第1話 海には夢が潜む
「久しぶりね〜」
「うわぁ……」
新幹線や電車に揺られ7時間。
電車から降りた僕と優空は、多分客観的に見れば対照的に、勿論僕からしても対照的な反応をしていた。
「真っ青な空に、透き通る空気!」
周りから煩い程聞こえてくる蝉の声に、海特有の皮膚をベタつかせる潮風。
「のんびりとした町の雰囲気!」
のんびりし過ぎてタクシーも見当たりませんが?
「東京じゃ味わえないよね〜」
東京じゃ味わいたくないよ。
盛り上がる優空に、僕は思わず小さく息を吐いた。
この優空に向かって文句をタラタラ言った暁には、心配性の優空の事だ。僕を連れて帰らせようとするだろう。気を付けないと行けない。
僕達は自動改札さえ無い無人の駅から出ると、太陽がまともに照りつけてくる日の元へ出る。陰キャである僕の皮膚がドンドン焼かれて行く。
「ごめん、涼。私お手洗いに行ってくるから少し待っててくれる?」
優空はトイレを我慢していたらしく、大荷物の僕を置いてトイレへと行ってしまった。
「はぁ、溶ける」
ジリジリと照りつける太陽を避ける様に屋根の影に居ると、その先にベンチがあるのを見つけ歩み寄る。すると建物の影にもう一つベンチがあるのが見えた。
あっちの方が涼しそうだ。
「ぐぅ〜……すぅ……ぐぅ〜……」
う、うわぁ。
ーーしかし、そこには酒瓶片手にへべれけでベンチに寝転がっている白タンクトップのお爺ちゃんが居た。
何故こんな所にとか、何で寝てるのに酒瓶は離さないんだろうとか、そんなのどうでも良い。此処に居たら面倒事に巻き込まれそうだ。
早く此処から離れよう。
「んあ?」
そんな時だ。寝ていたお爺ちゃんは唐突に起き上がり、僕の方を見た。お爺ちゃんと目が合い、取り敢えず軽く会釈をして離れようとするとーー
「兄ちゃん見た事ねぇな!! どこの子だ?? 歳はウチの孫と同じぐらいか!? 良いなぁ!! 青春中か??」
兄ちゃん……僕しか居ないだろう。
面倒だけど、田舎は閉鎖的で噂が広まりやすいって言うし、此処で無視でもしたらあっという間に『よそ者』になりそうだ。
僕は少し身体を引きながら嫌々と答えた。
「あー、今日東京から引っ越して来ました」
「東京!! えらい遠い所から来たなぁ!! 何処に住むんだ??」
「えっと、お爺ちゃんの家に」
「そいつの名前は?」
この怒涛の質問攻め、苦手だ。
「え〜……
「和ちゃん
「あ! ちょっと!?」
田舎の酔っ払いは親切ではあるが、自分勝手なのは変わらない様で、僕は大荷物を持って知らないお爺ちゃんに手を引かれる。
「此処らへんはタクシーも少ねぇからよ。移動は車かチャリが必須だな」
そしてお爺ちゃんが得意げにフラフラとしながら街の真ん中を通って行く。これだけでも分かる通り、車の通りや人通りさえ少ない。
つまりは、駅前には殆ど誰も来ないって事だ。東京だったらあり得ない光景だよなと思いながら、僕は優空にLIN◯を送り、先に行くという事を伝える。優空には悪いが、これを断ればこれからの僕の生活は悲惨な物になるだろうから、理解して欲しい。
さて、ウチの姉は心配性。僕は母の実家に行った事がない。知らないお爺ちゃんに着いて行った事なんて知られれば大変だ。これだとあまりの心労に倒れかねないという事で、5分毎にスタンプは送っておいて安全だと言う事は伝えておこう。
僕はぽちぽちとスタンプを押しながら、お爺ちゃんの後を進んで行く。すると、見えて来るのは、広大な空の様に広がる、真っ青な海だった。
……これだと寝る時とか波の音で五月蝿そうだな。
そんな事を思いながら海を眺めていると、ふと、ある所で視線が止まる。
「あの、1個質問したいんですけど」
「ん? 何だ?」
「あれって何ですか?」
「ん? あぁ、アレか」
堤防の先にある海。そこから50メートル程先だろうか。そこだけ海が青色ではなく白色に染まっている。まるでそこにだけ砂浜が浮いてるかの様な感じだ。
僕が聞くと、お爺ちゃんは笑って答えた。
「あそこからは
「夢を、叶える?」
此処ら辺特有の迷信というやつだろうか。
「良い子にしてれば
なるほど。益々迷信である。
「あそこに行けば何かが起こったり?」
「はっはっはっ! 何も起こったりしねぇよ!! 唯白く見えるってだけで、掬ってみても唯の塩水。つまり唯の海さな……」
つまりは不思議海って事か。こんな珍しい物があるなら、観光名所になってもおかしくないと思うけど……。
「ただ写真やビデオにも映らないから心霊現象じゃないかって、心霊スポットとしても有名だけどな」
前言撤回。観光名所になんてなる筈がない。
「まぁ、あんなのよりも此処ら辺には美味しい物が一杯あるし、東京には無いもんもあるだろ! 気楽にして過ごせば良い!!」
そう言ってお爺ちゃんは進んで行く。
何か顔に出ていただろうか……このお爺ちゃんなりに、気を遣ってるって事で良いのかな。
僕はそんなお爺ちゃんの気遣いに少し心を温めながらも、フラフラとした足取りを心配しながらもついて行った。
それから数分後。山沿いにある丘の様な坂を僕達は登って行く。
坂の脇は白く、所々茶色く錆びついたガードレールが続いていて、その道路幅は車一台分程の幅しかない。まだ先は長そうで、見える先は急カーブだ。
「あと何分ぐらいで着きますか?」
「ん? ざっと15分ぐらいか?」
まぁ、周りが木に囲まれていて木陰にはなっている。死ぬ事はないだろうと軽く絶望しているとーー
「
丁度急カーブになっているガードレールの裏、そこから制服を着た女子がひょっこりと顔を出し、元気に声を上げた。
「お!
