第30話
「そう、わかった。ようこちゃんの選択を尊重するよ」
「ありがとうございます」
「入ってもらえないのは残念だけど、よく考えてくれたみたいだし、応援してるよ。後、コラボとかしてくれたらこちらとしても嬉しいかなー」
「それはこちらからもお願いしたいですね」
「おー、嬉しいねー。ようこちゃんの敬語が外れればもっと嬉しくなるよー?」
「社長にタメ語はハードル高いです」
「えー、もっと仲良くしたいよー」
ごめん社長。さすがに偉い人相手は緊張するしタメ語なんてもってのほか過ぎる。俺は今世で強くなったが、それでも目上の人相手に敬語は欠かせない。
これは別に俺が陰の者だとか、コミュニケーションができないとかそういうのではなくて、単純に緊張してしまうのだ。
普通社長相手にタメ語を使うやつなんていないだろ?
俺は普通側の人間だからな。社長にタメ語なんて無理。
「社長、これ以上はようこさんの迷惑になります。至急仕事をしてください」
「えぇー!? 今は仕事なんていいじゃんかー! もっとようこちゃんと仲良くしたいー!!」
「駄々をこねないでください。いずれまた遊んでくださいますから」
親子かな?
そんな事がありながら、俺はまたダンジョンに来ていた。今回配信はせず、のんびりと潜っていく予定だ。たまにはのんびりと一人で潜るのも悪くないと思い、弁当片手に来たわけだ。
今日来たのは九州の大分にあるダンジョンだ。
東京から九州まで前世の世界では飛行機とかで行かなきゃダメだったが今世の世界では転移門という、潜るだけで対となる門に転移できる魔道具があり、こうしてダンライブの事務所に行った後でも簡単に来ることができるのだ。
ここ大分の別府ダンジョンは非常に暑く、下層からは溶岩が流れているという特徴を持つ。
結構暑いみたいなので、今回は薄着でチャレンジだ。薄着といっても水着とかじゃなくて、普通のTシャツだ。
ダンジョンに水着着てくる馬鹿はいないからな。
さっそくダンジョンに入っていく。
入った途端、ムワッとした熱気が襲ってくる。ふむ、確かに暑いな。
でも別に耐えれない暑さじゃない。
ネロのブレスにも耐えれたこの体からしたら、これくらいの暑さ大したことないのかもしれない。
————そう思っていた時期が俺にもありました。
結論から言おう。
クソ暑い。
さっきから汗がめちゃくちゃ出てくるし、下に行けば行くほど暑くなる。
なんでだ。なんでネロのブレスは耐えれたのにただの暑さには耐えられないんだ。おかしいだろ普通。絶対にあの黒い炎の方が火力高いだろ……。
そんな事を考えながら進んでいき、下層に着いた。
ここまでになってくると、本当に暑さで死にそうだ。
汗が滝のように流れて止まらない。
この体は飲み食いせずとも生きられるから熱中症にはならないが、汗はかく。
汗をかいてはタオルで拭いてを繰り返していたおかげでタオルはびちゃびちゃだ。
はぁ、今すぐ風呂にダイブしたい。
もうそこに流れてる溶岩でいいかな。
あぁ……なんか溶岩が水に見えてきた。
そっか、溶岩って水だったんだ。ほら、あそこで釣りしてる人もいるし。
そっか、溶岩は水なんだ……。
——って、おかしいだろ!!
いや溶岩で釣りって何!?
溶岩で魚なんて釣れるわけないからな!
てか誰だよこんなところで釣りしてるのは!?
「や、ようこ」
「釣り人さんかよ!!」
まさかの知人だったよ!!
本気で暑さでおかしくなったのかと思った。いや溶岩に釣り糸垂らしてる釣り人さんも十分おかしいんだけどさ。
「あの釣り人さん、何してるんですか?」
「釣り」
「いや溶岩じゃ魚は釣れないでしょ」
「釣れる」
「釣れないですって」
「釣れる」
「釣れません」
「釣れる」
まずい、釣り人さんもこの暑さでおかしくなってる。早くなんとかしないと。
……妖術で水でもぶっかけるか?
