第17話
私の名前は
「どうも皆さんこんすず! 鈴ちゃんの配信の時間ですよー!」
:きちゃーー!!!
:待ってた!
:すずちゃーーん!!
:会いたかったよー!
賑わうコメント欄。同接はいつも通り一万人を超えている。
事務所に入ってから3年間、コツコツ実力と人気を伸ばしてきた。最近では戦闘力が900を超えて、ダンチューバーの中でもトップクラスの実力者と言われるようになった。
事務所の中での稼ぎ頭は私だと言ってもいい。
そして今回潜るダンジョンは東京の新宿にあるダンジョン、通称新宿ダンジョンと呼ばれるダンジョンだ。
このダンジョンの特徴として、深淵があることが挙げられる。
そして深淵のあるダンジョンは総じて出現する魔物が他のダンジョンと比べ強力になっている。普通のダンジョンは大抵深層までで、魔物のランクは上層がEからD、中層がDからC、下層がCからB、深層がAになっている。
だけど深層があるダンジョンは魔物のランクが一つ上がり、上層でも普通のダンジョンの中層と同程度の強さになる。
その理由は瘴気の濃さが原因とされており、深淵という瘴気の塊のようなものがあることでダンジョン全体の瘴気も濃くなり魔物が強化されるということ。
そして今日私が挑むのがそんな深淵のあるダンジョンなのである。今の話を聞けば無謀にしか思えないけど、別に私だって死にたいわけじゃない。
今日この日のために何度も修練を重ねてきたし、準備してきた。いざとなったらダンジョン前まで転移できる帰還の書があるから、万が一にも対応できるはず。
「今日潜るのはここ、新宿ダンジョンでーす!」
:ああ、前から言ってたところか
:大丈夫?新宿ダンジョンってめちゃくちゃやばいところじゃん
:深淵あるダンジョンはやばい!
:鈴ちゃん本当に大丈夫?
「大丈夫です。今回は中層で止めようと思っているので。いざとなったら帰還の書を使うので問題ありません」
:それなら大丈夫、なのか?
:不安だけど、頑張って!
:命大事に、これ守ってね!
:無理しないように!
:頑張れ!
みんなが、私を応援してくれている。それがとても嬉しくて、絶対にクリアしてみせるという気持ちになれる。
「では、行きます!」
私は新宿ダンジョンへと入っていった。
ダンジョンに入ってからは早かった。あくまで体感だからそうでもないかもしれないけど、あっという間に中層まで行くことができた。
さすがに上層はいつも潜ってるダンジョンの中層とそう変わらないから心配はない。でも、ここからが本番だ。
深淵のあるダンジョンの中層は、普通のダンジョンの下層と同程度の強さがある。だからいつも下層を探索するように、気を張り詰めないといけない。気を抜いたら、すぐに死んでしまうだろうから。
「すみません、ここからはあまりコメントを見られないと思います」
:ええんやで
:集中大事
:コメント返してて死んじゃったらダメだしね
:罠とかに気を付けて!
:死なないでね!
「お気遣いありがとうございます」
私はそれだけ言って、コメント欄から意識をダンジョンに向けた。ゆっくりと、慎重に進んでいく。罠に注意して進んでいると、一匹の魔物が姿を現した。
筋骨隆々とした体躯に、凶悪な角。牛の姿をしているが、普通の牛と比べ三倍は大きい。
その名をクレイジーキャトルという。普段は下層に生息しているBランクの魔物。非常に気性が荒く、人間を見つけるとすぐに突進してくる。
その突進の破壊力は凄まじく、まともに受けたら死んでしまう程の強敵。
幸いまだ気付かれていない。正面からは難しいけれど、不意打ちなら他のBランクの魔物より戦いやすい。たとえ気付かれたとしても私はスピードで戦うタイプ。
クレイジーキャトルの攻撃手段である突進は直線的なので避けられる。油断さえしなければどうにかなる相手だ。
相手の視線に入らないよう、ゆっくりと近付いていく。足跡を消し、気配を薄くして急所だけを見る。
充分な距離まで近付いたら、急所である首を斬りつける!
「ブモォッ!」
クレイジーキャトルが悲痛な声を上げ私に襲い掛かってくる。でも、一撃で仕留め切れないのは知っていたので余裕を持って回避。
クレイジーキャトルが足を止めた瞬間に再度首を攻撃する。
「はぁっ!」
気合いの入った渾身の一撃は、クレイジーキャトルの首を見事に断つことに成功した。
「ふぅ……」
他の魔物が来ていないことを確認して一息つく。やっぱりBランクの相手は疲れる。私も探索者としてはBランクなんだけど、それでも生きるか死ぬかの瀬戸際の戦いを強いられるのはキツい。
もっと私に実力があればいいんだけどね。
そんなことを考えていると、突如ダンジョンに轟音が鳴り響いた。
な、なに!?
辺りを見回す。でも何もない。別の階層で何かあったのかな?
これは……一応ダンジョンから出た方が良さそう。せっかくの企画だけど仕方ない。もし何かあったら私だけじゃなく事務所にも迷惑をかける事になるし。
「すみません皆さん。他の階層で何かあったみたいです。二次被害があるかもしれないので残念ですが撤退します」
:何今の爆音!?
:えげつない音だ
:確かに撤退した方が良さそう
:いったい何があったんだ……
:ここは帰るのがいいね
:帰還の書は勿体無いしボス部屋にある扉で帰ろう
「そうですね。そうしましょう」
ボスを倒したら次の層に向かう扉と、ダンジョンの前に転移する扉の二つが現れる。もしかしたらもうボスが復活していてまた倒す事になるかもしれないけど、そこは仕方ない。
日本人特有のもったいない精神のせいか、帰還の書は緊急時以外に使いたくないし、節約できるなら節約したい。
じゃあ早く帰ろう。何かあった後じゃ遅いしね。そう思った私は、後ろに一歩踏み出した。
勝利した後の油断からか、予想外の事態が起きた動揺からか。
私が踏んだ地面が突如光出す。
「まさか……」
気付いた時にはもう遅い。私は息の詰まるような瘴気が充満した洞窟に転移してしまっていた。
「はぁ…はぁ…」
息をしただけで苦しくなる。もしかしてここ、下層?
だとしたら、早く帰らないと!
急いで帰還の書を取り出す。早く帰らないと!
「ぇ……」
帰還の書を発動しようとしたその瞬間、帰還の書が石になってしまった。
石になった帰還の書を捨て、周りを見る。いた、あいつだ!
一匹の魔物が、こちらを見つめていた。硬い鱗で覆われた体躯に、八本もある木の幹のような足。こちらを見るその顔は、トカゲと言うよりドラゴンに近い。それが、獲物を見る目で、こちらを見ている。
その姿を見た瞬間、私は駆け出した。どこなのかもわからないけど、がむしゃらに走る。一刻も早く、あの魔物から逃げるために。
「ガァーーーーー!!!」
後ろからあの魔物の声が聞こえる。洞窟内に響く大きな音は、それが走る音だ。刻一刻と迫る、死の音だ。
早く、早く逃げないと殺される!
今私が生きているのはここがたまたま洞窟で、たまたま他の魔物がいないからだ。私がスピードタイプの探索者ということもあるだろうけど、最大の理由は前の二つ。
大きな広間に出てしまえばすぐに追い付かれるし、他の魔物と出会ってしまったら挟み撃ちに遭ってしまう。
でもだからと言って足を止めて仕舞えばすぐに殺されてしまう。今はただ、逃げ切れることを祈りながら走るしかない。
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