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 夜空の雲に地上の光が反射して空が灰色がかっている。すっかり日も暮れて、ネカフェを探す為に繁華街に足を伸ばしてみた。


 人通りの多い道を歩いてネカフェを探してみる。繁華街から少し外れたバス通りを歩いていると、大きなカラオケ店が見つかった。うるさいけれどここに泊まっても良いかもしれないが、一夜を過ごすには料金が高すぎる。屋台が並ぶ通りに沿って歩いていると、難なくネカフェを見つけることが出来た。


 会員証を作り、先に料金を払って部屋番号を教えてもらう。


 隣とは仕切りで隔ててあるだけの簡易な個室に入ると、横になれるマットが敷かれてあった。デスクには大きなモニターのデスクトップパソコンがある。飲み放題のコーヒーを持ってきてデスクの前に座った。


 しばらくはネットサーフィンをしたり、映画を見たりしていたけど、次第に飽きてきた。


『リバーサイド■■南』の他に空いてる部屋があるか、ちょっと調べてみようと思い立ち、検索してみたけど、なんてことはない。管理会社のラッキールームが、マンションの他の部屋の賃貸情報をホームページに掲載していた。


 六階の一室が空いているようだ。部屋の内装は三〇三号室と同じだったが、築浅にもかかわらず、家賃は相場の半額以下だった。同じ条件で検索に引っかかった他の物件が掲載されていたので見てみたら、家賃は倍額、八万円だった。『リバーサイド天神南』には何か曰くでもあるのか、どうしてこんなに家賃に差があるのか、知識のないわたしには分からなかった。


 画面を見ながら他の情報を探そうとしたけど、眠くなって目を開けていられなくなったのでそのままマットに横になって眠った。




 何か激しく爆ぜる音がする。小学校の野外学習でキャンプに行ったとき、夜にみんなでキャンプファイヤーを囲んだ。そのときに耳にした音だ。木が爆ぜる音や木琴を叩くような軽快な音と同時に低い声で唱えるお経も聞こえてくる。お経に気付いた途端、その声がますます大きくなった。


 燃える何かをキャンプファイヤーのように囲んで、だれかが大声でお経を唱えているのだ。


 辺りは焦げる臭いで充満している。木片が燃えるような焦げ臭さとは違う。同じ焦げ臭いけど、髪の毛が燃えるような鼻につく嫌な臭いだ。


 臭いと共に辺りが真っ黒い煙に巻かれていて、その煙の合間からオレンジ色の炎が揺らめいているのが見える。


 風が吹き、煙が流れる。地面に大きな穴が空き、その中が激しく燃え上がっている。積み重なった黒い塊が爆ぜながら炎を上げているのだ。


 わたしはもっとよく見ようと上空から近づいてみた。


 穴の中には黒いマネキンが数え切れないくらい放り込まれている。近づけば近づくほど、炎が舌を伸ばして黒いマネキンをなめ回しているのが分かる。


 音を立ててマネキンの表面が割れた。炎が同時に高く伸び上がり、わたしの足先にまとわりついた。あっという間に青く燃える炎が足全体を包み込む。痛みに声を上げて足をばたつかせるけど、痛みが足から全身に広がって逃げようもなく、叫びながら炎に巻き込まれた。




 目を開けると天井が見えた。心臓がまだ激しく鼓動している。慌てて足に手を当て起き上がった。やけどもない白い足にほっとする。何度か撫でた後、声を上げてしまったんじゃないかと思って慌ててドアを少し開け、外廊下の左右を見回した。


 スタッフも他のお客さんも誰も廊下にいない。もう一度ほっと息をつくと、自分が汗まみれになっているのに気付いた。布が肌にまとわりついて気持ちが悪い。ハンカチで額とうなじを拭う。夢に疲れてしまって呆然としてしまう。


 いつもの悪夢を見た。動くのも億劫だったけど、テーブルに置いたスマートフォンを手に取り、メモ帳を開くと夢の内容を思い出せるだけ書き連ねた。前まではノートに書き留めていた夢日記だったけど、アルバイトのお金でスマートフォンを買ってからはメモ帳機能を使って記録している。


 義姉が勝手に部屋に入ってものを漁るから、ノートを隠すのが大変だった。義姉は探すのが雑だったから良かったものの、初めて見られたときは散々罵られたものだ。


『何これ。これって竜樹が言ってたアレ? 自分には超能力があるって思い込んでるんだって? 痛いわぁ、気持ち悪っ。そんなんだから友達がいないんだよ』


 義姉の言葉が脳裏に蘇る。超能力かどうかは考えたこともなかった。ただ、夢を覚えておかないと、もしも本当に同じ事が起こるときに気づけない。悪夢を回避するには同じ行動を取らないようにしないといけないから。小さい頃は自分を犠牲にして他人を助けてたけど、今はもう自分を助けるだけで精一杯。


 とても悪い未来を避ける為には、夢とは違う行動を取って小さな災厄に収めるしかない。わたしの怪我が絶えないわけはこういうことなのだ。


 将来、家事か何かで怪我をするのだろうか。でも、いつも見る夢となんだか様子が違っていたように思う。わたしは宙に浮いていたし、見下ろした先にはたくさんのマネキンが燃やされていて、とても非現実的だった。


 こんな曖昧な夢は初めてだったから、日記を付けながらなんだか納得のいかないものを覚えた。


 まさか、これから住むマンションに関係しているのだろうかと心配になった。いわゆる事故物件じゃないか? 家賃が安い理由にもなるし。だから、テレビでチラリと耳にした事故物件サイトを、デスクトップパソコンで検索してみた。


 住所を入力すると地図が出て、たくさんの炎のマークが表示された。緊張して胸が鳴る。『リバーサイド■■南』を見つけて拡大してみたが、ひとつも炎マークはなかった。向かいのビルにはいくつか炎が重なっていて、『飛び降り』という文字と日付が一緒に記されていた。


「よかったぁ……」


 事故物件じゃないことに安心して思わず声が漏れた。


 スマホのロック画面を表示させて時刻を見るとまだ夜明け前だった。二度寝して朝になったら、ネカフェを出てマンションの部屋に戻ろうと思い、もう一度横になった。

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