第二章 プロダクション設立

第15話 最終手段

「勇者様、大変です」


「今度はなに?」


「とても大騒ぎになってます、色々と」


 柊彩は嫌々差し出されたパソコンの画面を見る。

 見たくはない、知りたくもない、だがもはやどうしようもない。


 トレンドの1位〜5位まで独占してしまったのだから。


「これ、バッドエンドに怒られないかな」


 トレンド5位に入っているのが一昨日の案件配信。

 4位〜2位までは、その後の屋根伝いに移動していたことや誘拐犯をあっさり倒して少女を救い出したことが話題になっている。


 そして1位には──


「これ、わたしのことだよね⁉︎」


 自分が話題になっていることを喜んでいるのは今日が休日だからと家まで遊びに来た奏音、柊彩の膝の上で上機嫌である。

 彼女は配信中に映り込んだ可愛すぎる天使、と2日経った今でも大騒ぎになっているのだ。


 もちろんこの前の配信は編集して案件に関係ない部分、つまり事件発生以降の部分は全てカットした。

 今の柊彩の配信で見れるのは、抜き打ちチェックでボコボコにされたところまでである。


 ただリアルタイムで追ってた人も多かったせいで色々と話題になり、特に他のシーンに比べてはっきりと顔が映った奏音が一番の注目の的となったのだ。


「勇者様もこの前のコラボ配信に続いて今度は事件を解決したので盛り上がってます。だいたいの人が“勇者”か“忍者”と呼んでます」


「忍者?あ、屋根走ったからか」


 現実が直視できず、そんなどうでもいいところにしか反応できない。


「しっかりしてください。このままではまた配信しても大騒ぎですよ」


「そう言われてもどうすりゃいいんだよ、こっから普通の配信者になれるのか?」


 柊彩は大きなため息をつく。

 前のコラボ配信もそうだったが、今回も柊彩の強さが証明されることとなってしまった。

 とてつもなく強いことが知られるのはまだいいとして、なぜ今までそれを隠して普通の配信者のふりをしていたのかという問題が発生する。


 もちろん『勇者なのを隠すためです』と言うわけにはいかないが、かといって大衆を納得させられるだけの言い訳など思いつかない。

 いっそ実は伝説な忍者の末裔だったことにしようか、なんてふざけた答えばかりが頭に浮かんでいた。


「そうですね、正直なところ私たちだけでは難しいです……ですが」


 そう言って日聖の視線は柊彩の膝下、奏音に向けられる。


「わたし?」


「もしも今注目を集めている奏音ちゃんがデビュー、それも事務所からの衝撃デビューを果たせば間違いなく話題を独占、今ある話題も全て吹き飛ぶでしょう」


「おいおい、なんだよそれ。しかも事務所ってどこのだよ。俺には伝手もコネもねーぞ」


「そんなの必要ありません、だって作るですから、私たちで」


「はぁっ⁉︎新しく事務所を作る⁉︎」


 あまりにも突拍子のない発言に、柊彩は思わず立ち上がる──直前で膝に奏音が乗っていたので思いとどまる。

 ただ今の話は情報量が多すぎて、まだよく理解できていない。


「そう、きっと皆さん今の勇者様のように驚きます。勇者様がなぜ強いのを隠していたのか、などどうでも良くなるくらい」


 今最も勢いのある配信者である柊彩が事務所の新設を発表、さらにそこから話題を集めている『可愛すぎる天使』こと奏音がデビューするとなればそれ以外のことは気にならなくなるだろう。

 苦肉の策ではあるが、柊彩が強すぎることやそれを隠していたこと、勇者だったのではないかという都合の悪い話題もかき消すことができる。


 ただ一つ、大きな問題があるとすれば。


「それは無理だ、奏音を」


「わたしやりたい!」


 自分たちのために奏音を利用することはできない、柊彩はそう言おうとしたのだが、既に奏音はやる気に満ちていた。


「いや、あのな……」


「ええー、やる!おねがい、やらせて!わたしもおにいちゃんとやりたい!」


 勢いだけで決めて良い問題ではないはずなのだが、奏音は柊彩の言うことを聞こうとはしない。


「わかった、ただしお父さんとお母さんが良いって言ったらだからな」


「うん!」


 こんな急な話、さすがに断られるだろう。

 そう思い、美優と慎二に事務所を新設してそこから奏音をデビューさせて良いか、とメッセージで尋ねる。

 あまりにも失礼なので、ものすごく丁寧な文面で。


『わかりました、奏音のことよろしくお願いします!』


 それに対する返事は一瞬だった。

 本当にそんな簡単に了承して良いのか、と柊彩の方が心配になるほどに。


「やった!これでわたしもおにいちゃんとハイシンができるんだよね?」


「そ、そうだな……」


 まだ少し納得は言ってないが、奏音がやりたがっており両親もそれに許可を出したとなると、柊彩の一存だけで断ることもできない。


「では勇者様、それでよろしいですか?」


「わかったよ。ま、俺の頭じゃ良い案なんて思いつかねーし、やるしかないわな」


「わかりました、ならその発表は明日行いましょう。今回の配信は重要なので、事前に明日配信することも発表しておいてください」


 日聖の指示通り、柊彩はSNSを通じて明日配信を行うことを告知する。


『明日重大発表を行います』


 柊彩のそんな告知は瞬く間に世界中に広がり、人々の注目を集めた。

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