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『ラッキールームさん?』

「はい。伊東様、お久しぶりです。ラッキールームの白石です。いつもお世話になっております」

『リバーサイド■■南について知りたいって?』

「はい、そうなんです」


 オーナーも実はあのマンションで苦労していた。事故物件ではないのにとにかく縁起が悪い。何度もお祓いをしたにもかかわらず、ボヤが出たり住人が夜逃げなのか失踪したり、ろくなことがない。家賃も相場より二万円も落としたのに、なかなか借り手が見つからない。ほとんどの部屋が空室で、入居しても三ヶ月保たない。厄介な物件なのだ。


 その物件を「安く」という条件付きでオリエント株式会社の社宅に推してくれたのが、ラッキールームの社長だった。それで、社長と伊東は懇意にしているのだ。


 なので、マンションの質問には快く答えてくれた。


「わたしも調べたんですが、■■■■■の周辺には遊郭があったそうですね」

『へぇ、そんな古い話を持ち出すなんて、何を調べているんですか』

「マンションが建つ前は駐車場だったと聞きましたけど、その以前は何か建物はあったんですか?」

『あそこねぇ、火事がよく出るんですよ。駐車場で長いこと土地を寝かせてはいたんですけどね、やっぱりなかなか悪いものは取れないみたいだねぇ』

「駐車場の前は何が?」

『アパート。でもわたしが所有したのは取り壊したあと。それからすぐ駐車場にしたんですよ』

「火事とおっしゃってましたけどアパートの時もボヤが?」

『いやいやいや、ボヤどころか、ガス自殺があってね。あの当時はガス自殺多かったんですよ。なんででしょうねぇ。死ぬのが楽だって思うんですかねぇ。で、そのガスが爆発して全焼したそうですよ』

「全焼……。亡くなった方は女性?」

『さぁ……、男性だったかなぁ』

「あの、その前は何だったんですか?」

『アパートの前は一軒家でしたかね。親子心中があったんですよ。無理心中ですね。わたしがまだ中学生の頃だったから、そりゃあ、えらく騒ぎになってねぇ。家は残ったんですけど、女の幽霊が出るって有名になっちゃって。忍び込む悪い子供がたくさんいてねぇ、時効ですから言っちゃいますけど、わたしも肝試しに入ったことがありますよ。でもね、やっぱり縁起が悪いでしょう。その当時の家主さんがアパートに建て直したんですよ。まぁ、わたしはそういう風に聞いてますね』


 火事の原因とは言わないが、火事に関連する事件があったことは分かった。白石はあのマンションの建つ土地に何か決定的な原因があるのではないかと踏んでいた。


「それ以前はご存じですか?」

『それ以前ねぇ……、わたしもあの土地の前が何だったか、分からないですよ。戦後、どさくさに紛れて所有者がコロコロ変わったというのは知ってますけどね』

「何も曰くはないんでしょうか?」

『曰くなんてないですよ』


 少ししつこくしすぎたせいか、伊東の声が強ばっている。


「マンション周辺の土地は昔なんだったんですか?」

「そうですね、お寺があったみたいですね。当時すでに跡地だったですけど。そのせいかねぇ、マンションを建てるとき、掘り返してボーリングするでしょ? そのときにやたら古い骨が出てきて参ったねぇ。ま、江戸時代後期の骨で鑑識する必要なかったから埋めちゃったけど。ちゃんとお祓いはしましたよ。確か、あの寺跡地は遊女を埋葬する投げ込み寺だと祖父が言ってましたね」


 白石は自分が調べたことと伊東が知っていることが一致して、腑に落ちた。


 やはり、あの赤い腰巻き姿の女性は遊女だったのだ。


 それにしてもマンションの下に哀れな遊女の骨が埋葬され、なおかつそのまま埋め立てられていたとは。


「お寺があったんですね。良かった……、住人の方からクレームがあったものですから。これで説明できます」


 白石は自分の好奇心で訊ねたわけじゃないことを強調して、礼を言った。


「クレームねぇ。他の空室、早くどうにかしてくださいよ? あのマンション、空室続きでほんとに参ってるんですから」

「はい、ご迷惑おかけしますが、努力させていただきます!」


 白石はあのマンションを人に勧めるのは、到底難しいと思いつつも、伊東には努力すると約束してしまった。社宅はいずれ埋まると思うし、借り上げている会社が家賃を納めてくれている。あとは四階から六階の三号室の空室をどうにか出来ればと思った。


 穴が開いてさえいなければ、あのマンションはとてもいい物件だからだ。確かに駐車場に幽霊はいるが、人に害意があるものではない。


 何が原因かなんとなく予想が付いた白石は、根本的な解決が出来るか考えることにした。


 ただ、何度もお祓いをしても効果が無かったから、別のアプローチが必要かもしれない。


 そんなふうに考えていると、後ろから声をかけられた。


「白石さん」


 ぎょっとして振り向くと社長が立っていた。


 言い訳しようと口を開いた白石に、社長が念を押すように忠告する。


「白石さん。あそこ、因縁がある土地だからこれ以上調べないほうがいいよ」


 電話で話していることを社長に知られて白石は気まずくなってしおらしく謝った。


 真面目に仕事に戻ることにして、管理している他のマンションの書類をまとめ始めた。

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