第4話 ケモミミさんは現実を知る

「ラステナまでもうすぐだぞ」


アゼルが聞こえるように呼び掛ける。

おお、遂に来たのか。

今、オレたちが向かっているのはリステ王国の王都、ラステナだ。セレナちゃんの話によるとこの世界で一番おーっきい都市なんだそうだ。両手を使っておおげさに表現するセレナちゃんが可愛かったよ。


そんな光景を思い出してニマニマしているオレは、フードを深く被り、口元を布で隠している。まるでニカブ(目以外の顔や髪、首を隠すもの)を着ているようだなんでこんな格好しているのかというと


「アインさん...王都では顔を隠した方が良いかと...あまりその肌の色をよく思わない方たちが少なからずいるので...すみません。こんなことを頼んでしまって。」

と申し訳なさそうに言うセレナちゃんに、


「...ダークビーストマンは目立つから隠しといた方がいいわ。中には見ただけで魔族だ!って襲ってくるやつがいるから。」

ときっぱり言ってくるマリーンちゃん。


「アインさんの顔をもっと見たいッスー!」

......こいつのことは放っておこう。


こういうことからオレは顔を隠している。わかってはいたけど、差別が当たり前に起きてるんだなぁと実感した。

その点、最初に出会った人たちが彼らで良かったとしみじみと思うのだった。


「おっ!見えてきたぞ!」

「......おお」


遠目に見えてきた王都の城壁は、想像の数倍は大きかった。この中に町や王城があると思うとわくわくが止まらない。近づけば近づくほど大きくなっていくしっかりとした石の壁は王族や貴族が持つ力の強さを表しているようだ。


都市に入るためには兵士によるチェックが必要となるのでオレたちはそこそこ多い列に並んだ。

やはり王都となるとたくさんの人が出入りするのだろう。列に並ぶ人を見ると、オレと同じ獣人や、エルフがいた。その多くが剣や弓を持っているところから冒険者なのだろう。


「次!」


遂にオレたちの番がやってきた。正直、心臓バクバクである。暴言を吐かれたりしないだろうか...肌の色で追い出されたりしないだろうか...いやな考えが頭の中でぐるぐるとまわりだす。

アゼルたちが兵士と話しているようだが、何を言っているのかわからない。すると、突然兵士がこちらを向いた。


「お前は冒険者カードが無いようだな?すまないが顔を見せてくれないか?」

「......わかった」


オレがフードを取り、布を外すと兵士は分かりやすく嫌そうに顔を歪め、口を開こうとしたが、アゼルが睨みを効かせてくれたおかげで特に何も言われなかった。

直ぐにフードを被り直したが周りの視線が刺さる。軽蔑、怯え、同情。久しく向けられなかった目線の数々。

......村でのことを思い出す...


「...もう行きましょう」


セレナちゃんがオレに囁いてくれたおかげでネガティブな思考回路から脱することができた。


「......ありがとう」


足取りは重いまま壁の中へと入った。





壁の中はいかにも中世チックというか、オシャレなレンガ造りの家や露店が並ぶ大通りでは人々が溢れかえっており、少し声を張り上げないと会話が出来ない程に雑音が混じりあっている。


「こっちが冒険者ギルドだ!」

「...え?なんて?」

「こっちが冒険者ギルドだ!!」

「...あ?聞こえないって!!」

「......痴女(ボソッ)」

「よし!アゼルくん、こっちに来ようか!」

「...スミマセン、スミマセンホントに勘弁してくださいお願いします助けてください誰か助けてェッ!」


...アゼルは王都に向かう途中で話した栄養満点オーク汁の作り方を聞いてオレのことを恐れている。仕方ない。後で2杯程プレゼントしてやるか...


「俺もアイン姐さんの愛のムチを受けてぇなぁ」


アゼルのことを羨ましそうに見ているチャラ男君は見なかったことにした。...あっマリーンちゃんとセレナちゃんがドン引きしてる...


そんなバカなことをしながらオレたちは冒険者ギルドに着いた。やはり王都にある為か、他の建物に比べて大きい。二階建てでレンガと木でできたこの建物は、歴史を感じることができる。


中に入ると、意外にもそこは清潔間溢れる場所だった。様々な格好をした者たちがせわしなく動いている。正直、もっとむさ苦しいところだと思っていたから拍子抜けだ。


オレは顔を隠してローブを羽織ったいかにも不審者のような見た目をしているから怪しまれるのでは?と思ったがそうでもない。むしろ、髪がピンク色の者や変な仮面を被っている者、ビキニアーマーを着たムキムキのおっさんなどがいるから視線を集めることはない。......流石にビキニアーマーのおっさんは見られているが...


