第23話 初めての友達
『ユリーベル・シュベルバルツ様
段々と、麗らかな日差しが顔を出し、穏やかな風が花を揺らす今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
三日後、私の屋敷にてお茶会を開催致します。幼なじみと私だけの小さなお茶会ですが、宜しければユリーベル様にもご参加して頂きたく、こうして招待状をお送りしております。お時間が空いていましたら、三日後イルナルガ邸にてお待ちしております。
まだ月の登る時間は肌寒いですので、お身体には十分にお気をつけ下さい。
エンティー・イルナルガ』
そんな畏まった手紙は、ユリーベルがマリーベルとの食事を終え、帰宅した時には既に届いていた。
「確かに承諾はしたけれど……。」
普通こんなに早く招待状を送る者などそうは居ない。
あれだわ。この子絶対に『思い立ったらすぐ行動!』タイプだわ。
全く持って、こういう人種には弱いユリーベルは頭を抱えながらため息をつく。
その様子を見ていたハルムンは、ムカつくほど清らかな涙をポロリと流していた。
「まさかあのユリーベルに友達が出来るなんて……!お兄ちゃん、嬉しいよ……!」
「誰がお兄ちゃんよ。っていうか鬱陶しいからその顔やめなさい。」
とはいえ。確かに歳の近い友人など一人も無いのもまた事実。
折角誘って貰ったのだし、ここで断るのは失礼だろう。
「あんまり気は乗らないけれど……行くしか無いようね。」
「おうおう、行ってこい!少しは友達作っておいた方が人生楽しいぞー?」
「そのアドバイスは右から左に流しておくわ。」
などと適当に流しておきつつ、早速返事の手紙を書き、封をして伝書鳩の足に括り付ける。
行ってらっしゃい、と伝書鳩が夕日に向かって飛んでいく様を眺めながら、ふとユリーベルは先程の招待状の内容を思い返す。
——幼なじみって誰の事なのかしら。
その人が、ユリーベルと顔なじみの『彼』だと知るのは、お茶会が始まる直前の事だった。
✿
穏やかな日差し。ゆっくりと流れる雲。
何とも心地の良い風。
全てがまるで、今日という日を祝福している様だ。
……が。
「どうしてここにいるんですか!——カイル様!!」
驚きで目を丸くさせるユリーベルの前には、カイルの姿があった。
今日はエンティー主催のお茶会当日。
ここにカイルが居るということはつまり。
「カイル様は私の幼なじみなんです!カイル様からユリーベル様のお話はかねがね聞いておりました!それもあって、私はずっとユリーベル様と仲良くなりたかったのです!」
ぱあっと花が咲き誇るような笑顔で、エンティーは事の経緯を説明する。
ああ、成程。だから王宮でもあんなに興味津々にユリーベルを見つめていたのか。
と、納得した所で今のこの状況に異議を申し立てたい気持ちは変わらない。
普通お茶会と言えば、淑女が集まる場のはず。
なのにこの男ときたら、のうのうと悠々自適に笑って……!
とはいえ、ここで帰りますなんて言い出す訳にもいかないし……。
あれこれと自分の中で葛藤した挙句、今回はユリーベルが折れる事で決着した。
何故だか知らないけれど、ユリーベルはカイルに弱いらしい。
「それでは皆さんお揃いになった事ですし……早速始めましょう!」
エンティーの声を合図に、お茶会は始まった。
最初は何を話したら良いのかと悩んでいたユリーベルだったが、それはどうやら杞憂に終わったらしい。
エンティーがあれはこれはと一人で楽しげに話している。
どうやらエンティーは人一倍良く話す女の子のようだ。
「それでその時に……って、すみません!私ばっかり一人で喋ってしまって……!」
「良いんですよ、エンティー様のお話を聞いているだけでも楽しいですから。」
「ユリーベル様……!」
エンティーの尊敬の眼差しが痛い。
キラキラと目を輝かせる子犬のようだ。
と、ユリーベルはカイルの腰周りに目を落とす。
「カイル様が剣を持ち歩いている姿は初めて見ますね。」
銀色のつかに、青色と銀色の鞘。
見ただけでかなり上物の剣だと分かる。
だが、ユリーベルとケーキを食べた時も初めて会った日も、カイルはその剣をぶら下げてはいなかった。
「ああ、今日は訓練があったので……。普段はあまり持ち歩か無いのですが、今日は家に戻る時間も無く、訓練所からここに来たのです。」
「訓練?カイル様が?王室騎士団でも無いのに?」
そう尋ねると、カイルは答えた。
どうやらアルファード公爵家直属の騎士団で、団長を務めているらしい。
公爵家はそれぞれ独自の騎士団を設立する事を許されている。
勿論、シュベルバルツ家にも騎士団は存在するが、ユリーベルはあまり関与していない。
たまに気晴らし程度に訓練所に行って剣を振るう事はあっても、それは本業では無いから、基本は騎士団の団長に一任している。
「カイル様が団長だなんて、驚きです。」
「えへへー!こう見えてカイル様は凄く強いんですよー!団長就任試験でも、候補生をバッタバッタとなぎ倒し……」
「え、エンティー!そこまでにしてくれ……恥ずかしいから……。」
ぷしゅーっと頭から湯気を出しながら顔を真っ赤にするカイル。
こんな風にカイルが恥じらう姿は、なんだか新鮮だった。
「私はとても気になります!エンティー様、良ければその続きを教えてください!」
「勿論です、ユリーベル様!それからカイル様はですね……」
「……ゆ、ユリーベル様まで……」
女性二人を前に、背中を小さくするカイル。
そんなカイルの功績を、嬉しそうに話すエンティー。
