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 ひとしきり吐いて顔を上げると、近所から音を聞きつけた住民が集まってきている。


「もしもし、あの、救急車? これって警察ですか……? あの、人が地面に……、あの、落ちてきて……」


 要領を得ない言葉で、白石がどこかに電話をしている。


「はい、じゃあお願いします。一一〇番ですね……、はい、かけます」


 どうやら救急車を呼んだようだ。


「警察ですか。あの、人が飛び降りて……。場所は■■■■■の『リバーサイド■■南』の前です」


 しばらくして、白石が美海子の背中を撫でた。


「大丈夫ですか」


 呆然としていた美海子は、その感触で我に返った。慌てて立ち上がる。


「あ、あ……はい」


 どうしても正面を見ることが出来ない。


 警察と救急車が来るまで、美海子と白石は突っ立っているしかなかった。







 白石の証言で、遺体は亜都里だと確認された。最後に会った一日ついたちのときと同じ服装だったからだそうだ。美海子も事情聴取された。正直に最近様子がおかしかったことを話した。


 何度も何度も同じ事を聞かれて、ただ自死の現場に居合わせただけなのに、何故こんなにしつこく事情聴取されるのか訳が分からなかった。


 警察がやけに不審がっていたのは、同じような自死が『リバーサイド■■南』で何度も起こったからだそうだ。


 亜都里がどこから飛び降りたか、それを何度も美海子は警察に聞かれたが、美海子は観てないから分からないと伝えた。警察はベランダに鍵がかかっていたことから、窓が開いていた向かいのビルから亜都里が飛び降りたのではないかと考えているようだった。


 確かに、向かいのビルの三階の窓はいつも開けられている。しかし、亜都里の状態は、どうしても三階以上から飛び降りなければ理屈があわない。少なくとも十階以上の場所から飛び降りたような損傷だったらしいが、周囲にそんな建物はない。


 しかし、それも結局説明が付かず、亜都里は自死と言うことになった。


 その後、家族が引き取りに来たらしかったが、葬儀の案内は一切来なかったそうだ。





 


 亜都里が自死しても、美海子の日々はいつもと変わりない。


 新人が欠けたおかげでまた仕事量が増え、毎日忙殺され、疲れ切って帰ってくる。帰ったら何もしたくない。コンビニで夕飯とビールを買って、ロフトで食べるのが習慣になった。


 マンションの階段を三階まで上り、廊下に出る。一旦立ち止まって、廊下の突き当たりに視線を向ける。何も考えないようにしながら、足早に自分の部屋の前まで行って鍵を開けた。


 誰もいない部屋に向かって、「ただいま」と声をかける。電気を点けるがどこか薄暗い。


 足下には脱ぎ散らかした服が散乱している。ゴミ袋やゴミ袋に入りきれなかったビールの空き缶が服の中に埋もれていた。


 美海子はロフトに上がって、着替えずにそのまま座り込み、コンビニ袋からビールを取り出した。


 無言で一口煽って、ロフトから部屋を見下ろす。


 居心地が悪くなってどのくらい経つだろう。下にいたくない。ロフトだと安心できる。


 そう考えながら、弁当の包みを破った。

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