第7話 作戦会議・作戦準備
「幸運の女神さまには、前髪しかない。だから、捕まえるのが、とても難しい。チャンスが来たら逃さず掴まねばならない、なんて言い方をします。じゃあ、恋愛の女神さまは? たぶん、抜け毛の激しい女神さまじゃないのかな、と思います。誰しも一度は掴まえることができる。でも、二度目は大変難しい」
「え。そうなの? デブ・ハゲ・チビでブサメンでも、大丈夫なの、タクちゃん?」
「デブ・ハゲ・チビって……なんて口が悪いんだ。年頃の娘さんが、そういう身もふたもないことを言ってはいかんよ、桜子」
そもそも、どんな女の子だって、一度は恋愛のチャンスあるよ、ということが言いたかった……というか、それで白石さんを励ますつもりだったのだ。
しかし我が姪は、しつこかった。
「でもさ、タクちゃん。二度目は掴まえるのが難しいって言うけどさ。姫みたいにモテモテっていう女の子もいるわけでしょ? 恋愛の女神さまって、可愛い子には贔屓するわけ?」
「女神さまのほうは、公明正大さ。そういう女の子のほうが、特殊なんだ。たぶん、吸盤みたいなプヨプヨな手をしてるんだよ。だから一度目で髪をむしり取ってしまっても、ツルツルのハゲ部分を掴まえられるっていう寸法さ」
私のたちの実のない問答に呆れたのか、白石さんはため息をつく。
「そんな即席インスタントで考えついたような神様の話なんかより、実際の作戦の話をしましょうよ。わざわざ集まったのは、そのためなんですよね」
我が姪は、懲りない。
「チッチッチ。カナデちゃん、即席インスタントだからこそ、今ここで話の決着までやっちゃわなきゃ、ダメなのよ。3分で完成するネタだからね」
「サクラちゃんと庭野センセの神様、カップラーメンなの?」
私たちがグダグダ漫才していたのは、久々に塾長室を訪れた生徒さんの「見学」が終わるのを待っていたから、というのも一因なのなのだが……。
「ウンコだね」
「うん。ウンコ」
「ホント、ウンコだ」
三人は、変わり果てた我が塾長室を見渡し、異口同音にウンコ、と言った。
もちろん、私自身が収集したモノではないのだけれど「いかにも庭野センセらしい」と3人とも感心している。
「ふう。桜子、ひょっとして私は塾生全員にイロモノ扱いされているのかな?」
桜子の代わりに木下先生がニコヤカに返答する。
「あら。生徒さんばかりじゃなく、講師陣もそう思ってますよ」
「木下先生も?」
彼女は答える代わりに、ニッコリした。
「ねえ、タクちゃん。いい加減開き直りなよ。この間アマゾンでウンコ柄のネクタイ見つけたから、今度プレゼントしてあげる」
さて。
例のスタジオ訪問で、宣戦布告されてから、1週間後。私は自分の不手際……丸森さんの説得失敗の報告を兼ねて、作戦会議をすることにしたのだった。メンバーは、私と桜子、白石さんというスタートアップメンバー。それに連絡係兼オブザーバーとして木下先生。そして、丸森さん「被害者」経験ありのヨコヤリ君と富谷さん、さらに理系ガールズの一人で、白石・丸森両名と仲の良い古川さんに参加してもらった。
本当は原田消防士も呼びたかった。
白石さんを通して、後でちゃんと会ってくれる、という確約は取った。
「じゃあ、第一回ヘルシングアプローチ会議を始めます。早速、魔除けの効能について。十字架、ニンニク、聖水について」
白石さんが口火を切る。
「十字架はじゅうぶんに効いているみたいです」
キリスト教教会に参拝するためのアイテムじゃない。あくまで丸森さん向けの魔除けグッズだ。それは白石さん手作りの「ポッチャリ十字架」で、ハリツケになった救世主様の代わりに、白石さんによく似た女の子の像……大幅にデフォルメされ、脂肪のつき具合120パーセント増しになった図像がついている。ご丁寧に、十字架の台座には「私の体重は今____キロです」というメッセージカード付だ。
「ある意味自爆攻撃だよね、これ」と古川さん。
「丸森さんには、これ、渡したんだよね。どう、ちゃんとつけてる?」
「塾に来る時には、ちゃんと付けてるみたいです」と再び古川さん。続けて白石さんも言う。
「例のヌードカレンダー製作の会合にも、ちゃんと付けてくるって、タケヒト君、言ってました」
そう。あの宣戦布告の後、原田消防士自身に、デブ専宣言をしてもらい、この「ポッチャリ十字架」好き、ということを、姫に伝えてもらったのである。
私相手に……というか、オタク君たちが見ている前で大見得を切った手前、丸森さんは「ポッチャリ十字架」をつけざるを得ない。自分の体重を晒す、という屈辱に、丸森さんがどこまで耐えられるか。姫のほうで白石さんに嫌がらせをしてくるなら、白石さんのほうでも、逆襲、というわけである。
