投げ込み寺 【 白石 】
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賃貸と管理を営んでいるラッキールームにゴールデンウィークは関係ない。地元に根付いた中小企業で、仕事のほとんどが古くからのお得意先や知り合いの伝手によるものだ。
ゴールデンウィークの中日も休みはない。白石も例外でなく、ゴールデンウィーク休暇は連休が終わってから何日か取ると言うことになっている。
マンション管理業もゴールデンウィーク中は呼び出しなども少なくて、社内でのんびりと事務処理に明け暮れる。
と言いつつ、白石は『リバーサイド■■南』の地下で見た、半裸の女の幽霊のことが気になって仕方なかった。あの幽霊が火事に関係しているかはともかく、髪型と半裸であると言うことだけで遊女っぽい気がする。
あれから一度マンションの地下ゴミ集積所に行ってみた。
やっぱり女が同じ場所に立っている。
白石はゆっくりと近寄り、会話が出来るか試みた。
『あなた、どうしてここにいるの』
女は黒い眼窩を宙に向けて白石のことなど視界にない様子だ。
『何かしてほしいことでもあるの』
あと二メートルで女の側に立つところで、黒い眼窩が白石を捉えた。
『ね……』
言いかけた途端、下水が空気を吐き出すようなゴボゴボという音を立てて黒い液体を、女が吐き出した。床に吐瀉物が広がる。吐いた勢いで跳ね返りが白石の足下にまで飛びはねた。怯んだ瞬間、女が消えた。結局接触は失敗に終わったが、二度目にようやく近くで観察することが出来た。
下半身に巻かれた腰巻きは汚物塗れで、張りのない肌からして脱水しているようだった。何か病気で死んだのか。
図書館に行ってこの辺りの風俗などを調べたら、江戸や明治のころの■■■■■がどんなだったか分かるかもしれないが、残念ながら調べに行くだけの時間が無い。
ただ、これ以上ボヤを出したくないし、もしもマンション自体が問題であるなら、女について調べるのは必要なことだ。
正確な情報ではなくても、この辺りの歴史についてはネットに何らかの形で記載されているかもしれない。
幽霊が出る理由を知りたい。それを調べられれば、何故火事、火に纏わる事故が多いのか分かるだろう。
事務処理が一段落付いたので、白石は『■■■■■の遊郭』について検索した。やはり、遊郭は存在し、『リバーサイド■■南』の近くに碑が建っているらしいことも分かった。ただ、当時のことを調べると遊郭は■■■■■の周囲にあったようだ。『リバーサイド■■南』の立っている場所には寺があり、明治に入ってから移転していた。遊郭があった頃は江戸時代。江戸時代で病気が流行ったか検索した。
まずヒットしたのは『コロリ』だった。『コロリ』とはコレラのことで、十中八九死んでしまうという当時では致命的な病気だった。江戸後期安政二年、西暦で言うと一八五五年にコロリがN県の遊郭で流行り、遊郭伝いに蔓延して多くの遊女達がコロリの猛威に襲われた。
コロリが流行るとどうしても無防備に粘膜や肌を接触させる遊郭で流行が拡大する。おそらく数え切れない程のコロリ患者が亡くなったと思われた。
亡くなった遊女は当時■■■■■にあったと言われる寺で埋葬されたとあるが、他のサイトでは遊郭のそばの寺に死んだ遊女を投げ込んで埋葬していたと記載されていた。
そういった寺は各地にあるようで、投げ込み寺という異名を持つ。例えば、コロリが江戸で流行ったときにどのように埋葬してたかというと、最初のうちはちゃんと棺桶に納めていたが、あまりにも死者が出始め、埋葬が間に合わなくなりとうとう穴を掘って、その中にコロリにかかった遊女を投げ込んで燃やしたとあった。
遊女はこうやって埋葬されるのが当たり前で無縁仏となる。あの女の幽霊もその一人だったのだろうか。それなら腰巻きが汚れているのも痩せているのも合点がいく。
燃やされたとき、もしかしたらまだ生きている遊女もいたかもしれない。その生きたまま焼かれた遊女がああして恨めしげに出現するのだろう。だとしたら、これは生半可な霊障ではない気がした。しかし、これは推測に過ぎない。
ロードマップを表示させて、■■■■■の道をくまなく見て回ると、遊郭跡地の碑があった。だいたい裏付けが取れたが、マンションが建つ前は駐車場だったという情報しか白石は知り得ない。
『リバーサイド■■南』のオーナーは伊東と名前の男性だ。代替わりしたばかりなので情報は知らないかもしれないが、聞いてみる価値があると踏んだ。
早速電話をしてみる。オーナーもゴールデンウィークに行楽に出掛けている可能性があったが、運よく電話に応答があった。
「もしもし、いつもお世話になっております。わたくし、ラッキールームの白石と申します」
『はい、どうしたんですか』
電話の向こうから聞こえてくるのは壮年の男性の声だった。おそらく、代替わりしたオーナーの息子さんだろう。
「伊東様、お伺いしたいことがあってお電話差し上げました」
『はい』
「リバーサイド■■南についてお伺いしたいんです。以前お世話になったお父さまから聞いたのですが、マンションが建つ前は駐車場だったと」
すると、電話の向こうで、「ううーん」と唸る声が聞こえる。
『わたしは土地の謂れやらそう言うの、聞いてないんですよ。父に代わりましょうか』
「ありがとうございます。お願いします」
そう言い終わる頃に保留音が流れ始める。『エリーゼのために』がひとしきり流れたあと、しわがれた老齢の男性が電話に出た。
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