第21話

鈴さんと焼肉を食べてから数日後、俺は鈴さんの事務所に来ていた。後から知ったのだが、どうやら鈴さんは事務所所属の大人気ダンチューバーらしいのだ。

今回は助けてもらったお礼だとかであちらから来てもらうところを俺から行くのに変えてもらった。めちゃくちゃ断られたんだけど流石にあの山を登らせるのはね‥…。

だから山のすぐそばに車を停めてもらって、事務所に連れてきてもらったわけだ。

……今思ったけど新人ダンチューバーの俺がめちゃくちゃ人気な先人達が集う事務所になんて入っていいんだろうか。

いくら向こうからの呼び出しだとしても畏れ多い。本当に入っていいのか?


「ようこさん、どうしたんですか?」

「いえ、何でもないです……」


俺があわあわしていると、マネージャーさんと共に付いて来た鈴さんに不思議がられた。なるべく平静を装って鈴さん達と共に事務所があるというビルの中に入っていく。

エレベーターに乗り、俺は鈴さんの所属する事務所に着いた。


「ようこさん、こちらへ」


事務所に入るとすぐに一つの部屋に招かれた。

中には一人の女性が座っていた。一言でその女性を言い表すと、世間とは少しかけ離れた女性だ。

少し曖昧だが、こんな立派な事務所にゆるっとした私服で来てるんだからそうとしか言えない。何この人?


「社長、ようこさんをお連れしました」

「お、来た!」


え、社長!?


「ご紹介しますようこさん。この方はダンライブを創設した、六条社長です」

「ハロー。六条だぞっ!」

「( ゚д゚)ポカーン」


何だか最近、俺の理解の及ばないことが起きすぎてる気がする。

この人が社長?嘘だろ……。


「ようこさん、気持ちはわかります。私もこんな人が社長だなんて信じたくありません」

「ちょっと鈴ちゃんひどくない!?私だって頑張ってるんだからね!!」

「仕事してると見せかけてソシャゲしてるのがですか?」

「えーと、それはなんと言うか……魔が差したんだよ」


そう言って六条社長は目を逸らした。これが社長か……。この会社大丈夫なんだろうか。


「こほん、そんなことはいいんだよ。私はようこちゃんにお礼を言うためにこの場を設けたんだから」


社長はおもむろに立ち上がると俺に向き合い、頭を下げた。


「ようこちゃん、ありがとう。うちの大事なライバーを助けてくれて。私たちに出来ることがあったら、何でも言ってね」

「い、いえ、お気になさらず……」


さっきとは違う真面目な態度に、思わず面食らってしまった。

この人、実は根は真面目なタイプだったのか。俺も見習おう。

そんなことを考えていると、六条社長は俺を見つめたまま何やら唸り出した。


「うーん、やっぱり惜しいなぁ。ねぇようこちゃん、よかったらさ、うちに入らない?」

「え?」


え、なんて?


「実は初配信の時から目を付けてたんだよね。この子おもしろそうって。別に断ってくれてもいいの。ただ、メリットが何もないわけじゃないから少しは考えて欲しいかな」

「は、はい……」


ちょっと展開が早すぎないか?

何で俺なんかが勧誘されてるんだろう。まだ探索者初心者だよな?

ランクも……登録してから見てないけど多分EかDくらいだろ。そんな俺に事務所に入って欲しいなんて…なんか裏がありそうで怖いんだけど。

まあ返事は急いでないみたいだし、よく考えるか。

それから俺は六条社長といろいろ話したりして家に帰った。

次の日。俺は久しぶりにダンジョンにいた。実は鈴さんを助けてからダンジョンに入れてなかったのだ。家で雑談配信くらいはしたが、俺の本業はダンチューバー。ダンジョンに潜ってなんぼだ。

なんかエゴサしてたら俺=総理説なんかが出てきてビビった。俺が総理大臣な訳ないだろうに。

カメラの調整、音量もよし、配信開始だ。


「どうも皆さんこんにちは。新人ダンチューバーの狐坂ようこです。お久しぶりです!」


:うぉおおおおお!!

:久しぶりのダンジョン配信だーーーー!!!

:この時を待っていた!

