第18話 休日

「うーん、なんてゆっくりできる一日なんだ」


 その日、目を覚ました柊彩は開口一番にそう言った。

 時刻は午後12時を回ったところ、部屋には一人だけ。


 というのも今日は平日なので奏音は学校に行っている。

 そして日聖はこれからの配信にスポンサーの意向を反映するため、といってバッドエンド共に店に行っている、ついでに手伝いもしているらしい。


 そんなこんなで今日は一人きりであり、久しぶりに昼まで寝るという昔のような過ごし方をしていた。

 

「しかし今日の配信はどうすっかな」


 ニュース配信を流し見しながら呟く。

 昔は迷宮攻略や魔物討伐の様子を適当に配信していたため、内容を考える必要なんてなかった。


 だが今は違う。

 事務所を立ち上げた以上はそれ一本というわけにもいかないだろうし、何よりそんな行動に出たのも柊彩が強すぎることから目を逸らすため。

 今ここで迷宮攻略の配信をしようものなら、また注目を集めてしまう。


 そのため日聖からもしばらくは禁止令が出ているのだが、かといってじゃあ何をすればいいかとなると何も思いつかない。


「いっそのこと休みにするかー?なんつって」


 半ば考えるのを放棄して、適当なことを口にしてみる。


『いよいよ今日で聖誕祭1ヶ月前、街は早くもお祭りの雰囲気が漂い始め──』


 聖誕祭、それは人類が魔族に対し勝利宣言をした日を記念する世界規模のお祭り。

 勇者が魔王を討伐したことによって魔族の力は急激に弱まり、それに伴い人類の反撃が始まった。

 そしてかつての領土を完全に取り戻した日を『新たな人類の歴史が始まる日』と捉え、毎年その日から一週間は人類の勝利を祝うと共に恒久の平和を祈るお祭り、聖誕祭が行われるのだ。


 聖誕祭は今年で3回目、まだ歴史は浅いとはいえその規模は間違いなく世界最高である、世界全体で同時に行われるので当然ではあるが。


「もうそんな季節か。確かに、最近は暑くなってきたしな」


 そろそろ網戸で風通しをよくしているだけでは汗ばむような季節になってきた、そろそろクーラーでもつけるか。

 そう思い立ち上がった時であった。


「ん?誰だ?」


 玄関チャイムが鳴らされる。

 最近は宅配も注文してないため心当たりはない。

 やや不安になりつつも自分ならなんとかなるかとドアを開けると、そこには予想外の人物が立っていた。


「あら久しぶり……って、何その格好⁉︎」


「……お前に言われたかねーよ」


 そこにいたのはストリート系、という一言で片付けるにはいささか奇抜すぎる格好をした少女。

 ダメージデニムに白いシャツ、それにキャップまでは普通。

 だが脚から手の指先、さらには首に至るまで素肌はことごとく包帯で覆われており、肌が露出しているのは顔だけ。

 その顔も片目は眼帯、頭にはヘッドフォンとどこを切り取っても目立つファッションである。


「で、何の用だよ。ソフィ」


 彼女の名前はソフィ・ブリジオン。

 ロシア人の父と日本人の母を持つハーフであり、かつての柊彩の仲間の一人。

 そして現在では超有名なカリスマファッションモデルであり、日本では知らない人のいないインフルエンサーとなっていた。


「先に上がっていい?騒ぎになるのも面倒でしょ」


「もてなしはできねーぞ」


「アハハ、アンタに期待しないわよ」


「追い出すぞ!」


 口ではそんなことを言いつつも、柊彩はソフィを部屋に招き入れる。

 彼女は特に遠慮もなく適当なスペースに腰を下ろした。


「アンタ、さっきまで寝てたでしょ」


「悪いかよ、たまにはゆっくりしてーんだよ」


「確かに、最近すごい忙しそうだものね」

 

「まったくだ。それよりソフィは落ち着いてるんだな」


 いきなり抱きつかれたり、泣かれたり、殴りかかられたり、他人行儀で冷たくあしらわれたり。

 今まで様々な出会い方があったが、それらと比べるとソフィは比較的普通だった。

 

「落ち着いてるわけないじゃない、バカ。最初に知った時は本当に驚いたし、何より信じてなかった」


 しかしそう思っていたのは柊彩だけで。

 髪と同じ色をした彼女の真紅の瞳は、いつも以上に雫を湛えていた。


「でもアンタのことだから何か理由があるんでしょ?だから深くは追求しない。アンタが生きててまた会えた、それだけで十分だから」


「ん、ありがと」


 ソフィの真っ直ぐな言葉に耐えられなかったのだろうか。

 柊彩は気恥ずかしさから顔を逸らしてぶっきらぼうに返す、その様子を見て何も変わってないなとソフィは笑った。


「それより、今日は用があってきたんだろ!ていうかなんで俺の家知ってんだよ!」


「バッドエンドに聞いたの、そしたら教えてくれたわ」


「いや、俺に聞けよ」


「人気者すぎて気づかないかなーって思って。それよりこうして家訪ねる方が確実でしょ?」


「そりゃそーだけどよ」


 プライバシーも何もあったもんじゃない、今度会ったら抗議してやろう。

 心の中で静かに誓う。


「で、もちろん用があって来たわ。アンタに一つ提案があるの」


「提案?」


「そ、アンタ配信者の事務所立ち上げたでしょ?アタシも今モデル事務所に所属して色々活動してるの。だからさ、ウチの事務所とコラボしない?」

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