第2話 囮

レイロッド本陣はヴァラン国北方かつエドモン城南方の山間部付近に陣を敷き、策を練っていた最中であった。突如現れたモーデル軍の騎馬隊は、高地より矢を放ってきた。突然の急襲にうろたえるレイロッド軍はあわや士気が崩壊しかけていた。


それもそのはずである。いるはずのない軍勢が突如現れたからである。モーデル軍本軍はここより2日分先にあるエドモン城を包囲している。もし別動隊を派遣していたとしたら、各所に点在する小城から鳥か何かしらの報が届く。そう思っていた。しかし、そうはならなかったのである。


「...(しまった、油断した。斥候を出しておけばこうはならなかったはずだ。俺としたことが基本を忘れるなど...!!)」


「将軍!!ここはいったん退避を!」


レイロッドはすぐに兜を脱ぎ捨て、一般兵の甲冑へと着替えた。その間、レイロッドの付近を護っていた騎馬5百以外の兵たちは、両脇の高地からなだれ込む敵の大軍を前に混乱していた。敵騎馬隊の大半は重装騎兵であったが、高地から矢を射ってきていた部隊だけは他と様相が違っていた。


「まただ!敵騎兵隊の中に弓を射かけてくる集団があるぞぉ!!」


数にしておよそ3千程の弓を担いだ騎馬隊が馬上から確認できた。レイロッドは一目見るなりすぐに動いた。


「弓騎兵か!槍隊集まれ!弓騎兵をからめとるぞ!!」


レイロッドは馬から降ろした部隊を乱戦の外に出し、レイロッド自身も500の騎馬隊を連れ外に出た。総勢千の部隊は、乱戦となっている低地に突撃を敢行した。味方もろとも貫く槍の威力は絶大で、懐に入り今まさに離脱しようとしていた弓騎兵を刺し殺した。それを高地より見た敵の隊長らしき人物は、レイロッドに向け重装騎兵2千を両脇よりそれぞれ繰り出させたが、その騎馬隊の横を食い破る部隊が出現した。


「ルイス!戻ったか!!」


「レイロッド殿!遅くなり申し訳ありません!!!報告です!敵の数は今は2万ですが、ここに来る途中、他にも砂煙が確認できました!恐らく1万ずつの3軍がここに向かっていると思われます!!」


「なるほど...ルイスは騎馬をできるだけ多く連れて高地に拠点を作ってくれ!俺は軍を立て直す。」


「御意!!」


レイロッドはついさっき行った戦術を複数回繰り返した。味方にも多少の損害は生まれたが、敵からしてみたら見事に虚を突かれた形となった。乱戦の中において、大軍を指揮することは困難である。特に指揮官からの指示が届かない状態では無論、指揮は不能である。しかしながら、レイロッド直下の兵たちはこういう奇襲を受けている。こういう状況でも、五人単位で自立して戦えるレイロッド軍は、皆がその戦術を使えるように練兵されていた。


「ムム、何をしているのだ!!敵は指揮が通らぬ状況なのだぞ!!それにレイロッドはどこだ!?もしや乱戦から抜けられたのではあるまいな!?」


大きな声で叫び散らす敵将は焦っていた。


「......狙いは俺の首だけか。『獅子』を使うぞ!」


レイロッドは宙に向かって鳴矢を放った。鶴の鳴き声によく似た音は、レイロッドの配下全員に聞こえた。そのとたん、レイロッドから遠く離れたところで大声を出す者が現れた。


「我、レイロッドなり!!」


レイロッドを名乗った一般兵を見つけると、敵将は真っ先に食いついた。


「いたぞぉ!!そこだ!お前たち、突撃だ!!」


雪崩れ込んだモーデル軍はその者目がけて攻撃を仕掛ける。戦場の多くの者がそこに注目した。モーデル軍の勢いはすさまじく、その者を瞬く間に討った。首は切り取られ天高く掲げられた。


「レイロッド打ち取った...」


「我こそがレイロッドなり!愚か者どもめ!!それは囮だぁ!!」


首が掲げられた瞬間、反対の方向で声が上がった。高地に陣取る敵将は必死になってその声のする方を指さし叫んだ。その声を頼りにモーデル軍は攻撃を行うが、またもやその者はレイロッドではなかったようだ。だんだんと混乱をし始めるモーデル軍の動きは鈍くなった。


「な、なんだ、と...そんなバカな話が...レイロッドはどこにいる!?見つけて殺せ!!」


「お前には見つけられないし、殺せない。あの方は私たちの唯一無二の将である。貴様如きに狩られる者に非ず。」


敵将の背後には、精鋭を数十騎率いたルイスがいた。ルイスは返り血を浴び、真っ赤な鎧は赤鬼の如く、そして、美しくも怒りに満ちた形相は敵将に死を覚悟させるには充分であった。急いで剣を引き抜くがすでに遅く、馬上から振り下ろされる金棒は敵将の頭部を粉砕した。


「レイロッド軍ルイス!敵将打ち取ったりぃ!!」


どっと沸きあがる声は敵の士気を崩し、味方の士気を最高潮へと高まらせた。槍を落とすモーデル軍の騎馬隊は、正気を取り戻したものから順にその場から敗走を始めた。勝負は決したかのように思われたが、まだ対処しなければならない3軍がいた。


「もの共!!これより我が軍2万5千はここに向かってくる鉄騎3万を屠り、歩兵8万と合流し敵軍を討つ!!戦の口火は切られ、最初の勝利を我らは手にした!この勢いのまま、この戦役を制するぞ!!全軍、進軍せよ!!!」



レイロッドの檄に乗せられ、精鋭騎馬兵2万は北部へと進軍を始めた。

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