第24話 支払うべき対価

あのお茶会を境に、エンティーとは良く文通を交わす様になった。

ユリーベルの当主としての仕事が忙しく、中々時間が取れないせいで、お茶会も延期になりっぱなし。

それでも変わらず、エンティーはユリーベルに手紙を送り続けていた。

その内容はたわいも無い話ばかりだったけれど、その手紙を読むのがユリーベルの楽しみでもあった。

「エンティー、またメイド達に叱られたのね?あの子の世話をするのは中々骨が折れそうね。」

「随分と親しくなったな、お前達。」

ハルムンは相変わらず、自由気ままにシュベルバルツ邸に居候している。

それが当たり前の日常になってしまっているのが、どうも気に食わないけれど。

「あら?嫉妬?私が他の子と仲良くするのが、ハルムンには気に入らないのかしら?」

「馬鹿を言え。この大賢者様である俺が嫉妬なんてする訳ないだろ?」

何故そんなに自慢げに誇れるのかは分からないけれど、とりあえずハルムンは今日も彼らしく生きているようだ。

そこに安堵するか、それとも呆れるかはユリーベルの心次第だったけれど、そんな彼女にハルムンは再び声をかける。

「ユリーベル。」

「今度は何よ。」

その声色はいつもよりも冷たく、暗く、何より重たかった。

だからそれが、彼なりの忠告だとユリーベルは瞬時に理解したけれど、彼の言葉にどんな意味が込められていたのかは知らない。

否。分からなかった。


「——これ以上、彼女と仲を深めるのはやめておけ。」


それは多分、今ならまだ前の関係に戻れると言いたかったのだろう。

確かに、ユリーベルにとってエンティーはかけがえのない存在になった。

友達という、特別な関係に。

でもそれは長くは続かない。

ユリーベルにはやるべき事があるからだ。

それでもユリーベルは、彼女との関係を大切にしたいとそう思っている。

少なからず、今はそう願っている。

だから彼がどんな意味を込めて、その忠告をしたのかは分からない。

ただ、一つだけ言えるのは。


「それは私が決める事よ、ハルムン。」


思い返せば、この時に何故ユリーベルは疑問を抱かなかったのか。

普段、傍観者であり共犯者であるハルムンは、これまでユリーベルのやる事に口出しをしなかった。

そんな彼が、わざわざ言葉にしてユリーベルに忠告をした理由を、何故彼女は問おうとしなかったのだろう。

きっと、この時のユリーベルは浮かれていたのだ。

柄にもなく、初めて出来た友達という存在に心を踊らせていたのだ。


——その日の夕方、サルファから司令が届いた。


その内容は、『イルナルガ伯爵家の者を皆殺しにしろ』というものだった。



イルナルガ伯爵家当主、イザーク・イルナルガ。

彼は秘密裏に、他国から様々な物を密入していた。

美術品、骨董品、歴史的に価値のある物。そして——人間。

ありとあらゆる物を密入しては、それらを裏オークションで売る。

一番価値のあるのは人間だ。帝国は奴隷制度を禁じている。

にも関わらず、イザーク・イルナルガは裏オークションで人間、それも子供を売り捌いているのだ。

これはれっきとした犯罪であり、許されない行為だ。

そしてこれに乗じて、イザークは他にも武器や武具を輸入し、反乱を企てる様々なレジスタンスに売っているらしい。

これは完全に、帝国への反逆罪として捉えられる。

——が、一つだけ問題があった。

これらは全て憶測であり、肝心な証拠が見つからないのだ。


そこでサルファは、ユリーベルにある司令を下した。

イルナルガ伯爵邸に侵入し、証拠を見つけ次第、その場にいる関係者を全員抹殺する事。

それが、サルファからの命令だった。


そしてやっとこの瞬間、ユリーベルはハルムンの忠告の意味が理解出来た。

つまり、今からユリーベル・シュベルバルツは、エンティーを。友を、殺さなくてはいけないのだ。

国王であるサルファに今逆らえば、全ての計画は台無しになる。

「ユリーベル、時間だ。イルナルガ伯爵邸に行くぞ。」

「待って……!待って、ハルムン……もう少し、心の準備が……。」

「サルファからの手紙には、刻限は明朝までと書いてあった。モタモタしている時間は無い。」

「でも……っ!」

時刻は二十四時を過ぎた頃。

ユリーベルはサルファから命令が下されてからずっと、割り切れずにいた。

そうしている間にも、時間は過ぎていく。


——エンティーを殺す?私が??


あんなに楽しそうに笑って、あんなに幸せそうにはしゃいでいた彼女を殺さなくてはいけない?

そんなの……。

ユリーベルは手元に置かれたサルファの手紙をぐしゃっと握る。

その拳には、躊躇いと迷いが残っていた。

どうすれば……どうすれば……!


ユリーベルは必死に思考を巡らせる。

そして、三十分ほど熟考してある結論にたどり着いた。

「ハルムン。」

「なんだ?覚悟は決まったか?」

「——ええ。」

ユリーベルは黒いローブに袖を通す。

フードをしっかりと被ったユリーベルは、ハルムンに告げた。


「——エンティーは殺さない。」


それが、彼女の見つけた答えだった。

だが、それにハルムンは賛成しない。

何故ならユリーベルのその答えは、少なくともサルファの意向に背いているからだ。

「ハルムン。エンティーは恐らく、自分の父親の罪を知らないわ。何も知らないのなら、殺さなくてもいいでしょ?」

「それであの王が納得するとでも?」

「——しないでしょうね。でもその時はその時よ。私は……友を殺せるほど、完璧な人間では無いから。」

だって、エンティーはユリーベルに手を差し伸べてくれた。

初めて出来た、たった一人の友達。

そんな友達の一人くらい、自分の手で守りたい。


——守ってみせる!


ユリーベルの頑なな意思は、瞳から通じる。

頑固なユリーベルは、一度自分で決めた事は全うする女だ。

それに、今俺が何を言っても、ユリーベルは自分の答えを直さないだろうし。

はあ、とため息を着いたハルムンは渋々ユリーベルの言葉に了承した。

「分かった。今なら屋敷の連中は寝てるだろうし……。さっさと終わらせるぞ、ユリーベル。」

「ありがとう、ハルムン。——行きましょう。」


ああ、なんと私は愚かなのだろう。

あの夢の中で、自分が市民になんと呼ばれていたのかを、忘れてしまっていた。

正義の味方になんて、なれる理由が無かった。


だってユリーベル・シュベルバルツは——呪われた公女なのだから。


そうして、月は空高く舞い上がる。

その夜空に——星は一つも見当たらない。

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