第15話 捨て駒と月下氷人

「やっぱり、あかんか」

「はい。せっかく誘っていただいたのに残念です」

 山形県天童市では毎年四月、人間将棋というイベントが開催される。

 ツゲの駒の代わり、武将に扮したリアルの人間が、バカでかい将棋盤に陣取り、それぞれコマの代わりのをつとめる。我が篆刻の先生、東海林師匠は天童在住で、本業は将棋の駒職人である。人間将棋の観戦方々、遊びにこいと毎年誘われる。そう、今年もこうして、電話で誘われた、というわけだ。将棋そのものへの興味はもちろんあるし、何より師匠が実際、駒に文字を彫っているところを見学させてくれると言う。自分も篆刻師のはしくれとして、その妙技を見てみたい気持ちはやまやまだ。やまやまなのだけれど、学習塾塾長しては、生徒のかき入れ時である春先、仕事を優先せざるをえない。

 石巻では、桜はあらかた散ってしまったけれど、山形、特に人間将棋開催の舞鶴山はこれからが満開だそうで、花見でイッパイ、という意味でも師匠は残念がった。

「プティーさんは、どうしてるかな? うまくやっとるか?」

 チベット系石巻人(インド顔)のプティーさんとは、東海林師匠の仲立ちで、暫定フィアンセ? みたいな関係になった。彼女は中華料理店の若き店長さんで、こちらも春先は新人歓迎会等の団体客が連日続く。

「春先は、彼女のほうも都合がつきません」

「2人とも仕事三昧か。お似合いカップルだのう」

「はははは………」

 私は遠慮がちに笑い声を立てるのだった。

 それから話は自然に、人間将棋のことになる。

「ヨーロッパのどこかの国も、似たようなイベント、やってましたよね。人間チェス」

「ああ。イタリアのマロースティカだのう。似たようなイベントをやってる縁で、天童とマロースティカ、姉妹都市になっとるわい」

「元になったゲームが一緒だし、共通点多いですよね。ボードゲームで、擬人化した駒を使っているところとか。将棋なら王将とか歩兵とか。チェスならクイーンとかビショップとか。駒の動きも、同じタイプのが多いですし」

「将棋やチェスだけじゃ、なかろう。お前さんだって似たようなゲームをしてるんじゃないのかね。人間をコマにして、色々と攻略しとるんじゃないのかね」

「……師匠はなんでもお見通しみたいですね」

 私はヘルシングアプローチの話をかいつまんで語った。いいところまで姫を追い詰めてはいるけれど、最後の最後が詰め切れていない、というところも。

「取巻きが全部いなくなるのを恐れて、姫が降参してくれれば、それで終りなんですが」

「ほっほっほ。将棋なら、あと何手詰か読む、みたいな話をするが」

「はあ」

「妙手……神手と言われるのは、一見、タダで駒を捨てたように見える手だったりするの」

「はあ」

「逆に、終盤を読み違えて詰め切れなかった場合、逆転を許すなんてのは、よくある話じゃ」

「はあ」

「庭野君。情にほだされて勝負師としてのカンが鈍ってるんじゃないのかの」

「というと?」

「お前さんには既に勝ちパターンが見えてるんじゃ。ただ、捨てるべき駒を惜しんで、捨てられないだけじゃ」

 師匠は終始、将棋の比喩で話をすすめてきた。

「将棋の駒は黙って棋士の言う事を聞きますけど、私の手駒たちは、自分勝手に動くのが好きなタイプばかりですし」

 いつか山形に遊びにきたら、篆刻の手ほどきだけじゃなく、将棋のイロハも教えてやろう、と師匠は請け合ってくれた。

「将棋の駆け引きは、あくまで将棋の駆け引きですよ。リアルの駆け引きには、金銀の将や、歩兵以外にも、スパイだの親衛隊だのも、いますけどね」

「軍人将棋みたいな話じゃな。ま、女王がいたり僧正がいたりするチェスみたいなボードゲームもあるからの」

 しかし、将棋・チェスどちらにも、「姫」という駒は出てこない。

 私と師匠は、姫という駒があるとしたら、どんな動きをするか、色々と勝手な想像を楽しんだ。

「……将棋とかは野戦が舞台とかイメージできますけど、チェスの戦場はどこなんでしょうね。女王が一番強い駒で王様を守るなんていう戦場、なかなか思い浮かびません。宮廷とか、攻城戦とか、色々と考えましたけど、イマイチぴったりしませんし」

「いや。なに。匿名掲示板での悪口合戦が、元ネタなんじゃろ。ああいう場では既婚女性……鬼女なんていうのが、最強にして最恐って教えてもらったことがあるぞ」

「中世ヨーロッパに、匿名掲示板なんて、ありましたかね?」

「なに。人間が集まるところ、陰険な悪口の言い合いっつーのは、いつでもあるもんじゃ」

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