お爺ちゃん、もとい勇太朗さんが大声で返事をして手を振ると、その人は走って近づいて来る。
「ひっさしぶり! 勇太朗さん! いつも通りカッコいいタンクトップだね!!」
奈津と呼ばれる人は、ウインクしながら右手の親指を勇太朗さんに突き出している。
見た感じ俺と同じぐらいの女子だ。髪は少し茶色掛かっていて、肩に髪先がかからないぐらいの軽いショートカット。容姿は遠目から見ても相当整ってるのが分かるぐらいの美人だ。
服装は胸元に赤い大きなリボンが付き、チェックのスカート。丈はまさかの膝上と言う関東の学生達に引けを取らない、活発さが目に見える制服を着ていた。
ーーまぁ、頭に幾つもの葉っぱが付いている時点で関東の学生とは違うのだが。
僕が彼女の格好に少し呆れる中、勇太朗さんは機嫌が良さそうに胸を張った。
「お! 分かるか? この前、ジャス〇で買ってよ!! ビビッと来たんだよな!!」
タンクトップトーク……んー、僕にはよれよれのタンクトップにしか見えないんだけど。
「やっぱり? 私もビビビッって来たからさ~、で、そっちの子は? 見ない子だけど?」
「コイツ………アレ? 名前は何だっけか?」
「……
「そうだ! 涼だ!!」
今頃ではあるが、これでお互いの名前が交換出来た。ありがとう、見ず知らずの陽キャ女子。
「へ~、涼くんって言うんだ! 私は
「え、あ、あぁ。よろしく」
いきなり呼び捨て、こういう握手をするのも田舎特有か。頑張って慣れていかないとな。
そう思いながら握手をした瞬間だった。
あの時の感覚に陥る。
僕は自然に彼女から手を離し、込み上げて来る胃液を無理矢理に飲み込んで平静を装った。
ーー別に、これを知ったからと言って僕が何かをしなければならない訳ではない。
そうしてる間にも、勇太郎さんは元気に片手を上げて背中を向けた。
「それじゃあ奈津! 涼の事頼んだぞ!!」
「え!? 頼むって何!?」
「お前ん家に案内すれば良い! じゃ! 俺は酒が切れたから
「あ! ちょっと……」
………嵐がやっと去って行った。そして嵐が居なくなり、急に気まずくなった。突然若い2人を一緒にして貰っても困るんだが。ほら、この人だって困ってーー
「……まぁ、良いか」
良いんだ。
「かくれんぼから抜けるって言ってこないと、ちょっと待っててくれる?」
「あ、はい」
かくれんぼ中だったんですね……JKが。
彼女は元気に坂を登って行く。膝上のスカート丈から見えそうで見えないというチラリズムを目前に、僕は視線を海の方へと移動させた。
「もう当分女子は懲り懲りだ……」
僕はキャリーケースを片手にガードレール前でしゃがみ込み、ガニ股になってガードレールの上に顎を置いた。
先に見えるのは青く広大な土地。そしてポツンと存在する白く狭い領地。そこだけが別世界の様に波が打っておらず、違和感がある。
あそこには海神様が居ると言うが、神様もあんな狭い部屋に閉じこもっている……まるで今の僕みたいで笑えて来る。
「いつかは……いつかは、そこから出れると良いな」
涼は心情を吐露した。
そこから抜け出せたら自由になれるという確信でもあるかの様に。
それはまるで、海神様に言い掛けている様でありながら、自分にも言い聞かせている様で……何処か諦めて居る様な口ぶり。
しかし、それに返事をする者が1人。
『貴方もね』
涼が振り向いた先、坂の途中には真っ白な巫女服を着た女性が立っていた。
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