第37話 切込隊長
先ほどまでとはまるで違う景色。
遺跡どころか人工物の気配は周囲に一切なく、大自然が広がっている。
「初めて見た、本当にこんな感じなのね」
「こ、これ本当に同じ迷宮なんですか?」
迷宮にはよくあることで珍しくはない、急激な環境の変化にも日聖以外は落ち着いていた。
「面倒ね、壁がないから構造がわからないわ」
「私の予知も精度が落ちる」
「俺が前、バッドエンドは後ろ、紫安と奏音は日聖を頼む。二人は中な」
柊彩はすぐに指示を出し、隊列を整える。
「魔物の数はわかるか?」
「ちょっと待って」
迷宮の中でありながら外にいるのかと錯覚させられるほどに、辺りからは虫や鳥の声が聞こえてくる。
それでもソフィは無数に存在する音の一つ一つを聞き分け、音源の正体を冷静に数えていく。
「なかなか見つからないわ、ちょっと待──」
突然魔物が樹上からソフィに襲いかかる。
だがその爪が届くよりも先に、柊彩の剣が魔物を両断した。
「んだ今の、Sランクとは思えねぇ弱さだな」
「そうね、でもここはしっかりSランク迷宮よ」
ソフィはヘッドフォンを付け直し、一呼吸置いてから言った。
「全部よ」
「は?」
「この階層にいる私たち以外の生命体、全部が魔物だわ」
「……なるほどな」
柊彩は思わず苦笑いした。
今の感触からして大した相手ではない、だが数が異常に多いとなると話は別。
今の柊彩たちは360°全方位を囲まれている。
ソフィも近くで音を発している生物はただの生き物だと思っていたため、接近されていたことに気づけなかったのだ。
「とりさんもむしさんもみんなモンスターなの?」
「いや、どうやらそうじゃねぇみてぇだぞ」
頬に冷や汗を浮かべながらバッドエンドが答える。
「そう、文字通り全ての『生命体』が私たちの敵なのね」
虫や鳥だけではない。
この森林すらも樹木を模しただけの魔物なのだ。
柊彩たちは強力な魔物を相手にする方が得意としている、こうした一体一体は大したことなくとも圧倒的な物量で攻められる方が苦手だった。
柊彩は一つ息を吐き、左手の手袋に手をかける。
「いや、いい」
それを制したのはバッドエンドだった。
「テメェらその端に避難してろ」
バッドエンドは先ほど降りてきた階段を指差しながら一人前に出る。
そして近くにあった木を握りしめた。
当然魔物は動き出し、枝を槍のように見立てて突き刺そうとする。
だがその直後、グシャリという聞きなれない破壊音が響き渡った。
「わかった、任せるぞ」
「おうよ」
続いて左手でも同じように魔物を握りつぶし、両手に自身の身長より何倍もある樹を持った。
「1人に任せてもいいんですか?」
「任せたほうがいいよ、むしろ僕たちの方が危ないからねー」
「今からわかるわよ、なんでアイツがバッドエンドなんて呼ばれているのかね」
「ウォォォァァッッ!」
バッドエンドは獣のような雄叫びをあげ、魔物たちに向かって走り出す。
そして両手の樹を乱暴に振り回し、有象無象の魔物を蹴散らしていく。
魔王軍の脅威に晒されている当時、アメリカのとある地域には人も魔物も関係なく襲いかかる化け物がいると噂になった。
その正体はなにも明らかになっておらず人が魔族か、はたまた怪現象なのかすらわかっていなかったが、“それ”に出会ってしまったものはことごとく不幸な結末を迎えることから、いつしか『バッドエンド』と呼ばれるようになった。
最終的には日本の魔王軍を掃討してアメリカに来た勇者一行の手により、『バッドエンド』は現れなくなったという。
「結局『バッドエンド』は魔法による幻覚ということになった」
「当たり前だよな、まさかあんな小柄な少年が元凶だなんて誰も思わねーだろ」
かつて人間を恐怖のどん底に突き落とした最悪の存在は、やがて誰よりも魔物を倒し人類にハッピーエンドをもたらす存在となったのだが、それを知るのは柊彩たちだけである。
「俺の強さが3番目ってのは納得いかねーが、戦闘において最も信頼できるのは間違いなくアイツだ。よく見とけ、俺たちの切込隊長を」
それを見ているとバッドエンドと呼ばれるのも納得だった。
それは戦闘というよりも蹂躙、近くづくもの全てを薙ぎ倒すその様はもはや天災に近かった。
確かにこれならば一人で戦ってもらうほうがずっと安全だろう。
「ザコどもが、ぶっ飛びな!」
バッドエンドは右拳を握りしめると、体全体を使って地面に叩きつける。
その一撃は巨大なクレーターを作り出し、衝撃だけで周囲の魔物は吹き飛んでいった。
「ふぅ、どんなもんだ?」
「……今ので終わりみたいね」
「バッドすごーい!」
「おう、俺は柊彩とは違ぇからな」
「勝手に言ってろ」
全ての魔物を蹴散らしたことにより、周囲にはなにもなくなっていた。
だだっ広い視界の向こう側には、次の階層へと続く階段も見える。
「柊彩、時間見て」
紗凪に言われて確認すると、この階層の景色は晴れているが時刻はすでに18時を回っていた。
実に迷宮突入から10時間近くが経過したことになっている。
「今日はここまでにしよう、間違いなく安全だしな」
交互に休む時間があったとはいえ、ここまでずっと戦いっぱなし。
絶対に安全な状況も作れた今は休息を取るのに絶好の機会であった。
静かな草原に腰を下ろし、各々持ってきた晩御飯を取る。
紫安はさすがに持てる量が限られているため、道中もそうであったが代わりに大量のサプリメントなどで必要な栄養を補充していた。
必要のないはずの焚き火を囲んでいるのは、彼らが何度も野宿をしてきたくせによるものだろう。
「それじゃあまた明日な、おやすみ」
食事をとり、一通り談笑してから寝袋に身を包んで就寝する。
Sランク迷宮攻略1日目は、第十一階層までクリアして終わりとなった。
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