第18話
走り始めて、どれだけ経っただろうか。一瞬だと思えるし、永遠だとも思える時間が過ぎた。でも、そろそろ終わりが近い。もう、体力が尽きてきた。
体のあちこちが痛いし、時折飛んでくる石化の攻撃を避けなければならず、気を抜かなかった。もうすでに限界を超えている。
あの魔物の体が大きく、それ故に罠を踏みまくってくれなかったらとうの昔に食べられていた。
「ぜぇ……はぁ…」
息が切れる。さらに走るのが遅くなる。死が近付いて来ているというのに、私はどんどんノロマになっていく。死にたくない。その思いだけで足を動かす。
「あ……」
急に両足が動かなくなり、そのままこけてしまう。あれ?どうしたんだろう……。
私は突然動かなくなった両足を見る。そこには元は足だったはずの形をした石があった。絶望という文字が頭を支配する。
体力はもう限界。足は石化していて動かない。こんな体じゃ反撃も意味を為さない。死が、すぐそこまで来ているというのに。
ふと、コメント欄を見る。
:すずちゃん!
:諦めるな!
:叫んで!
:助けを呼んで!
:しんじゃいやだ
:頑張って!
そんな言葉が、大半を占めていた。みんなは、諦めてないんだ。私が助かるのを、信じてるんだ……。
じゃあ、私も諦めるわけにはいかない!
たくさんのファンが私を応援してくれてるんだ。必要としてくれてるんだ。たとえ無様だとしても、生き残ってやる!
「きゃあああああ!」
声を張り上げる。他の探索者に届くように、大きくよく響くように。少しずつ、後ろに下がる。少しでも生きてやる。惨めでも、滑稽でも、死ぬその瞬間まで私は、諦めない!
「グルル……」
私の行動に気を悪くしたのか、バジリスクは唸り声を上げる。
諦めちゃダメだ。生きなきゃ。その一心で、バジリスクから離れる。
「はぁ、はぁ」
周囲の音が耳に響く。私の荒れた息、バジリスクの忍び寄る音、謎の爆発音……ん?
え、なに、この音。なんかすっごい音聞こえるんだけど。
なんか、ダイナマイトが何回も爆発してるような音が聞こえるんだけどなにこれ。しかも段々大きくなってる!
音が気になるのかバジリスクも襲ってこないし。もしかして、バジリスクよりも強い大型の魔物が近付いて来てるの?
——ドッゴーン!
轟音を轟かせ、絶対に壊れないはずのダンジョンの壁が崩れていく。バジリスクも私も、口をあんぐりとさせて崩壊していく壁を眺める。
土煙が晴れ、壁を崩壊させた主が姿を現す。
それは狐の仮面を被り巫女服を身に付けた小さい少女だった。
少女はバジリスクを一瞥すると、その姿を消した。そしてバジリスクの頭が粉々になった。
意味がわからず、いなくなった仮面の少女を探す。仮面の少女はすぐ近くでこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
少女の問いかけに力なく答える。少女は心配そうにこちらを見ていたが、私はそれどころではなかった。
え、なにこの魔力!?
私は少女が放つ魔力に圧倒されていた。
魔力とは、魔法などを使う時に必要な力だ。でも他にも使い道があり、その一つに身体能力の強化がある。魔力を纏うことで攻撃力、早さ、防御力を上げられるのだ。
そして纏う魔力が多ければ多いほど、身体能力は上がっていく。
私くらいになるとわかるのだ。目の前の少女が凄まじい量の魔力でその身を覆っていることに。
一目で格の違いがわかってしまう。私はどう足掻いても、この少女には勝てない。
人の形をしている者にそう感じたのは、これで二回目だ。
Bランクの冒険者になり、戦闘力を測りに行ったあの日。私は視察に来ていた彼女に出会った。彼女は戦闘力を測る会場の中であきらかに他より目立っており、その姿を見るのは簡単だった。
そして彼女を見た瞬間、言葉を失った。
目の前の仮面の少女とは対照的に、魔力が一切見えなかったのだ。
普通、生物は探索者でなくとも魔力を持っている。魔力を纏うことで身体能力を上げる探索者とは違い、オーラのように発しているのだ。
でも、彼女は違った。
まるでそれが当然とでも言うように、彼女は魔力を発していなかった。
今では当然の摂理になっているのだが改めて、私は彼女が世界最強だということを実感した。
彼女なら、体の中に魔力を留めることだってできるのだろうと。
そんなことをぼんやりと考えていたら、なんか大変な事になってた。
「よし、解けたぞ!」
私の足の石化が解かれてしまったのだ。
おかしいな……石化なんて高位のポーションやら回復系のスキルを50回くらい使用しないと解けないのに一瞬で解けちゃったよ。
……誰!?
え、誰こののじゃロリ狐巫女。私こんな子知らない!
それにこの子も仮面の子程じゃないけどすごい魔力纏ってるし……。
おかしいな、私って小さい子に負けるほど弱かったっけ……。
「貴女はどうするのですか?」
仮面の子がこちらを向いて聞いてくる。
……あ、私まだお礼言ってないじゃん。流石に助けてもらったのにお礼なしは大人としてまずい!
「っ、すみません。助けていただいたにも関わらずお礼もなしで……」
「いえ、当然のことをしただけですので、お礼は結構です。それよりもこのままダンジョンに残りますか? 私達は帰るのでもし帰るのなら送り届けますが」
「わ、私も帰ります。ですが助けてもらった上にそこまでしていただくのは……」
さ、さすがに助けてもらった上に送り届けてもらうのはなぁ……。
けっこう体にガタが来てるけど帰るくらいはでき……ないか。でも幼女二人にこのまま頼り切りになるのはいけない。
「遠慮はよいぞ。帰るついでじゃしな」
「で、でも……」
うぅ……優し過ぎるよぉ。
でもここは大人として断らないといけないし、でも断ったとして私一人で出口まで行くのは普通に無理だ。だってここは下層で、現在地もわからない。中層の魔物に苦戦している私じゃすぐに死んでしまう。
けど、ここで頼ってしまうと私の大人としての矜持が……。
そうやって悩んでいると、突然仮面の子が私を持ち上げた。
え?
「さて、行きましょうか」
え?
なんで私お姫様抱っこされたの?
「……うむ、そうじゃの」
え?
なんでこの子は平然と受け入れてるの?
「え、あの、え?」
何が何だかわからず、狼狽えることしかできない。その間も二人の少女は会話を続ける。
焼肉かー。私もこんな状況じゃなかったら素直に美味しそうって思えたのかな?
「あ、そういえば名乗っていませんでしたね。私は狐坂ようこです」
「儂は狐坂しゅんこじゃ」
「あ、私は
抱っこされたまま自己紹介をする。今思ったけど、お姫様抱っこめちゃくちゃ恥ずかしい!
生まれてされたことなんて一回もなかったからね!!
私が悶えながらようこちゃんの腕に収まっていると、なにやら不穏な言葉が聞こえてきた。
「しゅんこちゃん、走りませんか?」
「奇遇じゃな。儂も先程から退屈で仕方なかったところじゃ」
「え?」
走る?
この状態で?
……なんか、嫌な予感がする。それもやばいくらいに。
「しゅこちゃん、行きますよ」
「おう!」
「え、待って待って待って!!」
私は止めた。全力で。でも、彼女達には届かなかったみたいだ。
「うわぁあああああ!!!!」
まるで新幹線の速さでジェットコースターをするかのような地獄に、私は悲鳴と共に意識を手放した。
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