第17話 プロダクション始動
〈ここが天国か〉
「あれ?コメントとまっちゃった?みんなどうしたの?」
「ホントだ、また落ちたのか?」
あれだけあったリスナーからの反応がなくなったことに、柊彩は機材やサーバーの不調を疑っている。
だが原因が見つかるはずもない、実際にはリスナーが画面の前で悶えているだけなのだから。
「大丈夫か?嬢ちゃん」
バッドエンドは配信に乗らないよう小声でそう尋ねる。
「は、はい……それより今何が」
「アイツちょっと本気を出しやがった。画面越しならまだしも俺らは直視してたらヤバかったぞ」
長いこと一緒に過ごしてきたバッドエンドだからこそ反応できたが、日聖だけだったら間違いなく可愛さの餌食になっていただろう。
「あ、ありがとうございます……あの、もし見てたら大変なことになってましたよね?」
「催眠にかかったみてぇになってただろうな」
「でも……」
「特におかしなとこはないな、もしかしてチャット欄だけ止まったのか?」
バッドエンドが『ヤバい』と評した奏音の笑顔を、柊彩は完全直視していたはず。
だが少しも様子は変わっていない、いつも通りの調子である。
「嬢ちゃんも知ってるだろ、アイツはバカなんだよ」
「凄いんだか凄くないんだかわからないですね」
「おい、聞こえてるからな!」
柊彩は器用に一瞬だけミュートにして文句を言ったあと元に戻す。
二人はその姿を呆れた目で見つめながら、心の中で奏音を応援していた。
「それより配信はできてるみたいだ、最後の挨拶を頼む」
「うん!わたしはまいにちはむりだけど、ハイシンがんばるからおうえんしてね!」
そう言ってカメラに向けて両手を振りながら画角の外に出る。
最後まであざとさは忘れず、奏音がいなくなってからも心を鷲掴みにされたリスナーの放心状態は続いていた。
「はい!ということでウチからかにゃがデビューします!これからは俺だけでなくかにゃもよろしくお願いします!」
〈かにゃちゃんのファンになりました〉
〈ヒロから乗り換えます〉
〈かにゃを返して〉
〈誰?〉
「ちょっと不安になるコメントも多いですけど、本当によろしくお願いします!では以上で本日の重大発表を終わらせていただきます。今後とも俺のチャンネル、事務所、そしてかにゃをよろしくお願いします!」
「ウチもな!」
「スポンサーのドゥースシャルル様もです!」
〈ついで感w〉
〈それでいいのか?〉
「それではこの辺で本日の配信は終わります、ありがとうございましたー!」
事務所の立ち上げ、ドゥースシャルルのスポンサー就任、奏音のデビュー。
話題を独占するための発表を終えた柊彩は、配信終了と同時にスマホでSNSを開く。
「お、みろ!」
すると当初の狙い通り、トレンド上位は今の配信で持ちきりだった。
おとといの話題と合わせて、トレンドトップ10を全て独占した形になっている。
「これはうまくいったんじゃねーの?」
「そうですね、このまま今日の話題でおとといのことも塗り替えてくれれば完璧です」
柊彩はなぜ今まで強さを隠していたのか、などと話している人はもうほとんどいない。
正確には数人いるにはいるのだが、今は新たに立ち上げられた事務所やデビューした奏音が注目を集めており、その勢いに完全に呑まれてしまっていた。
「配信は概ね成功と言えます、ただ──」
配信はほぼ成功といえるだろう、しかし新たに浮上した問題が一つ。
「なんだこれ。みんなテメェにメッセージ送ってんじゃねぇか」
「おにいちゃんにんきなの?」
「あ、これってまさか事務所の?」
「はい、配信中から既に所属希望の連絡が殺到しています」
もしも今柊彩の事務所からデビューしようものなら、それだけで大勢のリスナーがつく。
このチャンスを逃すまいと、配信終了時点で100を超える配信者・グループからの連絡が来ていた。
そしてその勢いは今も止まる気配がない。
「何かしら言及しといたほうがいいってことだよな」
「はい、さすがにそう何人も受け入れることは不可能なので……」
元々話題を塗り替えるために勢いで作った事務所であり、スタッフもこの場にいる4人、バッドエンドはスポンサーなので正確には3人だけである。
どこかのビルに居を構えているわけでもなく、正直なところ配信者を受け入れる準備など全くできていない、名ばかりの事務所である。
「とりあえずそれらしい理由で時間を稼ぎましょう」
「そーするしかないよな」
それからしばらく4人で文面を考え、『立ち上げたばかりで忙しく、スタッフも不足もしているためすぐには返信ができない、しかし募集はしているのでたくさんの連絡を待っている』ということを柊彩のSNSを通じて発表した。
「さて、こっから忙しくなるな。まあでも俺たちで力を合わせれば余裕のはずだ。せっかくだし、いろいろやろうぜ」
「俺はスポンサーだからな、しっかり配信で人集めねぇと降りちまうぞ?」
「誰に言ってんだ、任せろ」
「わたしもハイシンするから大丈夫!」
「はい、みんなで頑張りましょう」
4人は円になって手を重ねる。
勢いで事務所を立ち上げたがやることは変わらない、これからも“普通の”超人気配信者として勇者であることを隠し通すだけだ。
「それじゃあ早速記念に飯行くぞ!」
「おおー!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「へー、アイツらまたオモシロイこと始めてるじゃない。事務所を立ち上げて、しかも特にモデル募集中?」
「ソフィさん、そろそろ撮影入ります!」
「ええ、わかったわ」
都内のとあるスタジオにて。
ソフィと呼ばれた少女は立ち上がり、手にしていたスマホを机に置く。
「今日は雑誌の表紙の撮影よね、どれくらいかかりそうかしら」
「カリスマモデルのソフィさんなら30分もあれば終わると思いますよ」
「わかったわ、ありがとう」
楽屋を離れる直前、ソフィはチラリと後ろを振り返る。
「それじゃあその後にでも連絡してみようかしら」
「何か言いましたか?」
「いいえ、なんでも。さっさと終わらせましょ」
そう言ってソフィはアシスタントと共に撮影に向かう。
誰もいなくなった楽屋に置かれたスマホ、そのケースの内側には柊彩たち7人で撮った写真が飾られていた。
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