第4話 既に交際している段階なのに、方法論にアプローチと名付けるのは、変?
「まず最初に。浮気されたという事実は、1つの事実でしかないですが、その解消法というか解決法というか、泥棒猫さんへの制裁には、大別して二通りあることを、確認しておきましょう」
我が家の二階には、桜子の祖父母が孫のためにと残しておいた、児童書の書庫がある。この日、珍しく外は冷えていたけれど、窓を閉め切って、日なたのフローリングにゴロンと横たわると、昼寝に最適なパラダイスが、できあがっていた。
「てか、タクちゃん、なぜに丁寧語」
「塾の講義と一緒で、この口調のほうが説明しやすいんだ」
「ふーん」
予め、トレーニングのために着替えが必要かも、と言い渡していたので、白石さんはエンジのジャージ姿。桜子はパジャマ代わりの上下スエットというだらしない恰好である。ボストンバッグに衣装をいっぱい詰めて、フーフーヒーヒー言いながら、我が相談者は階段を上ってきた。
「疲れた。休憩」と自ら宣言する白石さんにつきあって、桜子もゴロンと床に横になる。そもそも、我が姪は寝巻姿なのだ。
娘ッコ2人は、当然ように児童書を枕に横たわると、グウグウ寝息をたて始めた。
「君ら、話、聞く気、ある?」
「あるある。遠慮なく続けてよ、タクちゃん」
まあいい。
「……これはちょうど、水泳をしていて溺れた時の対処方法に、似ています。水をガブガブ飲んでしまい、瀕死の状態になっているという事実は、1つの事実でしかない。けれど、そんな患者さんを大病院に連れていって蘇生してもらう時には、対処方法、別れるそうです。私も医者でないから、本で読んだ話。救急科外来では、患者さんが溺れたのは海水か? 淡水か? と質問されます。そう、海水で溺れた場合と淡水と溺れた場合で、蘇生方法が違うのです」
「ふーん。で?」
「浮気された場合、本人の気持ちが癒えるかどうか、とか、彼氏さんに猛省を促す、あるいは別れる……という自分たちの事情の処理は、基本的にルートは一通り。でも、その泥棒猫さんへの対処、制裁あるいは仲直り……という段になると、ルートは二通りに別れるのです。淡水海水と一緒、ですね。その一。泥棒猫さんが、本命彼女さんの知人友人その他知己だった場合。その二。全くのアカの他人、の場合」
「はい、タクちゃん」
「何かな、我が姪よ。質問は最後まで説明してから、して欲しいんだけど」
「カナデちゃん、本格的に寝てる」
「おいっ」
「こんな講義でも眠くなるなんて。塾が流行らなくなってく理由、分かるような気がする」
「妹尾先輩に、特別レクチャー、頼もうかな……」
危機感のない相談者を起こして、私は話を続けた。
「泥棒猫さんが全くアカの他人、というのは比較的新しく出てきたパターンと言えるかもしれません。つまり、普通に彼氏彼女として交際していれば、お互いの人付き合いの範囲というの自ずと分かるようになってきます。彼氏が浮気したとして、彼氏の交友範囲に泥棒猫さんがいれば、女のカンというヤツが働いて……いや、働かない人もいるでしょうけど、そういう場合でも気づいてくれる知人友人たちがいたりするわけで、普通は、人間関係をたどれる。でも、このインターネット時代は違います。情報空間だけで、浮気相手に繋がれる。全くの交遊関係がなかった人と、浮気ができてしまう時代なのです。それで、浮気相手への対処方法は二通りになります。
一つ目。浮気相手が知人だった場合。自力で、あるいは友達等に頼んで、泥棒猫さんを追い詰めることができる。
二つ目。浮気相手が全くのアカの他人だった場合。その相手を探して特定するところから『プロ』や『セミプロ』のお世話にならざるをえない。この『プロ』『セミプロ』というのは、具体的に言うと、探偵や弁護士、あるいはコンピューター等に詳しい技術者やオペレーター、とかになります」
「タクちゃん、質問」
「はい、桜子さん」
「一介の女子高生が探偵や弁護士、雇えるわけないじゃん。今回のカナデちゃんの浮気相手? は姫だったわけだけれど、ネットでつながったアカの他人だった場合、どーしろって言うわけ?」
「まあ、どちからと言えば社会人向けだということは、認めよう」
「どちらか、じゃなくって、モロ社会人オンリーだってば」
「……頼るのはプロ、だけじゃなくって、セミプロも、と言ったはずだよ。たとえば、学校のパソコンオタクとかで、ネットに詳しいセミプロに調査を頼んで、相手を特定する。そして、この手の仲裁が得意な親戚のオバサンや、高校OGの先輩に、中に入ってもらう……とかの場合も、私の言うプロ頼み、です」
分かりやすく話を進めるための、方便だ。
「泥棒猫=知人友人の場合」自分たちで、「泥棒猫≠知人友人の場合」プロに、と二分したけれど、もちろん厳密な区分というわけじゃなく、実際の対処ではいくらかずつ混じりあうだろう、とは思う。
「ここまでの結論。冒頭で述べたように、浮気相手の調査特定には、二通りの仕方があるよ」
「ふーん」
「調査……浮気相手の特定においてプロ・セミプロを使うかどうか、というだけでなく、泥棒猫さんへの制裁においてでも、知人友人かそうでないか、という点で、対処法は二分できます。前回、勝利条件を確定させるとき、白石さんが言ってましたよね。
親友と恋人を、同時に失いたくないって。
既に浮気前に人間関係ができている場合には、それに引きずられて、制裁するにせよ、ウエットなニュアンスがつきやすい。他方、全くのアカの他人なら、ドライに切って捨てることができる。具体的に言えば、結婚している例なら分かりやすいと思うけど、相手が見ず知らずなら、躊躇なく法律に訴えられる、心理的なブレーキがかからないで済む、とか、そういうことです。他方、相手が友達とかだった場合、色々と忖度が入ってしまうかもしれない。泥棒猫さんには泥棒猫さんなりの事情があり、彼氏をとるか親友をとるか、二択問題になっちゃう可能性も、あるかもしれない」
「ねえ、タクちゃん。私ら相手に、この前振りって、いるのかなあ」
「いらなかったかもしれない……まあ、最初から最後まで、理性的に浮気対処できれば、の話だけれど。感情が先立てば、『訴えてやる』とか『トコトン意地悪して自殺まで追い込む』とか、できないこと・やっちゃいけないことを言い出す場合があります。逆に、迷いに迷って決断できない場合、デモデモダッテって言い方をしますが、優柔不断しているうちに、制裁のタイミングを逃してしまうことも、ありうる。『泥棒猫=アカの他人』ケースの機械的な制裁が念頭にあれば、自分のすべきこと・ポジションを忘れずに、浮気対処できるだろう、という老婆心です」
白石さん、ここまで、理解できたでしょうか? OK?
「OK……だけれど、そもそも私の相談内容と、全然関係ないような」
「カナデちゃん。それ、さっき、私が言った」
どうも彼女は睡魔に負けつつあるようだ。
コーヒーブレイク……それも、思いっきり濃いブラックを皆で堪能してから、続きを語ることになった。
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