第2話 行く道中
その巫女服を来た女性の顔は薄い布で覆われて輪郭しか見えない、それなのに声からでも分かる美麗さが伝わってくる。
「あ……」
しかしそれが物珍しく僕がパチクリと瞬きをすると、それはまるで幻だったかの様に瞬く間に消えた。
「何だったんだ今の……?」
電車で寝続けた事もあって、僕はまだ寝ぼけているのかもしれない。先程の『海神様』の話もあった所為か、少し思考がオカルト路線に逸れているのかもしれない。
そう思いながら頭を掻いて、また海へと視線を移動させようとすると、そこには彼女が居た。
「ビックリした?」
彼女はイタズラ小僧の様に歯を見せて笑っていた。
思って居たより早く帰って来て驚いたが……それよりもだ。
「何でそんな所に?」
彼女はなんと坂道の途中であるガードレールの後ろ側、つまりガードレールに手を掛け崖の淵に居た。一歩間違えれば、何メートルもある道路へと真っ逆さまだ。
「え? 驚くかな〜っと思って。じゃあ行こうか!」
本当いつの間に居たんだ? しかもタイミング的には僕の独り言が聞こえていてもおかしくない……くそ。
僕は熱くなる顔を横に振り、仲間さんの後を追った。仲間さんが気を遣っているのか、僕達はそのまま何も話さず、ただ坂を登って行った。
2回のカーブを超えてやっと坂道を抜けると、ポツポツと少し離れた位置に住宅が建てられて居た。潮風から少しでも家を守る為か、家の多くは周りを石壁で覆って居た。高さは150センチぐらいだろうか。
「そんな珍しい?」
「あー、何処もかしこも石壁って言うのはあっちでは見なかったから」
「あっちって、何処から来たの?」
「東京」
「えっ!!!?」
そう言うと、彼女は目を見開いて此方を見た。
「東京に居たの!?」
「え、そうだけど……」
「東京って言ったら、色々オシャレなカフェとか、銀座とか秋葉原もあるし、スカイツリーもあるんでしょ!? 良いな〜っ!」
ここら辺は山と海しかないから良さそうに見えるか。分からなくもないな。
「やっぱそう言うのとか憧れたりとかする?」
「うーん、そうだね〜……経験としてやってみたいとは思うんだよね。私は産まれてから此処から出た事ないし」
まぁそれは其々の家庭の事情とかがあるのだろう。
「今頃だけど、何年生?」
「高校2年だよ」
同級生か。
「涼くんは?」
「同じ高校2年」
そう言うと仲間さんはパァッと顔を輝かせた。
「じゃあ此処には何しに!?」
「え、ちょっと家の事情で転校して来て……」
「てことは"深高"に来るんだ!?」
「近くの高校には行く予定だけど……」
「なら深高しかないよ〜、ここら辺だと1つしかないし」
……まぁ、この過疎感ならそうであってもおかしくはないか。だとしたら、ますます油断出来ない。これは変な奴だと目をつけられでもしたら終わりだ。
僕は彼女の様子を確認しながら、自然に口角を上げた。
「でもそうか〜、転校して来たんだ〜。学校の時、色々話聞かせてよ!」
「別に大した事はないと思うけど?」
「いやいやいや! 私からしたらとんでもない事なのです!!」
僕はそれに「大袈裟」と返事をしながら笑った。嘘じゃない。それが僕の本音。
仲間さんは此処から出た事がない。だからこんな事が言えるんだろう。
外の世界は、思ったよりも綺麗じゃない。
綺麗なところもあれば、同時に汚いところも浮き彫りになる。
そう、僕みたいに。
そのまま他愛もない話を続けながら、僕達は歩いた。それから5分もしないで仲間さんは気づいた様に前の方を指差した。
「あ、涼くん! あそこが私の家だよ! 折角だからちょっと家に入って行きなよ! お茶でも出すからさ!!」
他の家とは少し離れ、趣きが違う建物がそこには建っていた。先程まで見て来た家とは違う、周りは白い壁で覆われ、門まである。玄関であろう場所までは10メートルほど離れていた。それまでの道のりには、向日葵などと言った花が植えてあるガーデニングスペースが広がっていた。
その奥には、綺麗な洋風のコテージの様な建物が建っている。
「ん? "天国"?」
そこでふと、門の名札を見て動きを止める。
……いや、天国って言う他の人の可能性があるだろ。うん、普通に考えてそうに決まってる。
彼女は門を開け、中へと入って行く。僕もそれにキャリーケースを引きながら入って行く。
ガーデニングスペースはとても丁寧にやられていた。真ん中には石畳が置かれていて、周りは自然の音で溢れかえって居る、東京でもあまり見ない光景だ。
「綺麗でしょ?」
仲間さんが振り返り、僕に言って来る。
もしかして、このガーデニングスペースの事を言っているのだろうか?
ーーこれが、彼女にとっては綺麗なんだ。
そう理解し、笑顔で頷く。
沢山の色が混ざり合い、色々な花の匂いが混ざり合っている、これが彼女にとっては綺麗だと言える事らしい。
「ーーうん。あまりの綺麗さに反応遅れちゃったよ」
僕はあんまり綺麗だとは思わないけど。
「だよね、私も此処が大好きなんだ」
仲間さんは、嬉しそうに先程までの笑顔以上の笑顔を見せて来た。
うん。やっぱりさっきの反応であってたらしい。
僕達が玄関まで着くと、仲間さんが持っていた鍵を使って扉を開く。玄関は一気に何人にも入れる様な広い玄関だった。靴箱には、1つだけ花が花瓶に入っている。
「ただいま〜! あ、入って入って!」
仲間さんに言われ、キャリーケース等はそこに置いたまま入ろうとする。その時、奥から小走りで誰かが近づいて来る音が聞こえた。
「奈津〜、誰か連れて来たの〜?」
そう言いながら姿を現したのは、白髪の素朴な緑色のエプロンを着た、優しそうなお婆ちゃんだった。
僕はお婆ちゃんと目が合い、「どうも」と軽く会釈をする。
「あらっ!」
お婆ちゃんは口元に手を当てて、目を見開く。その瞬間、後ろのドアが開かれる。
「あ! 涼! もう着いてたんだ〜、良かった〜」
え。
「な、何で此処に優空が?」
そこには急いで来たのであろう、優空が心底安心したかの様に笑っていた。
僕が問い掛けると、優空は不思議そうに首を傾けた。
「何でって、此処がお爺ちゃんの家じゃない?」
え。
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