第39話 神業

「オラァッ!」


 翌日、柊彩たちはバッドエンドを中心に昨日から続く魔物で構成された大森林を進んでいた。


「絶好調じゃねーか、いいことあったのか?」


「うるせぇな、俺は元々こんなもんだっての」


 バッドエンドは朝から戦い続けているにもかかわらず、少しも疲れた様子は見せない。

 昨日より進むペースも早く、行動開始からわずか3時間で第十七階層に到達していた。


「この階層はこれで終わりよ」


「あ、どうくつだよ!」


「こっからまた雰囲気が変わりそーだな」


 森林を抜けると次は洞窟だった。

 中は暗く湿っており、柊彩は持ってきた松明に火をつけた。

 

「なんで懐中電灯じゃないのよ」


「こっちの方が雰囲気あって好きなんだよ、それにお前がいるからあんま関係ねーしな」


「はいはい、今からやるわよ」


 洞窟ならば音の反響が使える、それを利用しようとしたその時であった。


「待って、何かが起こる」


「嫌な予感がするわ」


「きゃぁっ!」


 紗凪とソフィがほぼ同時に何かに気づいたかと思うと、突然洞窟全体が大きく揺れ、あちこちにヒビが入り始めた。


「日聖!」


 柊彩は慌てて日聖の手を掴んで胸元に抱き寄せる。

 その直後、洞窟は完全に崩落して柊彩たちは真っ逆さまに落ちていく。


「みんな無事か⁉︎」


「うん、わたしと紫安はいっしょだよ!」


「私とソフィも平気」


「この程度なんともねぇよ」


 突然の出来事ではあったが、誰も怪我はしていなかった。


「しかし結構落ちてきたよな……」


 柊彩は上を見上げる。

 正確な数はわからないものの、滞空時間を考えるとかなりの階層が同時に崩れ落ちたことは間違いなかった。


「こんなのは聞いたことがない、Sランクならではのことかも」


「なら予知できないのもしょうがねーな」


「それより今はこっちに集中した方が良さそうだよー」


 洞窟の崩落を受けたのは柊彩たちだけではない。

 今の影響により、恐らく10近くある階層に生息していた魔物がすべてここに落ちてきたのだ。

 さらにこの洞窟にいたほとんどの魔物がアンデッド、この程度で死ぬことはなく、積み重なった瓦礫の中から這い出てくる。


「いっぱい出てきたな」


「柊彩、少しだけ時間を稼いでくれ」


「お前にしては珍しいな。まあいいぜ、俺に任せろ」


 柊彩は先頭に立ち、迫りくるゾンビたちを片っ端から斬り伏せていく。

 幸いにも落ちてきたのは袋小路となっており、背後を取られる心配はない。

 正面の敵を柊彩が抑え続ける限りは安全だった。


「もういいぜ、準備ができた」


 その直後、バッドエンドが投げつけた巨大な岩石がゾンビたちを押しつぶす。

 いかに死なないとはいえ、物理的に動けなくしてしまえば戦闘不能になる。


「おっけい、あとは頼むな」


「一瞬で終わらせてやるよ」


 その時不思議なことが起きた。

 バッドエンドが放り投げた岩石が、一人でに彼の元へと戻っていくのだ。


「あれ、今のって魔法ですか?」


「魔法というよりは手品ね」


「バッドエンドの手をよく見て」


 紗凪に言われてて元を注視する。

 するとそこにはキラリと光る何かがあった。


「あれは……糸、ですか?」


「超筋力にも耐え得る特注の糸、アイツの武器だ」


「それじゃあ行くぜ!」


 バッドエンドが両手を振り上げると、近くの岩が一斉に宙を舞う。

 先ほど時間稼ぎを頼んだのはこれのためだった、近くの岩と糸を結びつける時間が欲しかったのだ。


 さらに不思議なことは続き、宙を舞う岩は一箇所に集まったかと思っと、規則正しく、みるみるうちに積み上がっていく。


「なっ、なんですかこれは!」


 集まっていく岩の中央にはバッドエンドの姿があった。

 だがやがて積み上げられた何百という岩に囲まれて見えなくなる。

 そして柊彩たちの目の前には身体が岩で出来た巨人が現れた。


「『立てば死神座れば悪魔、歩く姿は魔王様』アイツは魔族からもそう恐れられていた、あの技のせいでな」


 岩の巨人はその腕で薙ぎ払い、その足で踏み潰し、瞬く間にゾンビを蹂躙していく。


「あれはバッドエンドさんが動かしてるんですよね?」


「そうだよー、正確には動かしてるのは岩の一つ一つだけどねー」


 生まれ持った規格外の筋力と、絶え間ない努力によって身につけた繊細さ。

 その二つが合わさって初めて為せる神業である。


 努力と才能の結晶であるその力の前にはゾンビたちに為す術なく、ものの10分で壊滅させてしまったのであった。

 

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