危ないからあまり押さないで貰っていい?」
「あ、ごめんごめん」
「それで、何処か良い所でも知ってるの?」
「とっておきの所がね! ついて来て!」
仲間さんは口元に手を当て笑いながら、コソコソと階段を上がって行く。
僕は仲間さんの後をついて行き、2階の1番奥の教室へと入った。すぐに視界に入ったのは、黒いグランドピアノ。どうやら此処は音楽室の様だ。
「で……何処に隠れるの?」
2階の奥、東側にあるこの教室は既に薄暗いが………机と椅子があるだけでとっておきの所と言うには少し物足りない気がする。
「ふっふっふっ、此処此処!」
仲間さんはグランドピアノの陰にある扉を上に持ち上げる様に持った後に、横へと開いた。
「此処の鍵壊しちゃって、この方法を使えば開くようになっちゃったんだよね」
扉の上の表札には音楽準備室と書かれている。
なるほど。これが仲間さんしか知らないとなれば、最強の隠れ場所だ。
僕は仲間さんに続き、中へと入った。中にはドラムや木琴、鉄琴等色々な楽器が置かれていた。しかも教室の半分ぐらいの広さはあるだろうか、想像以上に広い。
「この棚の角に居れば、もしこの中に誰か来たとしても見つからないんだよね〜」
そう言って仲間さんは、多くの楽器がある所を四つん這いで進んでいった。
因みに、スカートの中身が丸見えだが……中には体操服の半ズボンを、裾を折り畳んで履いていた。
……別に、見たくて見た訳じゃ無い。ただ、突然予想外な事が起きると其方に視線を向ける様に、ただ視線が吸い込まれただけの話だ。
「ほら、こっち来て」
仲間さんはその隅にすっぽりと入り、そこから手だけを出して手招きする。
だけど、
「いや、僕は他の所に隠れるよ」
彼女に触れていたら、僕はいつ吐いてしまってもおかしくない。
まず、この感覚に頻繁に陥る方がおかしいのだが、あの感覚は半年以上経っても慣れはしない。いや、慣れたくもないと言った方がいいなろう。
僕が内心溜息を吐きながら隠れ場所を探しているとーー
ガチャガチャガチャ
「「!」」
扉の方から音が聞こえた。扉を開こうとしている音じゃない。扉の鍵を開けようとしている音だった。
「あれ? 此処ってこんなに開けづらかったかな?」
扉の奥から微かに聞こえる、鍵を持っている大人の声。
「涼くん! こっち!」
それを聞いてか、仲間さんが目一杯手招きする。隠れる場所が決まっていない僕にとって、選択する余地も無かった。
四つん這いになり、暗い奥の方へと進む。
そこは2人がギリギリ入れるスペース、自然と彼女の柔らかい肌が触れ合ってしまう。隣に居る彼女の柔らかい花の様な香りが鼻腔を刺激してくる。
そして、徐々に這いずり回って来るドス黒い感覚。
「? 大丈夫?」
「っ……」
隣から聞こえて来る小さな声が、僕の身体を震わせる。
女の子特有な高い声と一層強まった花の匂いにドキドキする。それと同時にドス黒い感覚が織り混ざり、どうにかなってしまいそうだ。
僕は仲間さんからの質問に答えず、ただただ吐かない様に、極力肌と触れ合わない様にギュッと身体を縮めていた。
ガラガラガラッ
そんな中、扉が開いた音が響いた。
「ちょっとこの扉壊れてるな……」
「そうみたいですね。でも、開いてよかったですよ」
聞いた事がある声が混じっている、1人は知らない男性の声、もう1人は斎賀先生の声だった。
「それで、私は何を手伝えば良いですか?」
「自治会長に『祭り』の時に使う楽器の貸出を頼まれてて、少し楽器の移動を手伝って貰いたくて。うちの職場ってあまり若い人が居ないから頼みづらくて」
祭り……何の祭りだろうか?