いやでも俺火の妖術は得意なんだけど他の妖術はからっきしなんだよな。
水滴を一つ作ることくらいしかできないし……。
首筋に垂らしたらいけるか?
本気で実行しようとしようと思った瞬間、釣り人さんの竿の糸が張り、竿自体が大きくしなった。
「え?」
いや、そんなまさか……。
混乱する俺を尻目に釣り人さんはルアーを回していく。尚も竿は大きくしなり続け、獲物の大きさを教えてくれる。
ついに魚影までも見えてきて、釣り上げるまで後少しとなった。
いや、いやいやいや。
おかしいだろ!!
なんで溶岩の中に魚がいるんだよ!
溶岩の飛沫が上がり、釣られた魚が現れる。
それは大きな鮭のような魚だった。
溶岩の中から現れたとは思えないほど綺麗で、身が乗ってそうな大きな鮭。
「釣れた」
「………」
「鮭は塩焼きが美味しい。一緒に食べよ?」
「……はい」
俺は考えるのをやめた。
塩焼きにされた鮭はうまかった。やはり釣り人さんは料理の天才だ。
昼に持ってきていた弁当よりも遥かに美味しくて弁当のおかずよりも鮭でご飯がなくなった。
絶妙な焼き加減で完璧に焼かれた鮭はやばい。俺は身をもって知った。
「ようこ、汗だくだけど大丈夫?」
「あー、一応大丈夫です」
「そう。無理はしないように」
「はい。無理はしません。あれ、釣り人さんは暑くないんですか?」
なぜか釣り人さんはこんなに暑いダンジョンにも関わらず、前に会った格好と変わらない格好をしていた。
具体的に言えばパーカーに長袖を着て、フードもグラサンも付けてる絶対に暑い格好だ。
「私は平気」
「うらやましいです。私も暑さに強かったらよかったんですが。ネロのブレスに耐えれたのになんで暑さには耐えられないんでしょうか」
「多分それはこのダンジョンの性質のせい」
「ダンジョンの性質?」
「黒竜のブレスは魔力を使用したもので、常に魔力を高密度で纏っているようこには効かない。でもここのダンジョンの熱は空気自体の暑さ。魔力由来じゃないからようこにも効く」
な、なるほど。魔力ってものはよくわからないけど。
つまり魔力由来のものは俺には効かないけど気温とかの魔力に由来しないものは効くということか。
うん、防ぎようがないな!
「対策は氷の魔法や魔術を展開して冷気を常に出しておけばいい」
「ん? 魔術?」
「魔術は魔法の上位互換。主に魔力を使用する」
「え、魔力ってなんですか?」
「あれ?」
釣り人さんが困惑したように俺を見る。
いや、俺だって本気でわからないんだよ。魔力なんて初めて聞いたからな。
だいたい、俺が知ってるのは妖術だけだし。
「あの、妖術は知ってるんですけど」
「妖術……。見せてもらっていい?」
俺は妖術を発動させ、小さな火の玉を作る。
「なるほど。式が違うだけで、操ってる力は同じ」
「それって、妖力と魔力は同じってことですか?」
「そう。式だけが違うだけ」
「そうなんですか。じゃあ私も魔術に変えた方がいいですかね」
「いや、これはようこの強みだから残しておいた方がいい」
「わかりました」
いやー、勉強になったな。
やっぱり釣り人さんはいい人だ。わざわざ魔術と妖術の違いとか、懇切丁寧に教えてくれたし、鮭もくれるしいい人すぎるな。
聖人を名乗っても怒られないぞ?
「ようこ、どうせなら二人で攻略しよ?」
「いいですね。行きましょう!」
どうやら今回も一人になれないらしい。だが、一人でいるよりも心が躍るのはなんでだろうか。
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