第11話 不吉な恋文


「——以上の事から、オルリン王国は全ての条約を破棄し、帝国に全面降伏致しました。」

あの夜から一夜明け、ユリーベルは再び王城に足を運んでいた。

目的は、オルリンでの出来事を国王であるサルファに報告する為。

相変わらず顔色一つ変えないサルファは、肘をつきながらユリーベルの報告を聞いた。

「流石はユリーベル・シュベルバルツ。大儀であった。」

「陛下からのお言葉、痛み入ります。それから報酬、というのもあれですが、一つ、私の願いを聞き入れては下さりませんか?」

「ほう、申してみよ。」

心にも思っていない事を口にしながら、ユリーベルは跪いた。

「オルリンの民を皆、シュベルバルツ領に引き入れたいと思っております。」

「わざわざそんな事を頼みとはな。良い。元々そのつもりだった。お前の働きは、目を見張るものがある。これからも頼りにしているぞ」

「有り難きお言葉、感謝致します。」

その瞳でサルファを見上げる。ユリーベルの目はサルファを疑う瞳だ。

だって、この男は父親を殺したのかもしれない。


ユリーベル、マリーベルの父親であるアルカーベルが死んだと知らされたのは三年前。

事故死だった。

アルカーベルが乗っていた馬車が、町中で爆発事故に巻き込まれたらしい。

爆発の原因となったのは、小麦粉だという。

そこに火花が飛び散った事が原因で爆発が起きたらしい。

そのせいで、父親の亡骸は見ていない。

ただ、人ずてに『見るも無残な姿だった』とそう言われた事は記憶していた。

——しかし、それも今となっては怪しい。

ユリーベルには何が正解で何が間違っている事なのか判別出来なかった。

それでもこうして、国王であるサルファにひれ伏している以上、自分が帝国の犬であると言うことをユリーベルは知っている。


「時に、ユリーベル・シュベルバルツ。君は運命というものを信じるか?」


唐突に口を開けたかと思えば予想だにしない質問を投げかけられる。

流石のユリーベルも、これには口を開いてあんぐりとしていた。

それと同時に、『運命』というワードに思い出す事もある。

何度だって、嘘だと思いたかった。未来で自分が死ぬ、その様を。

けれど、どう足掻こうともそれは現実で。現実の未来で起こるという現実だった。

「——運命は、あるのかも知れません。けれどそれは決して曲げられないものでは無い。その運命とやらが、私にとって不幸を招くのなら私は全力で抗って見せますわ。」

ユリーベルはスラスラと、自分の本心を口にした。

そしてそれは、今この瞬間も感じている事でもある。

自分があの場で死を待つという運命を、ユリーベルは決して認めない。

最後まで抗って抗って、抗い続けようとそう心に決めたのだ。

それに、少なからず抗う人間はユリーベルだけでは無い。

そっと瞳を伏せれば、そこにはあのピンク頭の男が立っていた。

自称大賢者の、いけ好かないあの男が。


——こういうの、運命共同体って言うのかしら。


ハルムンの腹立たしいくらい気持ち悪い笑顔を顔を思い出すと、不思議と気が緩みそうになる。

これも大賢者とやらの力なのだろうか。

「そうか、俺も同じ考えだ。つくづく君とは思考が同じらしいな。ただ、抗うと言うのは間違っているぞ、ユリーベル。」

「……と、仰られますと?」

「——捻り潰すのだ。運命を。そしてそれを仕組んだ神とやらを。」

実に、この男らしい考えだとユリーベルは思った。

目の前にいるこの人は。今、自分が頭を下げているこの男は。もしかしたら人間では無く、怪物かもしれない。

だって、神すらも捻り潰したらその神の座に誰がつくのか。

——そんなの決まっている。

サルファ・ブラッサムは、神になろうとしているのかもしれない。

ユリーベルは頭の中でそんな馬鹿げたことを考えてしまった。

それがただの気の迷いだとユリーベルは信じて、引きつった笑顔を作る。

「それはとても、陛下らしいお考えですわ。」

「ふっ、そんな事を言うのは君だけかもしれないな。」

