第40話 これが終わったら

「さーて、次はなにかな……って暑!」


 洞窟を抜けるとそこは砂漠であった。

 空高く昇る太陽は燦々と輝き、肌をジリジリと焼く。

 さらに足元からの照り返しも合わせて、立っているだけで体力を奪われる暑さとなっていた。


「この暑さは危ないねー、急いだ方が良さそうだよ」


「おにいちゃん、おんぶして……」


「わかった、ほれ」


「柊彩、私も」


「お前は歩け」


 ここまでと比べると魔物の数こそ少ないものの、環境は最悪。

 柊彩たちは無駄口もほどほどにそそくさと先を急ぐ。

 視界一面にはずっと同じ景色が広がっており、それがまた体力を削る。


「魔物は砂の中にいる、気をつけて」


「鬱陶しいから一瞬で片付けるぞ」


 紗凪の言葉を聞いて柊彩は剣を抜く。

 そして砂中を泳ぐように進む魔物が姿を現すと同時に、片っ端から仕留めていった。


「柊彩くん、本気だねー」


「暑さにマジギレしてんじゃねぇか」


「こっちは余計な運動はしたくねーんだ!来るならチマチマ来ずにまとめて来い!」


 そんな柊彩の声に反応したのか、この階層の親玉であろう巨大なサメのような魔物が砂漠より姿を現した。


「ヤベェ、逃げろ!」


 姿を現す際に大量の砂を飲み込んだことにより、砂漠の中に巨大な蟻地獄が形成される。

 それに飲み込まれないように柊彩たちは走り出す、だが背後からは魔物が追ってきていた。


「ちょっと面倒だな」


 恐らく敵はこの迷宮に入って最大級の大きさ、体の一部が砂に埋まっているため正確な大きさはわからないが、20mは超えていそうだった。

 そのため巨体が動くだけで砂漠に流砂が生み出され、魔物の前方では常に砂が波のように目の前にあるものを飲み込んでいく。


 なのでどうしても距離を取る必要があり、なかなかか攻撃に転じることが難しい。

 おまけに奏音の声もこのままでは届かず、お願いによって動きを制限することもできない。


「奏音、一回降りてくれ」


「うん!」


「全員そのまま真っ直ぐ行け!」


 奏音を下ろした柊彩はその場で立ち止まり、剣を両手で握りしめる。

 

「これ以上俺に無駄な体力を使わせんな!」


 そしてまだ距離がある状態で縦に振り下ろす。

 その一撃は砂漠を真っ二つに破り、その先にいる魔物をも切り裂いた。

 それはとんでもない光景のはずなのだが、さすがに日聖も慣れてきたのかもうあまり驚きはしなかった。


「あれ、涼しくなってきたー?」


「そうね、どんどん温度が下がってるわ」


「みて!おひさまがおちるよ」


 この階層は魔物と周囲の環境がリンクしていたらしく、全て倒したと同時に日が沈み、あたりは過ごしやすい温度に変わった。


「一旦休憩にしよう、暑さでかなり体力を取られたしな」


 次にいつこうして休める時が来るかはわからない。

 戦闘や罠だけでなく環境によって体力を奪われるとわかった以上、ここでの休憩が最適だと柊彩は判断した。

 夜が訪れ適温となった砂漠の真ん中で、一行は食事を含めて1時間ほどの休憩を取ることとなった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「勇者様、こんなところにいたんですね」


 食事をとって少ししてからのこと。

 いつの間にか姿が消えていた柊彩は、少し離れた砂丘の上で偽物の月を眺めていた。


「なあ日聖」


 日聖が来ても特にそちらに顔を向けることはなく、柊彩はなんでもないようにこう言い放った。


「迷宮から帰って少ししたら、この国を出よう」


「えっ」


 柊彩が突然わけのわからないことを言い出すのは今までにもあった。

 でも今回のそれはまるでレベルが違う、日聖は言葉を飲み込めずフリーズしてしまった。


 だがそれが冗談ではないと示すかのように、柊彩は淡々と言葉を続ける。


「この国は色々とおかしい、多分これからも何かが起きる。そして日聖、この国にお前の居場所はない」


 日聖との生活が始まったあの日、証拠を掴むまで匿って欲しいと紗凪は言っていた。

 だが日聖の暗殺計画と同時に全国で頻繁に事件が多発し始めたことを考えると、敵は聖教会だけではない、恐らくはこの国も聖教会についている。

 柊彩はそう確信していた。


 そしてさらに魔物が出現して混乱が拡大した、事態は手に負えないレベルに広がろうとしている。

 ならばもはやどうしようもない、日聖の安息の地はこの国の外にしかないのだ。


「だから準備が整い次第逃げるぞ。幸い配信のおかげで金はあるしな」


 なぜか柊彩は笑っていた、どこか悲しそうな笑みだった。


「ただアイツらに迷惑はかけられない、だから少し時間を欲しいんだ。こんな配信の騒ぎに巻き込んでしまったのは俺だから、俺が責任を持って全て終わらせて、アイツらを元の生活に戻す。アイツらの新しい人生が俺のせいで壊れるなんてことには絶対にしない」


 今は聖誕祭で魔物の騒動に巻き込まれ、次の活動は未定ということにしている。

 このことをきっかけに辞めると言っても、そこまで自然なことにはならないだろう。

 仲間たちには元の生活に戻ってもらう、ソフィに関してもやめた事務所の代わりを見つける。

 

 そうしてすべて終わらせた後に日聖と共にこの国から逃げる、それが柊彩のプランであった。


「待ってください、それなら勇者様はどうするんですか」

 

「元々俺は大した配信者じゃなかったんだ、失うものなんてない」


「これは私の問題です、勇者様がそれに無理に付き合う必要なんてないじゃないですか」


「それは無理な話だ、俺はお前を見殺しになんてできない。日聖を理不尽に死なせたくない、アイツらをこれ以上厄介ごとに巻き込みたくない。俺はただそれだけなんだ」


 柊彩はそれだけ言うと立ち上がり、近くに置いてあった剣を腰に携える。


「いこーぜ、そろそろ休憩も終わりだ。迷宮も後少し、だと思うしな」


 休憩を終えて仲間たちの元へ向かう柊彩。

 その背中を見つめ、日聖はギュッとストラップを握りしめていた。

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