第33話 迷宮という脅威

「さて、来てみたはいいが……」


 その日の夜、柊彩と日聖は1週間前に星を見た山に来ていた。

 まだそこに柊彩たち以外の人影はない。

 まだ来ていないのか、柊彩たちの考えすぎだったのか。


「それとも罠、か……」


 その可能性を想定していないわけではない、いざとなればいくらでも戦う覚悟はできている。


「罠ではない」


 その時、背後から声がした、柊彩がよく知る声が。


「なんだ、お前だったのかよ。廻斗」


 この場に現れた人物、ひいてはあのコメントを打ったのはかつての柊彩の仲間にして一番長い付き合いのある相棒、朱鷺田廻斗であった。


「悪かった、立場上お前と連絡を取るにはこうするしかなかった」


「別にいーぜ、あのコメントが来た時は驚いたけどな」


 今の廻斗は昔と全く同じ、柊彩が良く知る廻斗であった。

 以前誘拐事件の犯人を連行したときはひどく冷たかったが、恐らくそれは仕事に徹していたからだろう。

 昔からパーティでも一番クールで真面目な存在だった、今ならばそれも頷ける。


「あの、一つよろしいですか?」


 日聖は少し申し訳なさそうにしながら言った。


「あのコメントを打ったのが廻斗さんだとすると、勇者様が生きていたことはずっと前から知っていたのですか?」


「え?あ、ホントだ。え?」


「ああ、知っていた。お前のチャンネルの最初の登録者は俺だからな」


「はぁっ⁉︎マジかよ!」


 柊彩は思わず大声を上げてしまう。

 配信を始めてすぐのこと、同時接続なんて1か2、0なこともざらにある中で初めての登録者がついた。

 柊彩は配信中にそのことに感謝を告げたりもしたのだが、その人がコメントを打つことはなかった。


 気まぐれかボタンの押し間違いか、なんて思っていたのだが。


「なんで言わなかったんだよ!」


「俺も忙しくてな。それに生きていたことも勇者であることも隠していたのには理由があるのだろう?」


「まあ、そうだけどよ」


「俺たちにすら生きていたことを話さないのは意味があるはずだ。だから不用意に連絡は取らないことにした、動向は確認していたがな」


 ずっと個人的に引っかかっていた謎が解け、さらにこの前の他人のような振る舞いの理由もわかり、思わず気が抜けそうになる。

 だが柊彩はすぐに気を切り替え、真剣な表情になった。

 

 今廻斗は『不用意に連絡は取らないことにした』と言った。

 だが今回連絡をとってきたのは廻斗の方、つまりこれは不用意な連絡ではないということ。


「何があった?」


 柊彩は端的にそう尋ねる、それ以上の言葉は必要ない。


「結論から言う。日本にある唯一のSランク迷 迷宮『ベリアル』を攻略して欲しい」


「あれのせいか」


 柊彩はなんとなく察していた。

 原因は昨日の聖誕祭で起きたAランク迷宮からの魔物の出現であろう。


 迷宮が人類にメリットをもたらすことはない、だが逆に被害を及ぼすこともほとんどない。

 害があるとすれば迷宮周辺の土地が使えなくなることくらいであろう。

 

 ただその土地を取り返すために迷宮を攻略しようものなら、その過程で甚大な被害が出る、AランクやSランクの迷宮ならば尚更だ。

 迷宮攻略のリスクとそれによって得られる『土地』というリターン、その二つを天秤にかけた結果、人類は迷宮を放置するという選択をしたのだ。


 だが今回のことで状況は一変した。


「そうだ。万が一にもSランク迷宮の魔物が外に出れば終わりだ」


 今までは放っておいても問題がないから何もしなかったにすぎない。

 もし被害が出るとすれば、どんな犠牲を払ってでも迷宮を消滅させなければならない。


「だがハッキリ言って国ではSランク迷宮は対処しようがない。あれをなんとかできるのは勇者一行俺たちくらいのものだ」


 しかし人類ではSランク迷宮の攻略は不可能。

 それができるのは、勇者である柊彩しかいないのだ。


「なるほどな、大体はわかった」


「それと一つ頼みがある。明日の朝、遅くとも明日の昼には家を出て欲しい」


「そんなに切羽詰まってるのか?」


 それはあまりにも急すぎた。

 魔物の出現を必ず防がなければならない以上、早急な対策が必要なのは間違いない。

 ただ明日の朝には向かってくれ、というのはいささか要求が厳しすぎる。


「何もすぐに迷宮を攻略して欲しいわけではない。ただ、出発はして欲しい」


 余計に意味がわからなかった。

 廻斗が要求しているのは『すぐに迷宮を攻略すること』ではなく『すぐに家を出ること』だった。


「何か意味があるんだな」


 柊彩の問いに対し、廻斗は静かに頷いた。


 廻斗の考えはわからない。

 ただ彼がなんの考えもなく、無意味なことを要求するような男ではないことはわかる。


「わかった、お前は来れんのか?」


「すまない。俺には他にやるべきことがある」


「自衛隊特殊部隊の要職だもんな、そりゃそーか」


 世界に9つ存在するSランク迷宮。

 それらに挑んだ回数は数知れず、しかし一度として人類が勝利を収めたことはない。

 さすがに一人で挑むのは無謀ではあるが、連れていける人物も限られる。


「……仕方ない、アイツらに頼むか。ほっとけばどれだけの人が犠牲になるかわからねーもんな」


「……すまない」


「謝ってばっかだな。気にすんな、お前1人に全部背負わすわけにゃいかねーよ」


「そうか、ありがとう」


「礼を言いたいのはこっちだ。おかげで聖誕祭の代わりに思い出が作れるしな」


 柊彩はニカっと笑いながらいう。


「柊彩、お前……」


 思わず何かを言いかけた廻斗であったが、口元まで出かけたその言葉を飲み込む。


「いや、頼んだ」


「まかせろ。お前も頑張れよ」


 二人は突き出した拳を合わせる。

 そこには何よりも固い信頼があった。


「帰ろうぜ、日聖。出発は明日の朝だ」


「わ、わかりました。あの、失礼します」


「少し待ってくれ」


 帰る直前、廻斗に向かってお辞儀をした日聖はなぜか呼び止められた。

 何か用でもあるのかと思っていると、廻斗は距離を詰め、柊彩に聞こえないように耳元でこう囁いた。


「柊彩を頼む」


「……え?」


「夜遅くにこんな場所に呼び出してすまなかった、それでは」


 聞き返そうとしたけれど、廻斗は背を向けて去っていってしまった。

 結局何が言いたかったのかよくわからず、日聖はなんとなく空を見上げる。

 しかし空は分厚いに雲に覆われていて、星は見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る