「そんな事はございません。陛下の妻となる方は、陛下のお考えをよく理解して下さる方だと思いますわ。」

お世辞だったその言葉を、サルファははっと、笑い飛ばす。

「残念ながらまだ、伴侶となる者はいないよ」

「そ、そうなのですか……?婚約者とか、許嫁とか……。」

国の未来を担う者ともなれば、幼いうちから婚約者がいるのは当たり前だ。

より良い血筋で、より良い子供を作り、王族の血を絶やさない。

先代国王は、サルファの婚約者を見つけなかったのだろうか。

「居たには居た。が、俺は縛られる事が大嫌いだからな。無理やり解消させた。」

「お、幼い頃から陛下らしいですわね。」

精一杯のカバーを入れつつ、心の中ではサルファへの印象が変わりつつあるユリーベル。

——ただの暴君じゃない!

それが良い方向に傾くとは限らないけれど。

それより、こうしてあのサルファがたわいの無い話をしてくれるとは思っても見なかった。

ユリーベルとは仕事の……任務の話のみしかやり取りしてこなかったから、彼女としても少し拍子抜けな部分はある。

いつも人を見下し、卑下しているあのサルファがこうしてまともに会話をしてくれている。

何だか、変な感じだ。

「……だが、俺もいい歳だ。そろそろそういう者を考える時期だということも自覚している。」

「では、お妃様となられる方をお選びに……?」

「ふむ、ユリーベル。俺の妃として相応しい人材はどんな素質を持ったものだとおもう?」

「素質、ですか……?」

一番重要なのは身分だろう。

公爵家、もしくは伯爵家の令嬢で無ければ、民も納得しまい。

恋愛結婚なんて、夢のまた夢だ。


「一番重要なのは、妃という重責を背負える覚悟。つまり、真に強い心を持つ者だ。」

サルファからの答えは、割と人間らしいものだった。

なるほど、確かにその通りだ。

この暴君の隣に立つのだから、それ相応の覚悟がいる。

互いに支え合うのが普通の夫婦なら、この男の妃になる人間は、彼の如何なる言動も間違っていれば素直に間違っていると、正々堂々言える者でないとならない。

だが果たして……。

「そんな素敵な方を探すのは、骨が折れそですわね。」

「いや。もう既に決まっている。あとは返事を待つのみだ。恋文を出すというのは、こういう気持ちなのだろうか。どうにも心が落ち着かん。」

「左様でございますか……。」

目の前にいるのは本当にサルファ陛下なのかと、疑いたくなる。

さっきとは色々別の意味で。

変な冗談を言えるなら、国民にももっと優しくしたら良いのに。

そんな事が頭をよぎりながら、ユリーベルはスっと立ち上がった。

王城に、それも国王との謁見の間で長居するのは良くない。

報告も終わったし、そろそろ帰らなくては。

「それでは、陛下。私はこれにて失礼したします。」

「ああ。ご苦労であったユリーベル・シュベルバルツ。——また、後日。」


その不気味な言い方に、ユリーベルは何故だか不吉な予感がした。

しかし、それを気のせいだろうとその場から立ち去ったユリーベルはこの時、その言葉の意味を理解していなかった。

そして、それを理解したのはあの謁見から三日後の朝。

シュベルバルツ邸に国王陛下からの使いの者がやって来た。

そして丸められた紙を広げ、その場にいる全員が分かるようにでかでかと声を張る。


「帝国国王陛下、サルファ・ブラッサム陛下より御入電。シュベルバルツ公爵家、現当主ノルーベル・シュベルバルツ——帝国国王の妃に迎える。」


その場にいた誰もが激震した。それはユリーベルとて例外では無い。

だって、自分の愛する姉が帝国の妃になるのだから。

そしてサルファが言った通り、後日ユリーベルは再びサルファの前に姿を見せた。

彼女の起こす行動、言動、その全てはサルファ・ブラッサムの手の中だと気付かされたのはこの時だった。


「待っていたよ、ユリーベル・シュベルバルツ。」

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