第4話 岬へと
一階のリビング。何人も座れる様なテーブルで僕達5人は昼食を食べ終え、僕はガーデニングを見たいと無理矢理に仲間さんを外へと連れ出した。
「脚は打撲。頭もぶつけたみたいだから1回病院に行った方がいいよ」
「え〜、大丈夫だって、こんぐらい……っ!」
ちょっと触っただけでこの反応、さっきジャンプしてた時は凄い痛かったんじゃないか?
それなのに何故態々あんな事をしたのか、それは恐らくーー
「皆んなに心配させない様にだろうけど、逆効果だよ。無理をした所為でさっきより腫れてる」
「あちゃー……どうにかならないですかね、先生?」
「………ふざけてるつもりは無いんだけど?」
うだる暑さも相まって少しイライラして来た。
「ーー分かった。ならお爺ちゃん達に僕の事を案内するという名目で一緒に病院に行こう。それで頭だけ検査して貰って、すぐ帰って来る。どう?」
「うーん、お金がねぇ?」
「少しはお爺ちゃん達に貰えば良い、最悪僕が出す」
僕はまた仲間さんの腕を引きお爺ちゃんの元へと行くと、無理矢理に軍資金を奪い取って、外へ出た。
はぁ、まずはタクシー探しからだ。スマホで検索してみるか。
「それで美味しい物でも食べに行こお〜!」
「しないから」
バッサリと切り捨てて黙り込む仲間さんを横目に、スマホをスクロールしてタクシー会社を見つけ電話をする。
そして何とか来て貰うことになり、僕達は家から見えない建物の影でタクシーを待つことにした。
仲間さんは「大丈夫だって言ってるのに……」と俯き不貞腐れている。何が彼女をそこまでそうさせているのだろうか。
「何でそこまでして隠すの?」
僕は問い掛けた。
「ーーさっき涼くんが言ってくれたでしょ? 皆んなに心配かけたく無くてさぁ。ほら! 私って一杯怪我とかしちゃうから!」
しかし、また彼女は一瞬言葉を詰まらせた後、はぐらかすかの様に笑って答えた。
本心を隠しているのか、まるで風で揺れるカーテンかの様にゆらゆらとはぐらかす。
これも彼女の触れてはいけない琴線なんだと理解して、僕は表情を改めた。
「確かに。さっき坂で会った時も頭に葉っぱ乗ってたし、怪我は一杯しそうだね」
「あははははっ! お恥ずかしい!」
これで良い。下手に奥に入り過ぎても良い事なんてない。適度な距離を保たないと。
それから数分もしないでタクシーが着き、僕達は30分程かけて近くにあると言う病院へと行った。
ここら辺に1つしかない事もあり、診察を終わらせ家に帰って来る時にはもう17時を過ぎていた。
お爺ちゃんやお婆ちゃんに何処へ行ったか根掘り葉掘り聞かれるが、それは仲間さんがさも本当の様に答え、疑われる事は無かった。
「今日は早めにご飯を食べて皆んなで外出しない?」
リビングへと入ると、突然お婆ちゃんが帰って来た僕達に突然提案して来た。そこにはお爺ちゃんと優空も一緒に居る。
そこで思い至る。優空は明日の内に東京へと帰る。だから何かするとしても今日がゆっくりと過ごせる最後の時間なんだ。
お爺ちゃん、お婆ちゃんにとっては可愛い孫との時間。いつもはしない、非日常の楽しい時間を送りたいという事なんだろう。
でもーー。
僕は仲間さんをチラッと見た。
「えーっ!? 良いね!! 偶には皆んなで出掛けるのも楽しそう!!」
足の打撲が心配だったけど、幸い病院からは痛み止めも貰って来ている。仲間さんがそう言うなら良いか。
「僕も良いよ。楽しみだね」
そう返し、僕達は早めの食事を終わらせて外へと出た。
外へ出ると、外はまだ少し明るかった。
街灯はまだ付いておらず、少し薄暗い雰囲気と共に涼しい海風が頰を撫で、気持ちを落ち着かせて来る。
お爺ちゃんとお婆ちゃん、仲間さんはいつもの道の所為か、段々と先へと歩いて行く。そんな跡を追って、僕と優空は追いかけて行く。
「いい気持ち……」
優空がボソッと呟いた。
優空は受験生。東京の、あの有名大学を受験しようとしている猛者だ。人一倍のプレッシャーがのし掛かり、それに伴い努力もちゃんとして来た優空だからこそ、此処に居るのかもしれない。
