第7話 ケモミミさんは助ける

「───大丈夫か?」


危ない...。なんとか間に合った...!

お姫様抱っこをしてエリィの無事を確認する。ぼろぼろのワンピースを着た彼女を見ると、己への怒りがふつふつと湧いてきた。ぎゅっと彼女を抱き寄せる。


「...遅くなってすまない。怖かったな...もう大丈夫だ...」

「...うぅ...アイン...」


顔をくしゃくしゃにし涙を堪えるその様を見ると、キュッと心臓が絞まるような感覚がする。オレのせいで...本当にすまなかった…!

オレは心の中で何度も何度も謝った。


「誰だテメェ!」


視界の端に追いやっていたクズ供に視線を向ける。


…!アイツは...


無様に尻を上に向け倒れているのは、自分の父親に似た獣人の男だ。口から血をだらだらと流しながら起き上がる。


「...クソッ...誰だ邪魔すんのは...!!」


悲しいかな、あんなにも優しかったお父さんに似ているのに、口調も態度も正反対だ。男はこちらを睨み付けられ、オレはその様まま金縛りにあったように動けなくなる。男は吐き捨てるように言った。


「その色...ダークか...!チッ!魔族ごときが俺の邪魔しやがって!!」


オレはびくりと体を震わせ、その言葉に黙って俯く。やはり、面と向かって言われるのは、つらい。この男が大好きだった父親に似ているのもあって、両親に拒絶されているようだ。

やめてよ...お父さん。


「ハッ!でもよく見たらそれなりに上玉じゃねぇか!戦闘の腕もそこそこ立つ見てぇだしよ、ダークってのが残念だがそこそこ高く売れそうだ!!今日はツイてるぜェ!」


男はわははと下品な笑い声をあげ、ゆっくりと近づいて来る。一歩、また一歩と近づくたびに心臓がどくんと動き、締め付けられたような感覚に陥る。


「アイン...」


突然聞こえた声に顔を上げると、潤んだ瞳をこちらに向け、心配そうに見てくるエリィがいた。

...はは、オレは何をしてるんだろうか。

死んだ人間にいつまでもすがり付き、幸せに生きるなどと抜かしながら、自分で動こうとせず、ただひたすら待ち続けるだけだった。馬鹿だなぁ...オレ。

ふぅ...と自分を落ち着かせるように息を吐き出す。固まっていた筋肉が少しずつ解れていくのがわかる。うん。もう、大丈夫。お父さんも、お母さんももういない。今はこの子を守ることだけを考えよう。


「......ば、...に!」


あれ?アイツまだ喋ってる...独り言多すぎ、暇なんか?

改めて、獣人の男を見据える。


「はっ!まだ抵抗する気があんのか!?この俺、ウルムガンド様にびびってた癖によォ!ははっ!そうこなくっちゃなぁ、意志がある方が犯しがいがあるんだよなぁ!!」

「......っせ」

「あ?聞こえねぇな!助けでも呼ぶのか?残念だったな!ここは誰も──」

「うるせえぇぇぇぇぇぇ!!!」

「おんぎゃあぁぁぁぁぁ!?!?!?」


腰に付けたナイフをぶん投げる。お姫様抱っこしているので、アンダースローだ。目で追えぬような速さで飛んでいき、男の肩に刺さる。飛び出る血は、まるで噴水のようだ。


「さっきからうるせぇんだよ!!うるうるガンホー様かなんか知らねぇけどよ!さっきからオレのこと魔族だなんだ言い出しやがって!!オレはただの獣人だわ!!大体、女の子の前で犯すとか言ってんじゃねぇ!!この万年発情期野郎が!!」


羽織っていたローブを地面にかなぐり捨てる。


「どいつもこいつも...!ダーク、ダークうるッッッせぇんだよ!!幸せに生きる?ハッ!無理だね!こんな世の中じゃあ!!もう、オレは生きたいように生きる!!肌の色を馬鹿にする奴は捻り潰しちゃる!!かかってこいや玉無し供がぁ!!!!」

「...アイン...」


なんかエリィがドン引きしてるけど関係ないよね!人生において、スルーすることも大切なんだよ!!