:登録者数100万人おめでとうーー!!

:記念配信?て感じでもないか

:総理、総理なんだろ!?

:しん、じん?

:めちゃくちゃ叫んでるな

:全く耳が痛いぜ

:ありゃ、ようこちゃん一人?


「うわぁ、めちゃくちゃ流れてますね。ここで一つ確定しておきたいのは、私は総理大臣じゃありません!ただの探索者です!」


:なん、だと

:総理じゃ、ない?

:ま、まさか俺の考察が間違って……!?

:草

:やっぱデマだったかww

:自信満々に語ってた配信者どもが気の毒だぜ

:そりゃあ総理がダンジョンなんかに潜るわけないか

:この前潜ってたがな

:↑シャーラップ!!


「皆さん納得してくれたようで何よりです。そうですよ、総理大臣がこんなダンジョンに潜るわけがないんです。だから私は総理大臣なんかじゃありません」


まったく何でこんな勘違いされたんだか。調べてみたけどこの世界の日本の総理って結構自由人らしい。それで世界最強なんだとか。流石に総理とはいえ一般人が世界最強な訳ないと思うけど。


「さて、そんなことよりダンジョンを攻略していきましょう。今回しゅんこちゃんはお留守番です。何やら最近アニメにハマったみたいで戦い方の参考にするとか言ってました。なので今回の配信ではダンジョンの攻略と共に私の戦い方を確立させていきたいです」


:しゅんこちゃんアニメにハマったのか……

:どうするよこれで黒魔術とか使い出したら

:責任は全てようこちゃんにある

:ようこちゃんの戦い方か……

:もう素手でいいんじゃね?

:↑それが最強な気がしてきた


「ではさっそく始めましょう!!」


俺は久しぶりのダンジョンにウキウキしながら門を潜った。

眩い光が晴れ、初めに目に映ったのはどこまでも広がる真っ青な海とビーチだった。


「綺麗ですね」


今回潜るのは東京湾付近にあるダンジョンだ。ここではなんと魚が取れるらしく、修行をしながら漁をするのにピッタリだと思ったのだ。


「たくさん魚獲ります!」


:ようこちゃん本来の目的忘れてる

:すごいな、三歩も歩いてないぞ

:ようこちゃんは鳥以下……?

:↑やめろ消される


コメント欄はいつも賑やかだな。俺が目的を忘れるわけないじゃないか。

流れるコメントと綺麗な海を見ていると、海の岩場に人がいることに気付いた。

あれは……釣りしてるのか。

その人はどうやら釣りをしているようだった。キャンプなんかで使うローチェアに深く座り、空を眺めている。


:なんだあれ

:釣り人です

:馴染みすぎて気付かんかったわ

:いやダンジョンで釣りって、危機管理能力どこいった

:ダンジョンで釣れるのなんて魔物だけなんよ

:こんなことするの総理とようこちゃんだけだと思ってた……


「なんか心外ですね」


コメ欄どもめついには総理もバカにしだしたぞ。いや本当に大丈夫なのか?

炎上とかしない?

俺が炎上のことを心配していると、釣り人が立ち上がる。ここからでもわかるほど竿がしなっていることから中々の大物なのだろう。

緊迫とした状況にここがダンジョンの中ということも忘れて見入ってしまう。

竿がしなり、リールの回る音が聞こえる。竿が右に左に倒れ、遂には魚影が見えてきた。

なんか、デカくね?

———バッシャアアアアン!!

水が音を立てて飛び散り、その魚が姿を現す。

それは、成人男性3人分はある程の大きなぶりだった。釣り人は空中に上がった鰤を目にも止まらぬ速さで捌く。

どこからかめちゃくちゃでかい皿を取り出し、その上に下処理された鰤が乗った。

釣り人はこれまたどこからか取り出した七輪に網を乗せ、鰤を焼き出した。


「ジュルリ……」


目の前で飯テロをくらい、思わず涎が出てしまう。俺に気付いたのか突然釣り人はこちらに振り返り、手招きしてきた。


「一緒に食べよ」

「はい!!」


うまそうな鰤に理性を失い、俺は釣り人の誘いに乗った。

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