第14話 理系ガールズ
一番肝心な……いや、二番目くらいに肝心な女の子たちの反応を語っていない、と言われれば、その通りかもしれない。
言うまでもない、我が塾が誇る理系ガールズの皆さんの話だ。
成績優秀、全員が出身中学で一度は一番になったことがある。ひとくくりのグループとして紹介するのは、彼女たちが塾の講義の合間に「お茶」をする習慣があるからだ。半ダースの固定メンバーは皆が同じ高校の同学年で、その存在感から羨望の的だ……と思う。彼女たちに憧れ、「自分もまざりたい」と手を上げ、実際に一、二度お茶に招待された塾生もいるけれど、長続きした人はいない。わずか20分の間になされる話が、やたらマニアックだったり、辛辣な悪口だったりするから、らしい。
ちなみに「正統派女子会」らしいので、私自身は参加したことがない。
この春から「副担任」という形で、渡辺啓介講師が彼女らの授業の一部を、受け持っている。渡辺君のステディ彼女、川崎マキくん(純然たる文系女子)が、渡辺君のよしみで、一度、このお茶会に参加したそうな。理系ガールズたちは、川崎君の専攻に合せて、理系のこ難しい勉強の話は、避けてくれた。けれど代わりに、高校の体育教師のことをボロクソに叩いていたそうな。校舎内を1日中ジャージ姿で歩かないのは好感がもてるけど、デンセンしたパンストを1週間もはき続けている……とか。子どもは〇〇小学校の三年生のイジメっ子男子だ、とか。母親のシツケがなってないからオシッコを漏らして逆ギレして、その脱いだパンツで泣きながら同級生女子を叩いたことがある……とか。姑さんと折り合いが悪く、お隣の壁を震わせるような大音声でケンカして、プイっと実家に帰るクセがある、とか。この姑さんのほうも、家事はカラッキシで、嫁が料理をしないときは、近所の定食屋から店屋物をとる、とか。出るわ出るわ、CIAも真っ青の調査力(?)で、言いたい放題言ってのけた、のだとか。
あの日はたまたま虫の居所が悪かっただけで、普段はお菓子やティーカップを褒めたたえながら、まったりお嬢様っぽく過ごすのだ……と古川さんは言い訳したけれど、私はもちろん、信じてはいない。
川崎君曰く、自分も結構あっちこっち色んな女子会に顔を出してきたけれど、あそこまでキョーレツなのは初めて、だそう。マシンガントークで悪口の同意を求められ、目を白黒させた川崎君は、楽しみにしていたチェリージャムトッピング・タルトの味が全く分からなかった、とぼやいていた。
川崎君の前にも、様々なチャレンジャーがお菓子を持ち寄ったけれど、誰も定着してないのは、さもありなん、というエピソードだった。
メンバー6人のうち3人は、これまでも詳細に語ってきたことがある。
いや、今、語りつつある。
古川アユミさん、白石カナデさん、そして丸森ミホさん。
彼女たち尖がったキャラの面々を、改めて紹介する必要も、ないだろう。残りのメンバーは、「自称・恋に恋する乙女」「自称・恋愛小説の最良の愛読者にして布教者」「その実・教師への禁断の愛が重すぎて、保護者を学校に呼ばれたことがあるディープラブ女」こと、美里ヒマリさん。「ショタ好きが高じて少年向けロボット漫画アニメにハマり、機械工学研究者への道を目指す」大崎ツムギさん。そして、最後、「生けるファブリーズ」「潔癖症の鑑」「猥談男子退治の武勇伝持ち」「理科の授業のオシベメシベの話を聞いて猥褻だとヒステリーを起こした」「自他ともに認める全国PTA連絡協議会特選の清純……過ぎる女子高生」の角田ココロさん、である。
メンバーのうち2人が、喧嘩……というより、1人の男をめぐって火花を散らしているのである。
それでも平静に……かどうか分からないけれど、ティータイムの慣習を続行中なのは、アパッレとしいうか、女子ってやっぱり怖い……おっと、ゲフンゴフン。
古川さんは、白石さんサイドに立って……もっと言えば私たちヘルシングアプローチのチームに入って、2人の仲を調停すべく活動中なので、率直な意見は聞けないだろう。
私は、角田ココロさんを掴まえて、「お茶会、気まずくないの?」と聞いてみた。
「私、数学と物理の教科書以外、興味のない女子なんで」
「とりつくシマがないなあ」
彼女は、それでも帰宅しかかっていた足を止めて、私のとりとめない話につきあってくれたものだ。