だけど、心配性の姉だからこそ、心配になる。
僕の事の心配、受験による心配、これから1人で生活して行く事への心配。
誰かが支えてあげるべき時の筈なのに、誰も居ないこの状況。僕が優空を余計に苦しめてしまっている。
「どうしたの?」
少し立ち止まって優空の背中を見ていた僕に気付き、声を掛けて来る。
「いや、何でもない」
今の僕には、安心させる様に優空に笑顔を見せるしかなかった。
「うおぉぉぉっ!」
「奈津、危ないよ〜!?」
「ふふっ」
「うふふふふっ」
数分程歩いて着いたのは、近くにある小さな岬だった。仲間さんは先端の方へ元気に走って行くのを、優空が心配そうに追い掛けて行く。
それを僕、お爺ちゃんとお婆ちゃんが見つめているという構図が出来上がっている。
岬の先端の方は足場が不安定そうで、老人には行けそうにもない……2人を連れ戻して来るか。
「涼は行かないのか?」
お爺ちゃんに言われ、振り返る。
「あ、今、2人を連れ戻して来るよ」
「俺達の事は良いぞ」
「え」
お爺ちゃんの見た目は、眉間に皺が寄っていて、典型的な頑固ハゲ親父みたいな見た目をしている。
父さんから聞いた話だと凄い怖かったという話も聞いている所為か、どういう事だろうか……聞くに聞けない。
「私達の事は気にしないで、涼ちゃんも楽しんで来たら良いんじゃない? って事を言いたかったのよね?」
そのお婆ちゃんの言葉に、お爺ちゃんは頷いた。
ーーお爺ちゃんは、どうやら僕が思っていたよりも優しそうだ。
「少ししたら戻って来るから」
僕はそう言って、波で濡れる岩肌に気をつけながら2人の後を追い掛けた。
少しして、2人は先端の方の岩に座り込んでいたのが見えた。
ーー何か話している。
まぁ、それは昔にあった事があるって言うし、普通の事なのかもしれない。2人で何か言う事もあるのだろうと思った。
でも、
「ーーなんでよ!!」
「ーーー」
何か言い争っている様に見える。
見れば、一方的に怒っているのは優空の方だ。優空が怒るのなんて、僕が覚えてて数える程度しかない。
このまま殴ってもおかしくない様子だ。
これではマズイと、僕は声が聞こえそうな所まで行くと声を掛けた。
「仲間さん!」
呼び掛けると、2人は言い争いを止めた。
「2人が呼んでたよ!」
呼んではなかったけど、今はそう言うしかないだろうと、僕は小走りで近づくと2人の間に割り込む様に座った。
「あ……そ、そう? しょうがないなぁ、行くか〜!」
仲間さんはそう言って、戻って行った。
「「……」」
ただただ規則的に豪快な水音が聞こえて来る。風が強く、潮の匂いが強く漂って来る。それらは身体を擦り付けるかの様に、ただ強く虐めてくる。
今まで優空と2人きりになる事なんて、日常茶飯事だった。
でも、今のこの状況。
背中から冷や汗が溢れて来ているのが分かる。
大きくなってからは、怒った優空となんて話した事がない……緊張する。
「どう? 奈津とは仲良くなった?」
そんな中、優空は先程の様子とは打って変わって穏やかに問い掛けて来た。
さっきまでの様子からして、優空は仲間さんの事が嫌いなのだろうかとか、仲間さんと何を話していたのかと、何度も頭をよぎる。
「……分かんない」
何て答えれば正解なのか分からず、そのままの答えを言う。
間違ったか? とバレない様に横目で見るが、優空は何も怒る事もなく、ただ水平線を見つめていた。それから数秒後。
「涼」
「……何?」
「奈津の事、よろしくね」
「何だよ、よろしくって……」
「奈津は涼と似てるから、お互い支え合って生活してねって事! ほら! 戻るよ〜!」
優空はそう言って立ち上がると、皆んなの元へ戻って行った。
僕はその時の顔が忘れられないと思った。
相手の事を慮る、自分には絶対に出来ないであろう表情だった。
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