第6話 学校へ

 翌日、僕は転校にあたり書類の整理などをしたりしなければいけなく、仲間さんよりも早く家を出て学校へと来ていた。


 学校は、家から歩いて20分程の所にある住宅から離れた山の中にあったのだがーー。


「思ってたよりもデカいな……」


 僕の目の前には木造の3階建の校舎、校舎の入り口の前には何台か車が止められる駐車場、そこから少し離れた所に300mトラックが入る様な大きなグラウンドがあった。

 グラウンドまでの道路は舗装されており、お年寄りにも優しいバリアフリーが施されている。


 近くには「避難場所」という看板が立っている。色々な人が来れる様に配慮されているみたいだ……。


 ーーって、そんな事を考えている場合じゃない。


「早く行かないと……」


 僕は閑散とした校舎へと足を踏み入れる。


 昇降口へ入ると直ぐに檜の良い香りが鼻腔を抜け、目に入ったのは3階まで吹き抜けている天井だった。開放的で心が晴れるかの様で気持ちが落ち着く。

 それに壁はガラス張りで清潔感があって、隣にある駐車場が建物の中でも見える様になっている。雨の日の送り迎えなどにも、ちゃんと考えられている設計でありながら違和感がない。


 周りを見渡しながら靴を脱ぐ。

 備品は全て新しいし、柱に傷などが少ない。まだ出来て数年ほどしか経っていないのかもしれない。


 とても綺麗だ。


 僕は柱に手を当てながら、近くにあった下駄箱に靴を置いた。そして直ぐ『職員室』という建て付けを見つけて、そこにノックして入った。


「はーい」

「失礼します」


 中から声が聞こえ扉を開ける。最初が肝心だと思い、僕はなるべくハキハキとした口調で中へと入った。


 中は校舎とは似ても似つかない、こぢんまりとした職員室にコーヒーの匂いが充満していた。机は15個あるか無いかぐらいしかない。


 そして、手前の席に座る若い女の先生が此方を振り返る。


「あー……君ってもしかして今日転校して来る子?」


 その人は頬杖を着き、足を組み変えながら言った。

 黒髪ロングの、眼鏡をかけた白衣を着た先生。所々に見られる所作が全て大人だな、と感じる様な先生だ。ただ疲れてるのか隈が凄いけど……。


「はい、白崎 涼と言います。よろしくお願いします」

「あー……よろしくね。私は斎賀さいが 瑠璃るりよ」


 斎賀先生はダルそうに立ち上がり手を差し伸ばしてくる。僕はそれに応じて手を握った。


 するとーー。


「ッ!?!?」

「? どうかした?」


 何か手からドス黒い物が巡ってくる様な感覚、だ。


 僕は腹の奥底から込み上げて来るものを我慢しながら、平静を装って笑顔を貼り付けた。


「あ、いえ、今日僕は書類とかを整理する為に早く来たんですけど……」

「あー、それねー……」


 それから僕は、斎賀先生と一緒に書類の整理を行なった。

 嫌になる程の量で1時間もやっていると、昇降口からチラホラと誰かが来た音、近くの窓から小学生の様な者やランドセルを背負ってない者達も歩いて来ているのが分かる。


「ーーもしかして、此処って小中高一貫なんですか?」

「え、知らないで入って来たんだ?」


 ……高校って言われたら、高校生しか居ないと思うでしょ。まぁ、僕も詳しく調べてなかったからしょうがないけど。


「まぁ、これから他の先生も来ると思うから……あ、そんな事よりも教室に居る皆んなの挨拶を考えた方が良いか」


 斎賀先生は低い声で呟きながら、パソコンに向き直した。


 ……見たところ仕事が溜まってるみたいだ。


 言われた僕は、大人しく職員室の隅にあったパイプ椅子に座り、職員室に入って来る先生達に挨拶を済ました。

 そして、あっという間に時間になり、担任だと言う斎賀先生に連れられて校舎の3階へと向かった。


 3階の教室は3つ。その中の真ん中の教室へと入った。入ると、僕を出迎えたのは10人程度の生徒達だった。


「初めまして、白崎 涼と言います」

「はい、拍手ー」


 視線を浴びる中、教室の1番後ろの窓際には仲間さんが笑顔で此方に手を振って来る。


 幾つもの視線。

 震える身体に、背中から沸き上がる冷たい汗。


 僕は普通に自己紹介出来たのだろうか。


「白崎くんの席は、悪いけどアソコになるから」


 先生に指差された先は、窓側の1番前の席。

 僕は返事をすると、そこへと向かった。隣の者と挨拶を交わし、座り込む。同時に纏わり付く様な視線が背中へと突き刺さる。


 平常心、平常心だ。此処には僕を蔑む様な人は居ない。


「じゃあ新しい仲間も増えた事だし、今日も頑張ろうね。まずは連絡事項だけどーー」




「ーーだから気をつける様に。はい、それではこれでホームルームを終わります。今日も一日頑張りましょう」


 斎賀先生は一人語りの様に連絡事項を終わらせると直様教室から出て行った……まだ僕が入って来て3分経ったか? 此処ではこんなに早くホームルームが終わるのか?


「どこから来たんだ?」

「なんでこんな田舎に?」

「今は何処に住んでんの?」


 そんな疑問を持っている内にも、僕は周囲に居る人達の中心へとなっていた。僕は「東京から」「親が海外に行くから祖父母の家でお世話になるんだ」「此処から20〜30分の所。住所とかは分かんないや」と表面的に答え、初日を無難に乗り越えたーー


「涼く〜ん、遊ぼ〜!」


 筈だった。


 放課後、ガラス張りの昇降口。駐車場の前にたむろしている一団が居る。

 そこには仲間さんが笑顔で手を振っている。そしてその周りにも何人か人が居る。恐らく小学生から高校生まで、幅広い年齢が居る。


 血の繋がりもない、赤の他人がまるで兄妹の様に振る舞っている。

 遠くからでも和やかな雰囲気が感じられる。


 元の学校では見られる筈がなかった光景だ。


 僕は冷静に靴を履き替えると、小走りでその集団へと向かった。

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