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F市からK市まで国道を通って向かう。F県だと天台宗K寺と他一寺でしか手に入らない護符を手に入れるために行く。白石も日頃から恩恵に与っている護符だ。霊験あらたかで、部屋に貼っておくと明らかに霊を除くことに効き目があるようで、ある一定期間変なものを部屋で目撃することが激減する。
これを亜都里に渡して部屋に貼らせることで、少しでも穴の影響を弱らせることが出来るのではないかと考えたのだ。
K寺に念入りに参拝したあと、御守りや護符を販売している窓口へ行き、角大師護符を自分と亜都里用に二枚購入した。
護符と言われる半紙には、頭から二本の角を生やした黒くて醜い歪な鬼が描かれている。これだけ見ると禍々しい護符に見えるが、病魔や厄を除けてくれるものなのだ。
本当にこれだけのためにK市まで来たが、目的を果たして白石は達成感を覚えた。
これで必ずとは言わないまでも、少しは状況が変わるのではないかと期待する。亜都里だけでも忌まわしい何かに引き込まれないように出来るかもしれない。亜都里自身はこんな物をもらっても迷惑だろうし、白石自身もお節介だと自覚していた。
昼過ぎにはF市に戻ってきて、自宅からリバーサイド■■南まで歩いていく。一応一筆したためて、封筒に護符と一緒に入れておいた。
『もしも変なことが部屋で起きていたら、気休めかも知れませんが部屋に貼ってみてください』
彼女が留守なら、この封筒をポストに入れておこうと思った。
マスターキーを保っていたが、いきなり部屋のインターフォンを鳴らすのは驚くだろうから、白石はアプローチのインターフォンを鳴らした。
しばらくして、『はい』と亜都里の応答があった。
「中里さん、白石です」
多分、白石の顔は亜都里には見えている。だからか、亜都里の固い声音が安心したように和らいだ。
『白石さん、どうしたんですか』
「お渡ししたい物があって」
すると、自動ドアが開いた。白石は階段で三〇三号室に向かった。
玄関に出てきた亜都里はげっそりとやつれ、かなり痩せてしまっていた。この三週間で亜都里に何があったのか、白石は不安を覚える。
ドアの隙間から見える廊下はまだ荒れていない様子だ。亜都里も痩せている以外に気になる点はなかった。
ただ、中に入らなくても部屋から漏れてくる焦げた臭いと異様な雰囲気に白石は身構える。渦を巻きながらぽっかりと口を開ける黒い穴が脳裏に浮かぶ。
本当に亜都里はなんともないのだろうか。白石は震える手で封筒を持ち、亜都里に差し出した。
亜都里が不審そうな表情を浮かべて、差し出された封筒を受け取った。
「少しでも変なことが起きたら、これを部屋のどこでも良いので貼ってください。気休めかもしれないですけど」
「これ、何ですか?」
亜都里に尋ねられて白石は正直に説明する。
「お寺でいただいたお札です。魔除けのお札なので何かあったら防いでくれると思います」
亜都里が封筒を見つめて呟く。
「お札……ですか?」
「お札です」
白石を見る彼女の目が不安の色に染まっていく。何か言いたそうにしているけれど、言うことを躊躇っているようにも見える。
「何かありましたか?」
亜都里が言えないなら、白石のほうから切り出せば良いと思い切って訊ねてみた。
「……何も。ちょっと疲労が溜まってるみたいで」
強ばった笑顔を浮かべて、亜都里が「お札、わざわざありがとうございます」と頭を下げた。
「あ、いいえ。気にしないでください。もし気味が悪かったら貼らなくて良いので。身につけてるだけでも違うから。すみません、休日の時間に押しかけてきて」
白石は慌てて、「それじゃあ、失礼します」と頭を下げる。
「ありがとうございます」
亜都里が何度もお礼を言いながら、バタンと鉄扉を閉めた。
嫌がらずに護符を受け取ってくれたことに安堵のため息が出た。貼るか貼らないかは分からないし亜都里の意思に任せるけれど、護符があの部屋にあるという事実だけでも何かが違うと思った。
そして週が明けた月曜日の朝、岩井が遺体で発見された。
マンション前の道路で焼死体となって横たわっていた岩井に気付かず、車が誤って轢いてしまうという痛ましい事故が起こった。通報の知らせを受けた白石が駆けつけたときには、近所の野次馬が集まりやいのやいのと騒いでいる。警察がブルーシートで事故現場を囲っているところだった。
遺体が岩井だと分かったのは午後で、被害者が住んでいたマンションの前で見つかったことから、白石は事情聴取を受けた。
「被害者と言うことは事故死とか自殺じゃないってことですか」
すると、警官がいかめしい表情を浮かべる。
「まだお答えすることは出来ません。それで、岩井さんはいつからいなくなったんですか? 一昨日の土曜日にご家族から失踪届け出ていますが」
「そうです。岩井様のお母様が来られて、警察に失踪届を出されました。いつ頃いなくなったかは分からないですが、ポストに一週間分くらいチラシが入ってました」
おそらく、岩井の母親も呼ばれているだろう。そのときに失踪時の部屋の状態など聞かれるかもしれない。
「それにしても以前他にも住人の方がここで自殺されましたよね」
気になる人間などはいないかなどと訊ねられたが、白石は住人のプライベートに関しては知りようがなかったので、正直に分からないと答えた。
人間関係など近隣トラブルも訊ねられたので、岩井がトラブルに巻き込まれて殺されたのではないかと疑っているようだ。今までの不審火も理由に含まれているのだろう。
自殺ではないのなら当然そうなるだろうと白石は音を立てないように静かにつばを飲み下した。
この通りで不審な自殺が何度も起こっている。それもリバーサイド■■南の住人ばかりだ。投身自殺だったり、やはり焼死だったり。投身自殺の時、どこから飛び降りたか分からなくて、結局向かいの商社ビルの窓から落ちたのだとされた。マンションのどの部屋もベランダの鍵はかかっており、屋上へも出られなかったからだ。
警察が教えてくれなくても、近隣の噂好きの住民がマンションの住人に嫌でも口伝えて来る。どうも焼死した被害者はここで焼け死んだのではなく、別の場所からここに遺棄されたのだという。それで不審死だと警察は疑っているのだ。
結局、殺人事件と言うことになり、ニュースでも報道されたのだった。
ほとぼりが冷めるまで、このマンションの内見を冷やかしで来る客が増えるだろうと、ラッキールームの社長は頭を抱えたのを見て、白石もため息を吐いた。
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