「あのう」木下先生が、おずおずと尋ねる。「彼女、相当イヤがっている思いますよ。実はトイレに行ったときに、個室の中で雄たけびを上げたり、ブツブツ十字架に八つ当たりしているミホちゃんの声、聞いちゃいました」
よし。
「じゃあ、ニンニクと聖水のほうは?」
これには、古川さんが答える。
「授業の合間、理系ガールズたちでお茶会をして、白石さん手作りのお菓子を堪能するっていう習慣自体は、いつも通りなんですが」
いつもとは違うのは、その白石さんお手製のスイーツが、無茶苦茶高カロリーになっている、ということだ。
「バターと砂糖たっぷり使いましたから……それから、ガーリックパウダーも」
体重計が気になる他の理系乙女のために、もちろん食感軽め、カロリー大幅控えめのスイーツも、白石さんは用意していった。ガーリック風味のスイーツを古川さんがつまんで、わざとらしく驚く。白石さんもわざとらしく「究極のスイーツ」に最近挑戦していると返事する。
そう、脂肪と砂糖の添加量に目をつぶり、トコトン味覚を追求する、というお菓子だ。
最初は物珍しかっただけあり、理系ガールズの全員がお相伴した。けれど、一週間もするうち、誰も手をつけないようになった。わずか一週間で体重増加したのもさることながら、あまりの味の「重さ」に胃もたれしてならない、らしい。
「当たりと外れが分かりやすいように、対デブ専・養成スイーツには少しずつガーリックが混ぜてあります。食欲増進の効果もありますし」
「対デブ専養成って……まんまのネーミングですねえ。自虐的だし」
古川さんが訂正する。
「カナデちゃんの手前、姫も無理して食べてるみたいだけれど、さすがに量は減ってるよ。今までだったらタルト3つ食べていたのが、2つになったとか。クッキー5枚食べていたのが、3枚になったとか」
「それでも、逃げないんだね」
「ミホちゃんには、ミホちゃんなりの意地があるんですよ、庭野センセ」
参加する理系ガールズは、みんな事の顛末を知っているけど、おくびにも出さず振る舞う、という。丸森さんご本人も、撮影会で私に見せた口の悪さはどこに行ったのか、白石さんにはちゃんと「カナデちゃん」「白石さん」と敬称付きの敬語で話すそうな。
「ふむ。お嬢様言葉で話せば、食べる量を控えめにしても、不自然じゃない?」
白石さんが、私のつぶやきに、邪悪にほくそ笑む。
「ふっふっふっ。姫。甘いのよ。1枚食っただけで、1キロ太るような、特製のをバクバク食わせてやるんだから」
私は肩をすくめた。
「全く。どっちが悪役だか分かんないような笑い方して」
桜子が頓狂な声をあげる。
「そうか。吸血鬼に対するニンニク、に当たるのが、このガーリックスイーツなわけね」
なにを今さら、と古川さんがつぶやく。
私は桜子だけじゃなく、ヨコヤリ君たちにも聞かせるつもりで、説明する。
「そう。丸森さんが音を上げて、理系ガールズお茶会でニンニク菓子を食わなくなった時点で、第二段階に移行。白石さん彼氏……原田消防士さんにこの特製スイーツを持たせて、ヌードカレンダー撮影会のたびに差し入れさせるっていう寸法さ。ニンニク菓子を嫌いになるついでに、原田消防士のほうも、敬遠してくれるといいんだけど」
ちなみに吸血鬼よけの聖水にあたるのは、やはり白石さんお手製のパンプキンジュース。こちらも薬効あらたかな様々な具やハーブを加え、体重増加に貢献すること間違いナシの代物だそうだ。
木下先生がおずおずと尋ねる。
「あのう……もちろん、白石さん自身も、丸森さんと一緒に飲み食いしてるんですよね」
「もちろん」
「これ以上体重が増えると……」
「覚悟の上です」
しかし、この自爆攻撃に水を差す人がいる。
私は、とりかえばやカップルに視線を送った。
「そーなんですよね。ウチの母が……」
頭をかきかきしゃべるヨコヤリ君。富谷さんも鼻息荒く腕組みをして言った。
「とにかく、姫と異常に仲いいからね、ウチの姑さん。スイーツ食ってる分にはいいんだけどさ、年甲斐もなく、ヌード撮影会にも毎回、参加してる」
カレンダーにする画像は、ヌードといっても丸出しにならないように、隠すところは隠した映像である。しかしヨコヤリ・ママは、そんな当初の目的お構いなしに、フルチン写真を撮りまくっているという。
「本番採用のの参考にするから……と言われれば、素人なら反論しにくいし、フィルムに写らないだけで現場ではフルチンなんだから抵抗少ないし、何より『私の大親友に便宜を図りなさい』……ていう、姫の鶴の一声には逆らえない」
「欲望のまんま、やりたい放題だねえ」
私が呆れると、白石さんが口ごもる。
