第34話 出発
「えーっと、確かこの辺にあるはずなんだよな」
廻斗と出会った次の日の朝、柊彩たちはほぼ出立の準備を終えていた。
恐らくSランク迷宮の攻略は1日では不可能。
ある程度の食料と水を始めとしたサバイバル道具を鞄に詰め込んだ。
そしてもう出かけられるだろうという時、柊彩は最後に必要なものがあると言って押し入れの奥を探していた。
「何をお探しなんですか?」
「えーっとな、あ、あった!」
そう言って柊彩が取り出したものは、日聖が全く予想していなかったものであった。
「そ、それは……」
「見りゃわかるだろ、剣だよ。昔使ってたやつな」
まさかそんなものが押入れに入っているとは思わなかった。
ただそれを身につけた柊彩は初めて見たはずなのに、初めからそうであったかのように様になっていた。
「というよりも、その剣って」
「これ?これは世界で唯一俺が全力で振るっても壊れない剣だ」
普段剣など使わない柊彩が大事に保管してる剣などただ一つ。
「やっぱり。勇者の剣ですよね」
「ん、そうともいうかもな」
柊彩が持つ女神の加護の力が込められたその剣は、どれほどの時が経とうとも錆びつくことはない。
その鞘の中で静かに眠り、聖なる光を解き放つ時を待ち続けている。
「これでよし、と」
さらに柊彩はよくわからないストラップを取り出すと、それを腰にくくりつけた。
「そのストラップは?」
「これか?これはお守りみてーなもんだ」
笑って答えながら鞄を持つ。
ついに出立の準備が整った。
「よし、それじゃあそろそろ行くか」
「はい!」
「しかしアイツらもバカだよな」
昨日廻斗と別れた後、一人でSランク迷宮に挑むのはさすがに厳しいと考え、信頼できる者たちにメッセージを送った。
とはいえ昨日の今日で攻略に複数日かかるSランク迷宮に同行できるはずがない、そう思っていたのだが。
「ホント、バカばっかりだ」
手元のスマホ画面に映し出されたアイコンには、5件の新着メッセージがあることが表示されている。
それを見て柊彩は笑い、それから家をでた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お、やっと来た。遅ぇぞ!」
「なんでもう全員揃ってんだよ」
日本にある唯一のSランク迷宮『ベリアル』の入り口は富士の樹海の中にある。
転移魔法を使えれば楽に行けるのだが、あいにく柊彩たちは今の時代には珍しく誰も魔法を使えない。
そのため一旦駅で集合し、そこから全員で向かうことになっていた。
「アンタが朝に家を出るって言ったんでしょ?」
「おにいちゃんをまってたんだよ!」
「力を貸してくれって言われたら行くしかないよねー」
そこにいたのはバッドエンド、ソフィ・ブリジオン、美浦奏音、不二紫安、そして。
「久しぶり、柊彩」
聖教会のシスターにしてかつての仲間の一人、氷上紗凪。
今の彼女の雰囲気は3年前、共に魔王討伐の旅をしていた時のものと同じになっていた。
「来てくれてありがとな。にしても口調を戻したのか?」
「ええ。今の私は聖教会の氷上紗凪ではなく、貴方の氷上紗凪だから」
「言い方考えろよ」
そんな呆れた様子の対応など気にも留めず、紗凪は柊彩の腕を抱きしめる。
紗凪とは面識のある日聖であったが、彼女の様子が自分の知るものとはまるで違うことに困惑した。
「えっと、勇者様……」
「これがホントのコイツだ、どーせ慣れるからあんま気にすんな」
「意外ですね……」
ソフィと比べると少し幼さは残るものの、キリッとした目つきが特徴的な整った顔は美少女という他ない。
あまり感情が表に出るタイプではなく、見た目だけならばパーティの中で一番クールという言葉が似合うのだが。
「紗凪ちゃんずるい!」
「アンタまたそうやってねぇ、離れなさいよ」
奏音とソフィに引っ張られながらも無表情でしがみつくその姿は、クールとは真反対だった。
「はいはい、いいから行くぞ」
「あ、柊彩くんもそれ持ってきたんだねー」
紫安は柊彩の腰にあるストラップを指差す。
「ああ、なんとなく持って行きたくなってな。って、俺『も』?」
「もちろん僕たちも持ってきてるよー」
そう言って紫安たちは柊彩のと同じストラップを手に持って見せる。
視線を落とすと、紗凪もまたそれを手のひらに乗せていた。
「持ってこいなんていってねーぞ」
「俺らみんな考えることはおなじっつぅわけだ」
「そーみたいだな」
柊彩は笑って返す。
まだ何も始まっていないというのに、これだけでなんでもできるような気がした。
「あとは嬢ちゃんのも必要だな」
「え、私ですか?」
「当たり前でしょ、日聖ちゃんもアタシたちの仲間なんだから」
「みんなでお揃いにしよ!」
「はい!ぜひお願いします!」
ソフィたちに囲まれて日聖は笑顔で頷く。
その光景を見てフッと笑ったかと思うと、柊彩は静かに言った。
「よし、じゃあ行くか」
その一言で全員の顔つきが変わる。
Sランク迷宮攻略のための人類最強集団が動き出した。
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