少しすると、オレたちは奥の部屋に呼ばれた。そこにギルドマスターなる者がいるのだろう。部屋に入れば事務室のような場所だった。奥には眼帯をした、いかにも姉御って見た目の女性がいた。


「よく無事で戻ってきてくれた。新生の風の諸君、早速報告を聞かせて貰おうか」


ギルドマスターの女性はオレンジ色の短髪を指で弄りながらそう言った。

アゼルがナジュラの森で起きたことを話始めた。ある程度報告が進み、オレの話になると、ギルドマスターはこちらを訝しげに見てくる。


今オレはフードを脱いでいるので顔は見えている状態だ。ギルドマスターがオレをどう思っているのか知りたくて相手の目をまっすぐ見ることにした。ギルドマスターの瞳の奥深くには憎悪の色が見える。

...見なきゃ良かった。


報告が終わり、オレたちは部屋をでた。一刻も早くここから離れたい。


「うちのギルマスがすまなかったな。普段はいい人なんだが...両親を魔族に殺されたらしくてな、あまりダークを快く思ってないんだ」


外に出るなり、アゼルが話し掛けてきた。


「......オレは魔族じゃない...」

「......ああ...わかってる...ほら、金だ!」

「...は?」


突然、麻袋を投げてきたので慌ててキャッチする。重い...じゃらじゃらと音を奏でるその袋の中には見たこともない金色の貨幣が大量に入っていた。


「...オイ、なんだコレは...?」

「オマエが討伐したゴブリンどもの素材を俺たちが話している間、トーマスに換金して貰ったんだ。...オマエのもんだよ、その金は」


得意気に胸をはるチャラ男の方を見る。だから話し合いの場にはいなかったのか...


「...そうか、ありがとう」

「...あー、俺たちはまだやることがあるからギルドに戻るんだが...アインはどうすんだ?」

「...そうだな......もう日が暮れるし、宿でも取ろうかと思う」

「そうか、なら『白猫亭』って名前のいい宿を知ってんだ!そこに泊まるといい」


オレは宿の場所を教えてもらい、アゼルたちと別れを告げた。


取り敢えず『白猫亭』で部屋を借り、甘ったる金で食料でも買おうかな~、なんて考えているとあることに気が付いた。


オレ、この世界の金の価値知らないやん!!


ど、どうしよう~!とりま金貨っぽいもの出しとけばなんとかなるかな...?...ってあれ?


「...どこだここ?」


周りを見渡すと、さっきまでのオシャレな街並みの姿は一切なく、黒ずんだ木でできた家のような建物が不規則に建っており、道端では痩せこけたモノたちが踞って寝ている。更に、糞尿やら腐ったものが混ざりあった異物がそこかしこに落ちてあり、悪臭を放っている。そんな臭いに顔をしかめながら来た道を戻ろうとする。


そこでとある視線に気が付いた。家の後ろに隠れているつもりなのだろうが、丸見えである。こんな場所に人が来るのが珍しいからだろうか、こちらの様子を窺っているのは数人の子供たちだ。見るに耐えないほど痩せこけたその体の色は、オレと同じ褐色である。


オレは驚き、その子たちをまじまじと見てしまった。その顔には殴られたときについたのであろう痣があり、頬はこけ、死んだ魚の目をしている。


......そんな目でオレを見るなよ...


オレは居心地の悪さからその場から走って逃げた。無我夢中で走り、気付けば路地裏のような場所に来てしまった。


「...まじでどこだよ...」


しょうがない、屋根の上に登って辺りを見渡すか...。

ジャンプをしようと意気込んでいる中、ふと、話し声が聞こえてきた。


「......ったく、最近は商売上がったりだ」

「仕方ねェよ、こんなとこ貧相なガキしかいねぇんだ...大した金にもならねぇのにちょこまかと逃げるから手間ばかり掛かりやがる...」

「だからスラムなんて来たくねぇんだよ」

「...うるせぇな、さっきからそればっかり!スラム意外で拐ってみろ!直ぐに衛兵どもにバレるぞ!!」

「わーってるよんなこたぁ、でもよぉ、スラムにゃ獣人か人間しかいねぇし、エルフでもいてくれたらダークでも売れるのによぉ」


...発言からして人拐いか。

人拐いどもがこっちに近付いて来たので隠れてやり過ごす。隠れているときにあいつらの顔を見たが、一人はいかにも悪人面の人間ともう一人は獣人だった。


「......え...」


奴らが行ったことを確認してから姿を表しおぼつかない足取りのまま歩き始めた。


あの獣人...お父さんに、似てる...


胸の中でどろどろとした感情が溢れでてくる。さっき見たボロボロの子供たちに、嫌な視線を向けてきた兵士や冒険者ギルドのギルドマスター、そして...父親似の人拐いの獣人を思い出す。


人が皆、善人でないことぐらい知っている。それは前世でもそうだった。

だが、肌の色だけで判断しなかったアゼルたちや両親のような人たちがいるのも確かだ。だが、それ以上にこの世は悪意で満ちている。


同じ種族の者が犯罪にてを染めていて...それが父親に似ていたのだ。ショックはかなり大きい。

この都市で見たものや感じたものだけで、オレの持つ僅かな希望を打ち砕くことは容易だった。


やっぱり幸せに生きることなんて無理だよ...


オレはその場でへたり込み、三角座りで顔を埋めた。


これからどうしよ...


そんなことを考えていると突然声を掛けられた。


「おねーちゃん、お腹いたいの?」

「......は?」


これが、少女との出会いだった。






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