「あー……そうなんですね。分かりました。何を運べば良いんですか?」
「そうだなー……」
って、楽器の運び出し。マズイ。もしかしたら僕達が見つかってしまうかもしれないじゃないか。初日からこんな所に入り込んでいるのが知られたら……
「ははっ、大丈夫だよ」
そんな時、彼女は小さく笑った。
まるで僕を安心させるかの様な笑顔、僕の事は絶対に守ると言わんばかりのその言葉に、僕は何故だか安心した。
「そう言えば瑠璃先生。この前言った話考えてくれました?」
「この前のって……お断りした筈です。私には今そういう事する暇もないんだって」
「ーーでも、その断った相手に対してこんな簡単に2人っきりになるのはどうかと思いますよ?」
ドサッ
不穏な言葉に、何か倒れた様な音が響く。
「や、やめて……!」
「瑠璃先生……良いじゃないですか」
これは、何かヤバいんじゃないか? ここは人気も無い音楽準備室、誰かが来る可能性は……かくれんぼの鬼である男子が来るかもしれないって事ぐらいか。
どうするどうするどうする? 此処は助けるべきか? いやでも此処で出て行った所であの先生に目をつけられるのはーー
「はっくしゅんっっっ!!!」
悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなる程の轟音に、一気に身体が冷える。
「え、えへ?」
隣を見れば、頭に手をコツンっと当て舌を出す仲間さんの姿があった。
僕が仲間さんのくしゃみに文句を言う前に、仲間さんは僕の腕を掴んで隠れていたところから這い出た。そこには床に倒された斎賀先生に、男の先生が覆い被さって此方を唖然と見ているという光景が広がっていた。
「お、お前ら! そこで何をしている!?」
それはこっちのセリフだと言いたい。
カシャッ
しかし、その声も聞いていないと言わんばかりに隣でシャッター音が聞こえた。
「渡辺先生が斎賀先生をレ◯プしてるぞ〜!!」
同時に仲間さんは声高らかに叫ぶと、僕の腕を引っ張りながら先生達の横を通って準備室から出た。
「なっ! 待てっ!!」
突然の事に反応出来なかったのか、少し遅れて渡辺先生が追いかけて来た。
音楽室から廊下へ、廊下から階段へ、一気に変わる変わる景色に目が回りそうになる。
「早く止まれっ!!」
逃げ続け5分ぐらい、渡辺先生は諦めずに、むしろ怒りを沸騰させながら追いかけて来る。あの様子じゃ、僕達の姿が見えなくなるまで追いかけ続けるだろう。
此処で逃げられたら人生が終わると考えれば当たり前か。仲間さんは全然大丈夫そうだけど、僕はそろそろ体力が持たなそうだ。
「僕が足止めするから、先行ってて」
しかし、彼女は足を止めようとする僕の手を引っ張った。
「いや……大丈夫!」
「あっ、お前らーー」
先の曲がり角から現れたのは、かくれんぼの鬼であるガタイの良い男子だった。
「タカちゃ〜ん!! 助けて〜!!」
そして仲間さんは叫んだ。するとガタイの良いタカちゃんは、一瞬呆けた顔をした後にキリッと目を吊り上げた。
「任せろ、おらぁっ!!」
「なっ!? どけっ!!」
僕達はそのままタカちゃんの横を通り過ぎると、タカちゃんは渡辺先生と取っ組み合いになった。
僕達はそれに脇目も振らずに1階の職員室へとなだれ込み、先程撮った写真を先生達に提出した。途中で何人かの先生が渡辺先生と貴ちゃんの取っ組み合いの話を聞き、止めに行った。
「……一先ず、貴方達は帰りなさい。渡辺先生が何をするか分からないし」
そう言われ、僕達は急遽家に帰る事になった。かくれんぼしていた人達とは仲間さんが連絡を取って、中止になった事が知らされた。
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