「いえ。あの。モデルさんたちの中には、積極的に丸出しになる人もいるみたいで。パンツを脱ぎやすい雰囲気作りに貢献してくれているから、咎めにくいって、タケヒト君、言ってました」
富谷さんも気まずそうに、つけ加える。
「息子の彼女なら、一度つき合いなさいって言われて、ボクもその撮影会、行ってきたよ。一回だけだけれど……共犯っていえば、共犯になっちゃうかな」
作戦への実害、あるらしい。
白石さんが続けて証言する。
「タケヒト君の差し入れ……ミホちゃん用のガーリックスイーツ、パクパク食べちゃうらしいんです。カメラのシャッターを切るだけ、なんて素人目には簡単に思えますけど、ちゃんとしたカメラマンっていうのは、実はけっこうな重労働らしくて……小腹がすいた、とか何とか言って、つまみ食い」
「なんてこったい」
さらに、塾での理系ガールズお茶会にもたびたび顔を出し、ここでも丸森さんのサポートをする……要するに、彼女のぶんのお菓子をつまみ食いする、という。
「なんとかならないの、ヨコヤリ君」
「ウチの母、悪意があるわけじゃ、ないみたいです。そもそも、ガーリックお菓子の由来も、知らないみたいだし。別段、丸森さんを助けるために、つまみ食いしたりしてるわけじゃ、ないみたいです。単に、姫と仲がいいから、というわけで」
困ったものだ。
けれど、彼氏の……ヨコヤリ君の釈明に、富谷さんが反論する。
「それはウソだよ。ウチの姑さん、姫と消防士さんの仲、絶対、応援してるって」
「そうかなあ」とヨコヤリ君は、首をひねる。私は、富谷さんに、その根拠を聞いた。
「隠れデートの防波堤になってるの、目撃したし。一度、例の撮影会に参加したとき、姫と消防士さんと姑さん、三人で途中出払ったんだ。セバスチャン君に聞いたら、消防署に何やら忘れものをしたから、取りに行くって。でも、あれ、デートのカムフラージュに決まってる。ボク、聞いちゃったもん。息子には悪い虫がついちゃったけれど、少なくともミホちゃんには、ちゃんとした恋人とお付き合いして欲しいから、とか何とか。ムッキーッ」
私情が入りまくりの観察っぽいので、少し割り引いて言葉を受取る必要、あるみたいでは、ある。
「取巻きのオタク君たちが、太り始めた姫を敬遠する……ていうのは、ないのかな、白石さん」
「ポッチャリ十字架に書かれた、体重の数値は、しっかり増えてます。けど、顔が丸くなったり、おなかがポッコリ膨らんじゃったり、そういう目に見える変化は、ないみたいで」
むしろ、目に見える変化は、取巻き君たちにある、らしい。原田消防士への嫉妬が酷く、彼が指導に来るたびに、サークルには殺伐とした雰囲気が漂う、のだそうだ。
「じゃあ、オタク君たちを直接焚きつけるほうが、成果は上がるかな」
「それも難しいと思います、庭野センセ。セバスチャンさんが、オタクさんたちを、なだめたりすかしたり、説得してますよ。なんでも、もうすぐ彼も仲間になるからって……我々と同じ熱狂的にミホ姫フリークになるから、もうしばらく生暖かい目で見守っててくれって。あれだけベタベタ・イチャイチャした写真を見せつけられた後なのに、オタク君たちの反乱? をちゃんと沈静化してみせました。地味で目立たないようにしてますけど、隠れた強敵です」
「やれやれ」
新しい作戦は、すぐには思いつかなかった。
けど、敵の全容が知れただけ、会議の意味はあったかもしれない。
ヨコヤリ・ママがいない時でいいから、潜入捜査を頼む……と私はヨコヤリ君その人に頼んだ。
お開きにする直前、古川さんがポツリと言う。
「その。原田消防士さんが、姫をこっぴどく振れば、終わる話じゃないんですか」
コロンブスの卵的な発想だけれど、白石さんは拒否した。
「第二、第三の姫が出てきたときも、通用する撃退方法であって、欲しいんです。姫は片手間だけれど、もっと本気でタケヒト君を好きになる人が出てきたとき。自分と同じくらいか、自分以上にタケヒト君を好きっぽい人が出てきたとき。ライバルが私より気持ちで上回っていて、タケヒト君をより幸せにしてくれそうなら……当たって砕けて、その上で彼氏を譲る、かな」
もちろん、簡単に負ける気は、全然ないですけどね……と白石さんは続ける。
「そもそも、ミホちゃんに、私に対する意地はあっても、タケヒト君に対する愛情、みたいなものはないと思います。最初っから好きでもない相手に振られたって、姫はめげないタイプですよ」
木下先生が肩をすくめた。
「白石さん。丸森さんの性格は、なんだって分かってるみたい」
白石さんは、複雑な笑みを浮かべて言った。
「親友ですから」
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