第32話 たった一つのコメント
「昨日のこと、ずっとニュースになっていますね」
「そりゃそうだろ、あんなの前代未聞の事件だ。世界中大騒ぎだぜ、魔王復活の前兆だってな」
聖誕祭の翌日、柊彩と日聖は家でニュース配信を見ていた。
とはいえどこも報道内容は昨日の『魔物出現』に関するものばかり。
様々な憶測が飛び交っているが、一つ明らかになったこととして、あれは近くにあったAランク迷宮『シトリー』から魔物が湧き出したことによって起きた、というものがある。
遂に魔物が迷宮から外に出てきたことに対し、全世界が震撼していた。
「そういえば勇者様、これを見てください」
日聖が差し出したのはSNSのタイムライン。
そこには柊彩たちを心配する書き込みがずらりと並んでいた。
「うわ、なんだこれ」
「恐らく昨日配信をしていたからだと思います。魔物の出現後配信を切って、それ以降何もしてませんから」
「そっか、向こうからしてみれば安否不明なのか」
「一度生存報告の配信だけでもした方がいいかもしれません」
「そうだな。よし、やるか」
無駄に疑惑を放置しておく必要もない、柊彩はすぐに配信の準備を整える。
そうして配信を始め、人が集まるのを少し待とうと思っていた、だが。
〈大丈夫か⁉︎〉
〈生きてた!〉
瞬く間に人が集まり、とんでもない速さでコメントが書き込まれていく。
その勢いは止まるところを知らず、例にないほどの速度で接続数とコメント数が増加していき──
「あ、落ちた」
サーバーに負荷がかかりすぎて、柊彩が何か喋る前に配信が強制終了してしまった。
「凄いですね、勇者様。きっと皆さんすごく心配されていたんですよ」
「まあそう言われると悪い気はしないな」
もう一度配信をしようと思うのだが、このままだと同じことの繰り返しになるかもしれない。
どうしたものかと考えていたが、ここで柊彩は一つ名案を思いついた。
「そうだ、コメントを制限すれば多分なんとかなるよな」
「そうですね、やってみる価値はあると思います」
「よし、じゃあ設定で……」
同時接続もコメントも一気に増えるからサーバーへの負荷も大きくなるのだろう、接続が増えるだけなら大丈夫なはずだ。
そこで柊彩は配信にコメントを打てるのはチャンネル登録をしてから1年以上経過した人のみ、というふうに設定した。
柊彩がバズり始めたのはここ1ヶ月とちょっとのこと、それまではろくにリスナーもいなかったため、実質誰もコメントが打てなくなる。
そうして配信を始めたところ、目論見通り人は集まってきても配信が落ちることはなかった。
「すみません、ご迷惑とご心配をおかけしました。ヒロです」
1分とたたず同時接続数が100万を超える。
そのことからも今回の事件がどれほどの衝撃を与えたかがわかる。
「サーバーが落ちるかも知れないので今回はコメントを制限させていただきました。ただSNSで皆さんの心配してくださった声は見ています、本当にありがとうございます」
今回ばかりはいつものような配信をするわけにもいかないので、丁寧に、真面目に、生存報告を行う。
「ご覧の通り聖誕祭の現場にはいましたが、無事に帰ってくることができました。俺だけでなく、かにゃたちもです。ただ次回の配信は未定とさせていただきます」
これで必要なことは一通り伝えたはず、コメントも打てないので質問に答えようもない。
「それでは短いですが今回の配信はここで終わらせていただきます」
生存報告を終えて配信を終了する、その直前のことであった。
何もない空白のチャット欄に、一つのコメントが打ち込まれた。
〈今夜、星の見える山で〉
その後すぐ配信が終了したため、そのコメントを見た人はほとんどいないかも知れない。
しかし柊彩は確かに見た、そこに残された仲間からのメッセージを。
「誰だ?今のは」
送り主は不明、そもそも先ほどはチャンネル登録をして1年以上経過した人しかコメントができないようになっていたはずだ。
ということは柊彩が配信を始めてすぐの頃からチャンネル登録をしていたことになる。
だがそんなことあり得るはずがない、今まで話した仲間たちはみんな、柊彩がバズるまでは生きていたことを知らなかったのだから。
「勇者様、さっきのコメントって」
「日聖も見えたか?正直何もわからない、けど無視はできない」
あのコメントには星の見える『丘』ではなく『山』とあった。
おそらくそれはわざと、あのコメントは柊彩にだけ伝わる暗号だ。
星を見た山、つまり紫安の配信で訪れた山で集合することを意味している。
「なあ日聖、この前のピクニックの時は配信してなかったよな」
「はい、あの時は夕暮れに配信を終わりました」
あれは誰が送ったのだろうか。
山で星を見たことは配信には載っていない、それを知るのはあの場にいた者だけ。
だがそれなら連絡は直接取ればいい、私用の連絡先を交換しているのだから。
「考えても無駄か。日聖、夜出るぞ」
「行くんですか?」
「ああ、あのメッセージには必ず何か意味がある」
柊彩はこれがとても大切なことであると感じていた。
日聖との生活が始まったあの日のように、何かがあると。
もちろんそんな証拠はどこにもない、ただの勘である。
だがこんなにも勘が強く働いたのは、魔王討伐の旅をしていたあの時以来のことであった。
柊彩は静かに外を見る。
窓の向こうではやけに早く雲が動いているような気がした。
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