第28話 抱擁
「待った?」
「ううん、そんなに待ってないよ」
「そう? それじゃあ、はい!」
「これ…」
「フルーツ牛乳だけど?」
此処、菊野湯は小さな銭湯で普通なら番台で飲み物を売っているのだが、何故かそれが無い。
その代り入口に二つの自販機があり、その一つが牛乳屋さんが設置していて乳飲料が入っている。
「フルーツ牛乳って言うんだ…これ美味いね」
「なかなか、無いだろう、牛乳屋さんの自販機って」
「確かにないね…いや、この前を何回も通っていたけど、あはは自分じゃ買わなかったね…うん美味い」
「そう、飲み終わったら、瓶をそこに入れて置いて、それじゃ行くか?」
「うん?! 帰ろう…」
「あははっ、そうだね」
湯上りの女の子って、凄く艶があって可愛く見えるのか。
髪の毛をあげていて、普段見ないうなじが見えるせいか、余計そう見える。
「帰ろうか?!」
俺は夜風に当たりながら萌子と帰路についた。
◆◆◆
さて、これからだ、問題なのは。
此処は凄く狭い。
まぁ、考えても仕方が無い。
貰いものをとってあるから、布団は運よく2組ある。
まぁ1組は少しカビ臭いから、こっちを俺が使って、萌子には俺の方を使って貰えば良いだろう…
「ほら、布団を敷いたぞ、そっちの方がまだ真面だから、そっちを使ってくれ」
「うん、だけど布団を敷くと凄く狭いね」
「元から6畳しかないのもあるけど、何故か畳の配置が悪くて狭く感じるんだよな、トイレとか行くときは俺を踏まないように気をつけてくれ」
一応、台所側を萌子、トイレ側を俺にした。
台所側の方が入り口に近いから悩んだけど、まぁトイレから遠い方が良いだろう。
「だけど、これじゃトイレの音聞こえるんじゃ」
「聞かないようにするけど、これは仕方ないだろう」
この建物は古く、洋式じゃなく和式だ…そのせいか流す音が多少聞こえる。
「まぁ、諦めるしかないか…だからって聞かないでよね!」
「解った」
電気を暗くして豆電球にして布団に入った。
「それじゃ、司くん…しようか?」
「しようかって、そんな事しなくて良いよ!」
そう言いながら、萌子は俺の布団に潜り込んできた。
「なんで? 私ってそんなに魅力ない? 好みじゃないのかな…」
そんな事は無い、確かに可愛いし綺麗だ。
いやな話だが『そういう経験』があるのは知っている。
だけど、今の萌子は原因は解らないけど、家出したい位傷ついている。
そんな子をこんな状況で抱くのは駄目だ。
「萌子は美人だし可愛いと思う、だけど今はそう言う事は…」
「解った…司くんには陽子ちゃんが居るから…そうだよね…ゴメン」
「いや、陽子とはそう言う仲じゃないから、そこだけは言っておく」
「そう? それなら良いじゃない? 私、司くんの事…好きだよ!」
これが嘘じゃないのは解っている。
能力を使ったから…だが、俺は自分の気持ちが解らない。
「俺も萌子の事が…好きなのは間違いない…だけど、その好きがどう言う好きか解らない…」
「どう言う事?」
「具体的な事は話したく無いけど、俺は寂しがり屋なんだ…だから、この好きという気持ちが『寂しさ』からきているのか、それとも本当に『女の子』として萌子が好きなのか解らない…だから、そんな気持ちでは、ごめん…そう言う事は出来ない」
「そうか…そうだよね」
暗い中映る萌子の顔が泣きそうになっている。
「理由は聞かないけど、家出する位ショックな事があったんだよな…ほら…」
「司くん…これ」
俺は片手を萌子にのばした。
「片手貸してやるよ」
手を繋ぐか腕枕、まぁ片手位貸してあげても良いよな。
辛い事があったんだから…
「ありがとう」
そう言うと萌子は俺の布団に潜り込んできた。
腕枕…なのか。
まぁ、仕方ないな…なっ
「萌子、一体なにするんだ…おい」
萌子は俺の左手を取ると、自分の股間へ持っていった。
今の俺の手は萌子のパンティの中だ。
しかもその状態で萌子は俺の左手を太腿で挟み、両手で腕を抱え込んでいる。
「自由にして良いんだよね? 此処が私の、女の子として大切な赤ちゃんを産む場所だよ…だから司くんに触れて欲しいの…」
さっき、萌子が「しようか」と言って断った時、泣きそうな顔をしていた。
答えしか解らない、自分の能力が恨めしい。
俺の手を持っている萌子の手が震えている。
これを振りほどくのはなんだか、不味い気がした。
「解ったよ」
そう言うと萌子は嬉しそうに
「ありがとう」
そう答えた。
萌子の辛さや悲しさは…かなり深く、知ってはいけない気がする。
俺は萌子の方を向き、右手で萌子を抱きしめた。
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