第38話 バッドエンド
「んん……」
野宿の経験が少ないからだろうか、それとも迷宮の中で緊張しているからだろうか。
日聖は真夜中に目を覚ましてしまった。
自分と違って一日中戦ったりサポートしたりしていたみんなは寝ているだろう、そう思ったのだが。
「寝れねぇなら話し相手になろうか?」
意外なことにバッドエンドは起きており、何かを編んでいた。
「何を作ってるんですか?」
「人形だよ、嬢ちゃんの分のな」
「私の?」
「昨日見たろ?俺たちのストラップ」
言われて思い出す。
柊彩がお守りだ、と言って大事に保管していたストラップのことを。
それは全員が持っている仲間の証のようなもの。
「もしかして、バッドエンドさんが作ったものなんですか?」
「おう」
意外だった、先ほどまでの戦いを見ていると豪快で大胆なイメージが強かったからだ。
だが忘れてはいけない、彼は超人気ブランドのオーナーであることを。
事実彼は今目の前で人形を編んでいる、それは見ていてとても不思議なものだった。
一本一本は頼りなく細い糸だというのに、バッドエンドの繊細な手の動きによって、意思を持ったかのようにしっかりと形を使っていくのだ。
「お上手ですね、どうしてそんなにできるんですか?」
「昔、教えてくれた人がいたんだ」
「それって皆さんではないですよね?」
「ああ」
「なんか意外です。皆さんすごく仲が良いので、他の人と話してるイメージがあまりつかないというか」
「眠れねぇなら話してやろうか?少し長くなるし、面白くねぇけどよ」
「いいんですか?なら、ぜひ」
日聖がそう答えると、バッドエンドは静かに話し始めた。
まだ自分が『バッドエンド』と呼ばれるようになる、そのさらに前のことを。
バッドエンドは自分の名前を知らない、物心がつく前に両親に捨てられたからだ。
それもすべて、筋密度が常人の数十倍になる『超筋力』の特異体質のせいであった。
人智を超えた力を制御できないがために捨てられた、そんな赤子を一人の女性が拾ってくれた。
その女性もまた、彼と同じ『超筋力』の特異体質を持っていた。
彼女は特異体質のせいで他人から忌み嫌われ、人里離れた山奥で暮らし、日々編み物をして過ごしていた。
やがて物心のついた少年も彼女に編み物を教えられるようになった、それによって自身の『超筋力』を制御できるようになるためである。
少年が何度も力の制御を誤り、時には意図せず彼女を傷つけてしまったが、それでも彼女は優しかった、少年はその優しさに何度も救われてきた。
血の繋がりこそなかったものの、二人は唯一無二の家族として幸せに暮らしていた。
魔王軍が勢力を強め、侵攻してくるあの日までは。
それはなんの前触れもなく訪れた。
同時に世界中で起きた魔王軍の大侵攻。
山奥に住んでいた二人は、真っ先にその被害に見舞われることとなってしまった。
少年は近くの人が住む街に行き、全員で協力してこの危機を脱しようと言った。
だが人々はそれを断った、魔王軍と同じくらい特異体質を持つ彼らを恐れたのだ。
結局誰も二人を受け入れてくれることはなかった。
そして、なんの助けもなしにその時代を生きていくことは不可能だった。
時に闘い、時に逃げ、それでもいつかは限界が訪れる。
最後は少年を庇った彼女が命を落とすというバッドエンドを迎えた、救いの手を差し伸べなかった人間たちのせいで。
それから少しして、正体不明の災厄『バッドエンド』の噂が流れるようになった。
何にも救われなかったその少年は、全てに破壊をもたらす存在になったのだ。
「そんな俺を受け入れてくれたのが、コイツらってわけだ」
バッドエンドは寝ている仲間たちを見ながら言う。
「いきなり襲いかかった俺を恐れなかった、忌み嫌わなかった。それどころか柊彩のやつ、殴ってきたやつに『お前の力が欲しい』だなんて言いやがった」
口調とは裏腹に、バッドエンドは昔を懐かしむような笑みを浮かべている。
「特異体質で辛い思いしてきたはずなのに、どいつもこいつも笑ってた。紫安なんて俺に地面に埋められて嬉しそうにしてた」
日聖はそれはまた別の意味があるのでは、と言いかけたが野暮なので留めておく。
「その時気づいた、俺の特異体質はコイツらのためにあるんだってな。同時に思い出したんだ、『この
彼女はその力を無闇には使わなかった。
最初から最後まで、ただひたすらに少年を守るためだけに使った。
「だから俺はアイツらを守るために戦った」
バッドエンドが誰よりも魔物を倒してきたのは、彼が戦闘狂だからではない。
仲間を守るために、仲間に戦わせないために戦い続けた、それこそが勇者一行の切込隊長なのである。
「んで平和になったろ?そしたらもう戦う必要はねぇ。それでなにしたいかって考えたららすぐに答えが出た」
バッドエンドは完成したストラップを日聖に投げ渡し、白い歯を見せて笑った。
「あの人に教わったものを残したかったんだ。柊彩たちの仲間になれたのも、あの人が俺にこの力の使い方を教えてくれたからだ。だからあの人を唯一知る俺が、彼女が生きた証を平和な世の中に残したかった」
そうしてバッドエンドはブランドを立ち上げて残したのだ。
彼女がくれた優しき心を、彼女が教えてくれた技術を、そして『ドゥース・シャルル』という恩人の名前を。
「悪いな、つまんねぇ長い話に突き合わせちまって」
「そんなことありません!それより、そんな大切な話を私なんかにして良かったのですか?」
「たりめぇだろ、嬢ちゃんは俺たちの仲間なんだからよ」
「仲間……私が、みなさんの」
バッドエンドは自分のストラップを掲げている。
日聖も手元を見ると、それよりも真新しくさらに作りが精巧になった可愛いストラップがあった。
「はい、ありがとうございます……」
日聖は目を瞑り、それを手の中に包むとギュッと胸元に抱き寄せた。
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