彼女の話の中で、確かにカイルの剣の腕は強いという事が分かった。
見た目は結構細身だが、着痩せするタイプなのかもしれない。
「実は私も剣を扱うんですよ。」
「え!?ユリーベル様がですか!?」
「とは言っても、趣味程度ですが。ですが……一度、カイル様とはお手合せ願いたいものですね。」
にやっとユリーベルが微笑むと、カイルは青ざめた顔をして、瞬時に「駄目です!」と答えた。
「ユリーベル様はレディーなのですから、もしもの事があったら……」
「あら、カイル様ならその辺の手加減は上手くやってくれるかと……。」
「それでもダメです!絶対にダメです!!」
頑なに拒否を言い張るカイルを見ていると、何故だかユリーベルの心は踊り出した。
普段温厚で、何事にも笑顔で接する彼の様々な一面が見られた事がきっと、ユリーベルにとって楽しい時間だったのだろう。
くすりと、ユリーベルが笑うとそれに吊られるように、エンティーも声を上げて笑い出す。
二人の少女の甲高い笑い声が空に混ざって溶けていく。
こんなに心地いい時間は久しぶりだ。
ユリーベルが真に心を許しているのは姉であるマリーベルだけだと思っていた。
こんな風にたわいの無い事で笑いあって、お茶を飲みながら色々な話をして。
ユリーベルには、そういう関係の人間がいた事が無いから良く分からないけれど。
——きっと、こう言う関係を……。
いや。きっと考え過ぎた。
ユリーベルにとっての『それ』は決して手の届かない遠い光のようなものだった。
婚姻の儀、その夜会でサルファに話した事を思い出す。
「どうでしょう。友達が欲しいだなんて考えた事すらありませんでしたから。ただ……そうですね、今の感情を言葉にするのなら……。眩しいです。」
ユリーベルという人間の本質を、誰かに分かって貰おうとは思わない。
だってユリーベルの成そうとしている事。彼女が考えている事を知れば、きっと誰もが彼女を軽蔑するから。
ユリーベルは決して強い人間などでは無い。完璧な人間などでは無い。
——ユリーベル・シュベルバルツはただの臆病者だ。
だからそんな彼女に、『それ』を作る資格は無い。
そう思っていた。
お茶会も終盤に差し掛かり、日が段々と落ちてくる。
「カイル様!急ぎ、ご報告したい事が……!」
アルファードの家紋が刺繍されたローブを纏った男がカイルに近づく。
「分かった。今行く。エンティー、ユリーベル様。少しだけ席を外しますね。」
ニコリといつものように微笑むと、カイルは席を立ちユリーベル達の元を後にする。
残されたエンティーとユリーベルは、カイルを見送った。
残されたエンティーは、なんの前触れも無くユリーベルに話しかける。
「ユリーベル様、今日は楽しかったですか?」
「え?……ええ。とても楽しかったです。こうしてお茶会に誘って頂けたのは初めてですから。」
それはユリーベルの心からの言葉だった。
嘘偽り無く、今日という日が楽しかったと、そう言える。
政治や経済の事も、家のしがらみも無く、ただ単純に話をして笑い合う。
それがユリーベルにとって、どれだけかけがえのないものだったか。
きっとエンティーには分からないだろう。
それでもユリーベルのその言葉に、エンティーは嬉しそうに笑った。
「それなら良かったです!あの、これからもこうしてお茶会に誘っても良いですか?——友達として!」
その刹那、風と共に花弁が舞う。
エンティーの華やぐ笑顔のように、色とりどりの花びらがユリーベルの視界に入った。
赤く色付く夕日に照らされて、エンティーと沢山の花びらが淡く輝く。
その光景にユリーベルは目を奪われた。
「……とも、だち。」
その響きを自分に向けられる日が来るなんて。
驚きを隠せないユリーベルに、エンティーははっと前のめりで訂正する。
「もっ、もも、もしかして嫌でした……!?ただの伯爵令嬢に友達だなんて言われて……不快でしたよね……すみません私、嬉しくなると周りが見えなくなっちゃって……。」
しゅん、と肩を小さくさせるエンティーにユリーベルはすぐに答える。
「違います……違うんです、エンティー様。」
嫌なわけが無い。
だってユリーベルは『それ』に憧れを抱いていた。
眩しく輝く『それ』は決して自分には届かないものだと思い込んでいた。
でも……。ああ、そうか。資格なんて関係ない。
そうなりたいと思った時からきっと、彼女達は……。
「はい。良ければこれからも誘って下さい——友達として。」
その響きはくすぐったくて、むず痒くて、恥ずかしいけれど。
でも不思議と嫌では無い。
ユリーベルの微笑みに、エンティーの表情筋が明るくなる。
「はい!絶対にまたお呼びします!」
そんな二人の様子を、一人影から見守る銀色の髪の男。
——ユリーベル様があんなに楽しそうに笑うなんて。
最初、幼なじみであるエンティーにユリーベルの話をしたのはほんの出来心だった。
いつも一人でいるユリーベルに、親しく出来る者がいたら良いな、なんて言う独りよがりな願い。
でもそれが本当に叶うなんて。
我が幼なじみながら、彼女のそれは才能と言えるだろう。
「凄いな、エンティーは。僕もいつか……。」
いつか、彼女を友と呼べる日が来るだろうか。
彼女が自分に心を開いてくれる日は来るだろうか。
もしも、出来るなら僕は。
——貴女をもっと知りたいです、ユリーベル様。
その願いこそ、本当の独りよがりな願いだとカイルが知るのは、それから三ヶ月も立たない日の事だった。
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