「……そりゃ、気まずいですよ……まあ、私はわざとスマホのイヤホンを耳に差し込んで、英語リーディングの勉強しちゃいますけど……耳が汚れるし」
「はあ」
そこまで徹底してると、逆にアッパレというか、感心というか。
「でも思います。2人のお目当ての君が、お茶会に乱入してきて、気まずさに拍車がかかれば、それはそれでいいかなって。だって、大げんかして決着がつけば、この三角関係も終わるんでしょう? 私、白石さんたちの醜い争いを見たら、逆に、自分の嫌悪感に自信がもてるんじゃないかって、期待もしてるんです」
「はあ」
聞く相手を間違ってたかな……と私は後悔するとともに、「花の」女子高生が、こんなに性的な話題を憎むとは、どういう生い立ちなんだろ、と心配もした……。
好きの反対は、嫌いじゃない。
無関心である、とはよく言ったものだ。
で、たぶん、嫌いの反対も無関心……と決め込んだ女子高生がここにいる。
恋愛ドロドロ断固拒否・大大大嫌いの角田ココロさんとは「対照的に」、大崎ツムギさんは醒めていた。というか、無関心を決めこもうとしていた。
今度は授業前、アンニュイな表情で窓の外を眺めていた大崎さんを私は掴まえた。
角田さんと同じ質問をしてみる。
「さあ。お茶とお菓子がおいしいから参加しているだけで、お互いのことには干渉しないようにしてますから」。もっと言えば「私たち、友達でもなんでもありませんから」だそうな。ツンデレではなく、本気で言っていそうで、友達じゃないなら、そももそお茶会になんか参加しなくてもいいのでは……というツッコミを入れると、寂しそうに悲しそうに「塾長センセはイジワルなんですね」とすねる。
角田さんとは別の意味で、面倒くさいタイプなのであった。
美里さんは、恋バナ好きという意味では、他の2人とは真逆だけれど、陰湿なのは、好きじゃない。
恋愛至上主義者らしく、よこしまな料簡で原田消防士を誘惑しようとしている丸森さんを、嫌っていた。
白石さんの味方なら、ヘルシングアプローチに加わらないか……と古川さんが、誘った。けれど、彼女の返事はノー、だった。曰く「邪悪な恋敵に想い人を略奪され、悲哀に泣き濡れるのも、また、純愛だと思うのよ。悲劇のヒロインって、素敵っ」だそうである。これはヒマリちゃん大好物な恋愛小説とは違うのよ……と古川さんはたしなめたそうだけれど、根本的に何が問題なのか、彼女は分かっていないようだったそうな……。
腫物に触るように、お茶会では原田消防士の「は」の字も話題には出ない。丸森さんご本人と角田さんが時折、当てこすりめいたことをしゃべったりするのだけれど、メンバーの誰もが相手にしない。
大人って言えば、大人な態度。
友情の産物でもなければ、ドライな情報交換の場ってわけでもなく、ただの惰性ですね……と、いみじくも白石さんは言った。
一度だけ、一堂、和気あいあいとお茶することがあった。
例の消防士ヌードカレンダーを丸森さんが塾にもってきた時だ。ポーズのお手本という用は終えたから、欲しい人にあげる……と彼女は気前よく、人数分(白石さんの分まで)持参してきたのだった。
「見飽きるくらい研究はしたから」とか「作成中のヌードカレンダーの件で、取巻き君たちのモロだしを、イヤってほど見てるし」と、丸森さんは、せっかくのヌードカレンダーを手放す言い訳を、延々と語ったそうだ。でも、「本当は、白石さん以外の理系ガールズメンバーを味方につけるための賄賂なのよ」という古川さんの推測が、実は正解だったのかもしれない。
当然と言えば当然だけれど、角田さんは断固拒否した。
ともあれ。
いつもは20分で終わるお茶の時間が、この日は倍の40分だったというのだから、皆がカレンダーを……というか、男性ヌードを堪能したのは、間違いない。
昨今の女性はムッツリスケベが多いのかな……と私は、塾長室に「お茶会潜入」の報告にきた川崎さんに、素朴な疑問を漏らした。彼女は純正文系女子らしく、やんわりと反対意見を表明した。
「イマドキの女子だから、じゃないと思います。それを言うなら、理系だからムッツリなんでは?」
私の後ろでは、我が姪がいつものごとく、来客用のカリントウをバリバリもぐもぐ、食っていた。
もちろん桜子は「産婆さん」志望の理系女子だ。
「ま。聞かなかったことにしますよ、川崎さん」
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