人は何かしらを持っている
第5話 駅で
「それじゃあね」
翌日の昼、僕とお爺ちゃんとお婆ちゃんは優空を送り届ける為、駅へと来ていた。電車は既に来ており、此処からの乗客は優空だけだ。
「また来るんだぞ」
「またね」
お爺ちゃんとお婆ちゃんが、寂しそうに手を握っている。優空もそれに困ったかの様に八の字に眉を顰めている。電車を待たせるのも悪いし、そろそろ行った方が良いだろう。
「ほら。お爺ちゃん、お婆ちゃん、車掌さんが困ってるから」
少し大きな声で言うと、車両の先頭の方に立っていた車掌さんが軽く会釈する。そらを見て、2人はやっと優空から手を離した。
「ふふっ、涼はお爺ちゃん達とは上手くやってけそうだね」
優空は少し困った様に微笑む。
こんな最後に、随分含みのある言い方をする姉だ。
「まぁ、それなりに上手くやるよ」
それに僕も含みのある答えを返す。すると優空は八の字になっていた眉を普段通りに戻し、また微笑んだ。
今回はちゃんと応える事が出来たな。
話していると、車掌さんが中へと入って行くのが見えた。これで本当に最後だ。
「何か……何かある?」
僕は電車に乗り込む優空に問い掛けた。
仲間さんは今日から学校で此処には居ない。結局あの後、優空と仲間さんは話していない筈だ。
何かあるなら僕がーー
「ううん、また会った時に話すよ」
優空はそれを理解してか、少し考えた後に答えた。
そして。
「その代わり、よろしくね」
優空の声と共に電車の扉がプシューッと音を立てて閉まる。窓から見える優空の表情は、心配そうながらも笑顔だ。
心臓辺りがギュッと締め付けられた様で、上手く呼吸が出来ない。
そんな中、電車は僕達の感情なんて置き去りに走り出す。ガタゴトと徐々にスピードを上げて行く電車に、僕も走り出す。
何の理由もない。強いて言うならば、走りたいと思った。
だからついでに、電車に乗っている優空に手を振った。すると優空は口に手を当てながら、顔を顰めながらも手を振り返して来る。
電車の先頭が駅のホームから出て、それと同時に僕も立ち止まる。ドンドンと離れて行く距離、しかし僕は電車が見えなくなるまで大きく手を振った。
近しい家族との別れ。両親が居なくても、いつも近くに優空が居た。いつも優しい姉が居た。
此処には昔の僕を知っている者はもう居ないという安心と共に、押し潰す様な不安が押し寄せて来る。
「! お爺ちゃん……」
僕が電車の行った方向を見つめていると、お爺ちゃんが肩に手を置いた。
「人生は別れの連続だ……それに慣れろとは言わない。ただ、別れるまでに自分が何をしてやれるか、逃れられない別れであっても相手に対して笑って別れられる。そんな行動をしてあげ続けるんだ」
どんな別れであっても……笑って別れられる行動を。
前に、似た様な事を聞いた気がする。
僕は自分の顔へと手を伸ばした。
僕は優空を安心させる様に、笑顔を心掛けていた。それなのに、目からは雫が流れていた。
優空と別れた後、お爺ちゃんの家に帰ると引越し業者が家を訪ねていた。荷物の整理をし終えると、下から「ただいま〜」という声が聞こえて来た。
もう、18時か。
壁に掛けた時計を見て、もうこんなに時間が経っていたのかと驚いていると階段を登って来る音が聞こえて、ドアを開ける。
「あ、涼くん。ただいま」
そこには丁度ボロボロの姿の仲間さんが居た。
「おかえり……因みにだけど何でそんな汚れてるの?」
「はっはっはっーっ! 今日はドロケイをやってたからね!」
「あー、ケイドロ?」
「むっ! 涼くんはケイドロ派か!」
そんなファイティングポーズを取って来るが、その言い方論争は不毛な戦いだという事を理解している僕は、自然に方向転換した。
「というか、足はもう良いの?」
「あ、もっちろん! 全然走れまっせ!」
仲間さんは足踏みをする。見た感じ……痛くは無さそうだ。まぁ、痛み止めを飲んでるお陰ではあると思うけど。
「だからって、直ぐに治ったりはしないからなるべく安静にね」
「はい、先生!」
一応、此処での聞き分けは良いけど……ぶっちゃけどこまで無理してるのか分からないのが現状ではあるんだよな。
ハッキリ言って昨日階段から落ちていた時、仲間さんがあんな対応をして来たら、見破れる気がしない。
ーーまぁ、だからと言って僕もどうする事も無いんだけど。
「あ、そうだ涼くん」
僕が彼女の反応に呆れている間にも、彼女は階段から登ると自分の部屋の扉を開けながら顔を出して言った。
「これから私お風呂に入るから覗いちゃダメだよ〜♡」
………これからは階段の音が聞こえたからって出迎えずに、部屋に篭って居よう。
優空には「よろしく」と言われたが……自分からは仲良くなりたくない部類。所謂陽キャの様な存在だ。
それに加えてアレもあるし、お爺ちゃんの駅のホームでの言葉も頭の中で反芻される。
「……少し頑張ってみれば良いってだけだ」
ボソッと呟き、僕は明日の学校の準備を整えて直ぐに眠りにつくのだった。
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