第7話 大バズり(2度目)

「ただいまー」


 コラボ配信を終えた夜。

 どうにか人目を避けながら帰ってきた柊彩を、日聖は走って出迎えた。

 そしてその勢いのまま彼の胸に飛び込み、両手を背中に回す。


「良かった、ご無事で……」


「おい!離れろ、汚れるぞ!」


「す、すみません!すぐに治療を」


「治療?んなもん必要ないって、これ返り血だから」


「……えっ?」


 日聖は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 日聖もそれ以外の配信を見ていたリスナーも、第十階層まで引き摺り込まれた柊彩が戻ってきた時に血塗れになっていたのは、それまでにいくつもの傷を負ったからだと思っていた。


「油断して素手だったからさ、めちゃめちゃ汚れたんだよ、最悪だ」


 だが実際は違う。

 柊彩は第一階層に帰ってくるまでに出会ったモンスターは、全てその拳だけで倒してきた。

 身体についた血は全てその時のモンスターのもの、柊彩は一滴たりとも自分の血は流していないのだ。


「か、加護の力を使われたのですか?」


「使ってたらこんな汚れねーよ。一応配信に映るかもしれないから全部素手だ、おかげでこうだよ。あー、シャワー浴びよ」


 何事もなかったかのように振る舞う柊彩を前にして、日聖は唖然とすることしかできなかった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ところで、あの方々は?」


「別にどうもしてねーよ。あんなことやらかしたんだ、俺が手を下さなくてもな」


 危うく死者を出しかけるような配信をしたアスタリスクは大炎上、ものの数時間でチャンネル閉鎖まで追い込まれてしまった。

 とはいえそれは当然の報いであり自業自得というほかない、そして柊彩も彼らの末路にはさほど興味がなかった。


「で、今どうなってんの?」


 柊彩はバスタオルで濡れた髪を乱暴に拭きながらそう尋ねる。


「勇者様の想像通りかと……」


「どれどれ……あー、マジか……」


 大炎上中のアスタリスクは日本のトレンド2位となっている。

 では1位の座には何が居座っているかというと──


「#勇者論争、ね」


 またまた柊彩が日本、というよりも世界のトレンドを独占していた。

 いわゆる二度目の『大バズり』というやつである。


「今、世界は大きく二つに分かれているらしいですよ。『Sランク迷宮を踏破できるのは勇者だけ派』と『あれは加護の力はないけど強すぎるだけの一般人派』です」


「要は勇者か、勇者じゃないかってことか。それで勇者論争ね」


 脱衣所に向かって乱暴にバスタオルを投げる柊彩を見て、日聖はひとつため息をつく。

 そして代わりに籠の中に入れてからこう言った。


「どちらにせよ、『とてつもなく強い』ことは共通認識になっています。そしてこれは加護の力と違って誤魔化しようはありません」


「思いっきり他人の配信に証拠を残したもんな、今は見れないけど」


「私たちの狙いが仇となってしまいました……」


「はぁ、全部アイツらのせいだろ」


 この論争とやらがどちらに転ぶのかはわからない。

 勇者だと断定できるだけの証拠はない以上、恐らく正体がバレる心配はないだろう。

 ただ一つ、この先普通の配信者として活動することだけは不可能、それだけははっきりしていた。


「これからどーすりゃいいんだ?」


「普通の超人気配信者になる、それしか方法はないと思います」


 世間の一部は『本当に普通の配信者ではないか』と思い始め、最近の柊彩の人気は下降曲線にあった。

 だが今回のことでブームは再燃、加護の力を使った時以上に注目を集めてしまっている。


「世界最強の配信者、という方向性でいきましょう。ただ今更なんですが、これだけ多くの人に顔を知られると、勇者であると気づく方がいるのでは?」


「それは……多分大丈夫だろ。気づくのは昔の仲間と日聖くらいのもんだ」


「そう、なんですか?」


「色々あってな、少なくともここ5年で誰かと話した記憶はたくさんあっても、顔を合わせた記憶はほとんどないんだ」


 そう話す柊彩には何かただならぬ事情がありそうであったが、日聖は深く追及することはできなかった。


「とりあえず!その方向性でいくとして、次は何したらいいと思う?」


「どうしましょうか……」


 二人して顎に手を置いてウンウンと考え込む。

 すると洗濯機がピーピーと音を鳴らし、同時に柊彩の腹の虫も鳴いた。


「洗濯終わったみたいだな、干してくるわ」


「はい、それとご飯もまだでしたね。作ってあるので温めてきます」


 一度考えるのをやめ、それぞれ動き出す。

 配信の方はともかく、突然始まった共同生活の方は今のところは順調だった。

 

「あ、そうだ。今日ついに事務所からも電話が来ましたよ、是非ウチに所属してほしいって」

 

「嘘だろ⁉︎ちなみになんて答えたんだ?」


「今はアシスタントの私込みでなんとかなっていますが、必要がありましたら再度電話をおかけします、と」


「おお、それっぽい対応。ていうかさ……」


 まだ共同生活を初めてたったの2日、だが柊彩にはどうしても腑に落ちないことが1つあった。


「なんでそんな色々できんの?聖女様だろ?」


 配信のアシスタントとしてプランを立てたり、料理や洗濯といった基本的な家事を難なくこなしたり、果てには事務所からかかってきた電話にしっかり対応したり、と。

 何もかもができすぎる、聖女という立場ならば世話係が何人もつき、身の回りのことはなんでもやってもらっていたはずだ。


「聖女といっても普段からやることが多いわけでもないので、色々勉強していたんです!実践は初めてですけど」


 日聖はふんす、と胸を張り、自信満々に答える。


「それを言うなら勇者様だってそうですよね?」


「まあ俺はこれでも数年一人暮らししてるしな。あとは家事というよりは旅で身につけたサバイバル能力だな」


「確かに、勇者様の料理って豪快ですもんね」


「そ、だから日聖が来てホント助かったぜ。っていうか今日のご飯もうまそー!」


 二人は食卓を囲み、かなり遅めの晩ごはんを食べ始める。

 その傍でスマホの画面が光り、また一つ、新たなメッセージを受信していた。

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