第32話
溶岩の滝から落ちて深淵に辿り着いた俺と釣り人さん。
深淵とは、未だ人類が到達していないダンジョンの未知だ。
当時ダンジョン先進国と言われていたアメリカやロシアなどが協力してダンジョンの大規模攻略を実施した際、探索隊は深層で壊滅した。
世界初のダンジョン攻略を果たしダンジョン大国と言われている日本を出し抜こうとしたのが裏目に出た結果だ。
日本さえ参加していたら攻略できたのではないか、と今でも囁かれている。
なぜ我らが日本がそんなに持ち上げられているのかと言うと、世界で一番ダンジョンを保有している国だからだ。
日本は現在全部で47個ものダンジョンが存在している。これは世界から見たら本当に意味のわからないことなのだ。
普通、ダンジョンは国に一個あればいい方で、ない国の方が圧倒的に多い。
ダンジョン先進国の国々にも多くて10個しかない。だが日本は47個。都道府県一つ一つに存在している。
なぜ日本にダンジョンがこんなにあるのか。
これについてはわかっていない。
オタク文化のせいや総理の神代唯のせいとか言われてる。
まあそこは置いておいて。
さて、なぜ俺が大規模攻略の事を語ったのか。それはその後に日本総理大臣である神代唯さんが世界で初めてダンジョンを攻略したからだ。
その神代さんからダンジョンの底は深層よりもっと奥にあるということが伝えられた。
人々はそれを深淵と名付け、深淵のあるダンジョンをクリアしたら英雄認定されるらしい。
でも未だに深淵持ちのダンジョンを攻略した探索者はおらず、謎に包まれている。
そんな深淵に俺達はやってきたわけだ。
それにしても、深淵という割には空気が澄んでるな。もしやダンジョンって下に行けば行くほど空気が澄んでいくのか?
まあこのダンジョンは下に行くほど暑くなるからもう汗だくだけどな。
俺は辺りを見渡す。
「ひっっっっっろ」
深淵と思われるここは、めちゃくちゃ広い。
まるで階層の壁を全部取っ払ったみたいに開けていて、階層全体を目視することができる。
おかげで魔物の不意打ちとかにも気が付けそうだ。まあされたとしても俺に攻撃が通らないから意味がないんだけど。
辺りをチラチラ見回していると、釣り人さんが当たり前のように釣りをしているのが目に入った。
「あの釣り人さん。深淵に来ても釣りってどうなんですか?」
「深淵だからこそ釣る」
あぁ、釣り人さんの緊張感は何処へ……。
まあ敵の気配も感じないし、まだ大丈夫だろう。問題は俺の攻撃がこの階層の奴らに通じるかどうかだな。
深層までの魔物は全部一撃で済んできたし、全く効かないということはないと思うけど、少し不安だ。
そんな事を考えていたら魔物の気配を感じ取った。
向こうはこちらに気付いていないようなのでチャンスだ。
周りに他の魔物の気配と姿もない。
だから心置きなく試すことが出来る。
「釣り人さん、ちょっと行ってきていいですか?」
「何かあったら助ける」
「ありがとうございます」
俺は標的に向かい一直線に駆け出した。
一瞬で標的の前に到着する。
どうやら血管に魔力を流しているおかげで身体能力が格段に上昇したらしい。
想定よりも全然早く動けた。
まだこちらに気付いていない悪魔のような魔物を殴る。
探索をしている時に釣り人さんに教わった、打撃に妖術を纏わせる技術も用い、今の最大限の力で殴る。
俺の拳が魔物に触れるのと同時に、術が発動する。
激しい爆発が魔物を包み、その身を灰にしていく。
この術の効果は触れたものを爆発させるというもの。どれくらいの威力があるのか正確にはわからないが、今ので深淵の魔物を消し飛ばすくらいの威力があるのはわかった。
深淵の魔物を一撃って……さすがの俺でも規格外だったわかるぞ。
これ配信したらまた何か言われるパターンだな。よし、次は力をセーブしてどれくらいやれるか試そう。とりあえず妖術は禁止でやってみようか。
そう思っていた、その時だった。
ピシリ、と何かがひび割れる音がする。
音のした方を見ると、空間に亀裂が入っていた。
この現象は前にも見たことがある。
しゅんこと勝負をした時に一度、全力を出した時がある。あの時吹き飛ばしたのは山だったが、目の前のと同じように空間に亀裂が入っていた。
あの時はすぐに修復されたはずだが、今回は修復もされず、どんどん亀裂が広がっていく。
なんか、とてつもなくやばい感じがする。俺、また何かやっちゃった?
「派手にやった」
「あ、釣り人さん。これ、どうしましょう」
「わからない。とりあえず逃げよう」
釣り人さんの言葉に反応するように、亀裂が広がる勢いが加速した。
バキバキバキっと空間が割れていく。
「まずい。ようこ、ちょっと失礼」
「え?」
釣り人さんは返事も聞かずに俺を抱えた。所謂お姫様抱っこというやつである。
こんな状況なのにも関わらず、ドキドキしてしまう。悲しいかな、体は女の子になっても心は未だに女経験皆無な男のままである。
あっ、めっちゃいい匂いする。それに密着してるからむ、胸が……!!
「ふっ」
俺があたふたしていても事態は進んでいく。
釣り人さんが魔力を練り上げ頭上に放出すると、ダンジョンの天井に大きな穴が空き、おそらく上層まで繋がった。
「よっ」
軽すぎる掛け声と共に釣り人さんが跳び上がる。
すると一瞬で上層に戻ることができた。
「このダンジョンに他に探索者はいない。早く脱出しよう」
「はい。じゃあ降りま……」
「捕まってて」
またもや俺が返事をする前に釣り人さんは駆け出した。
無駄のない動きで魔物を蹴散らしながら進んでいく。釣り人さんは俺を抱えた状態なので攻撃は蹴りしか使っていない。だがそれでも無双している。
上層という事を差し引いても、やはり釣り人さんも相当な実力者ということなのだろう。
そして、俺が今最も注目しているのは釣り人さんの蹴りだ。側から見たら尚更その蹴りがとても美しいものだとわかる。
無駄がなく、研ぎ澄まされた蹴り。
俺ももしこれができたらもっと配信を盛り上げることができるかもしれない。
非常事態なのにそれでも配信のことを考えてしまう俺は、とっくにダンジョン配信に毒されているのかもしれない。
「出れた」
そうこうしているうちに、俺達はダンジョンの外に出ることができた。
俺は釣り人さんに降ろしてもらい、ダンジョンを観察する。
あの亀裂が何かの予兆なのだとしたら、最後までダンジョンから目を離すことはできない。
「あっ……」
俺がダンジョンに注視していると、それは起こった。ダンジョンの扉に亀裂が走り、ガラガラと音を立てて崩れていく。
何が起こっているのか理解できない。でも、わかった事が一つだけある。
「ダンジョンが、崩壊した?」
これまで起こり得るはずのなかった事が、俺の目の前で起きた。
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