「この...クソアマがっ...!!」

「どーん!!」

「マ゜ッ!?」


起き上がっていた男に勢いをつけ、股関を、蹴りあげる。

ウルムガンドは口から泡をだし、白目を向いて気絶してしまった。

...生きてる??


「...あ、悪魔だ...」


もう一人の男は顔が真っ青になりながら股関を両手で抑え、怯えるている。

慈悲は無い!男の股関に踵をめり込ませる──!

男に9999のダメージ!


「...あ、りがと...ござます...」


男は気絶した!

......なにやら気絶する前に新しい道を開いていたようだが、自分には関係ない。

呆れたような表情で男達を見ていると、突然頬に柔らかい感触が。エリィに首に手を回されて抱き着かれていることに気が付くのは、耳のすぐそばで声が聞こえてからだった。


「アイン~!ごめんなさい!!エリィが...エリィのせいでぇ...」

「...あ~、いや、エリィのせいじゃ...あー」


こんなとき、何て返せばいいんだ?

結局、どうすればいいのかわからなかったので泣き止むまで好きにさせた。






「...もう、大丈夫か?」

「......うん...助けてくれてありがと...アイン...」


うわ、なんか面と向かって言われると恥ずかしな。


「...オレは、生きたいように生きるだけだ...別に、アイツらに用があっただけで...エリィの為じゃ...」


ん?もしやこのセリフは…!


「...ないんだからな...」


で、出ました!!

「別にアンタの為じゃないんだからねっ!」

なんかナチュラルに言ってしまいましたよ!

甘栗むいちゃいました。みたいに、ツンデレでちゃいました。って!何処にオレのツンデレに需要があるんだ!!


「でも、エリィのこと助けてくれたでしょ?」


にやにやしながらこちらのことを見てくるエリィ。

うわっ、腹立つなぁこの顔!


「ん~、アイン~」


蕩けるような甘い声で、オレに抱き着いてくる。太ももに頬擦りをするその様は、まるで猫のようだ。猫耳が生えているエリィを想像する。むっ!天使!

...おい、さらっとお尻を揉むな。セクハラで訴えるぞ。


「アイン~」

「.........」


あれ?こんな懐いてたっけ...?オレが人拐いから助けてあげたので、憧れを抱いて...る訳じゃなさそうだな...。うん。完全に目が蕩けきってるね。綺麗な青色の瞳の奥に、ハートマークが見える。

引き剥がそうとするも、思ったより力が強くてなかなか離れない。


「...うひゃん!?」


ふ、太ももを舐められた!?や、ヤバい!エリィもオレも、新しい扉を開いていしまう───!


「ストーップ!!エリィ、止まれ!!ハウス!!!」


無理矢理エリィをひっぺがすと、目尻に涙を浮かべしゅんと拗ねてしまった。もし、ケモミミがあるのなら垂れているだろう。


「...一体、どうしたんだ?エリィ...こんな、その、あの、えっち...なことするなんて」

「アインはね!エリィの騎士様なの!」

「...騎士??」

「うん!エリィのこと、お姫様抱っこしながら悪者やっつけたの!」


あー、絵本の話にありましたねぇ!そんなこと!


「アインはね!とっても強くて優しくて!」

「......うん」

「エリィにとっての騎士様なの!」

「......うん」

「だからね!エリィ、大人になったらアインと結婚するの!」

「......うん?」


ケッコン...?ケッコンってなんや???


「これからよろしくね!アイン!」


突然、頬に柔らかいモノが当たる。


「...なっ!?」

「ふふふ、次は唇にするからね!」


何が起きたのか分からぬまま、頬に手をあて立ち尽くす。触れられた部分が、まだ熱い。

ぼーっとしていると、エリィに手を握られる。


「アインー!いこー!!」


手のひら越しに伝わる温かさに安心感を覚える。

オレたちは明るい大通りに向かって一緒に、歩き出した。








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