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久しぶりに登校すると、クラス中がざわついた。
「死んだと思った」
委員長が言った。
「だって、血まみれだったから」
そう続けて、とても残念そうな表情を浮かべた。
「中里はゾンビみたいだな」
わたしが助けた男子が言った。ノロイ女からゾンビ女に呼び方が変わっただけで、入院前と接し方は変わらなかった。それでも、男子は何となくわたしを避けてあからさまに弄ってこなくなった。男子がわたしを無視するのを見て、委員長もひそひそと耳打ちしながら、わたしをこっそりと見るくらいで何もしなくなった。
だからといって何事もなく平穏なわけではなかったので、わたしは休み時間や下校時間ギリギリまで図書館に籠もって過ごした。
わたしはひとりぼっちの時間を勉強に当てた。父母は娘を市立中学に進学させるのを恥ずかしいと思ったらしく、わたしに公立に入れと言い、必死で中学受験して公立中学から高校へと進学した。兄は私立中学高校へ進み、エスカレーター式に私立大学に入学した。
短大に入学してもわたしは相変わらず夢日記を付け続けた。あの日以降、死に関わる悪夢は見なかったけど、わたしに関する時だけ、夢の通りにすることを避けた。小さな厄災がわたしの身に起こったけれど、軽い怪我を負う程度で済んだ。
兄は大学在学中に結婚し、兄嫁と実家に同居するようになった。
元々居心地の悪い家だったけれど、兄嫁の為にわたしは部屋から追い出されて物置に移された。
「ごめんね、亜登里ちゃん」
優しい笑顔を浮かべて、いかにも済まなさそうにわたしに声をかける義姉は、本当に優しげに見える。
絵に描いたような家族。そこにわたしはいない。
兄嫁は兄と同じように父母の前では優しい義姉を演じた。
「亜登里ちゃんもお嫁に行ったら、ちゃんと家事を出来るのかな。これは練習。あとでちゃんと出来てるか、アドバイスするね」
誰もいなくなると、彼女はわたしを顎で使った。少しでも気に入らなかったら、「ちゃんとやってって言ったよね?」と、義姉は私の体の目立たない所をもので殴ったり、長い爪でつねったりして、義父母と同居しているストレスをわたしで発散した。
兄が選んだ女性だから端から優しさなど期待してなかったけど、家族のわたしに対する態度を見て、乱暴な扱いをして蔑んでもいいと思っているようだった。
義姉の不幸を願えば良かったけれど、どうしても出来なかった。夢で見たとおりに義姉が怪我をしたり失敗したりするのを無視出来なかったのだ。
彼女の気を反らしたり、邪魔をしたりして、彼女が大事に至らないように行動した。昔みたいに男子を庇って大けがをしないように、不審がられないように心がけた。
だから、わたしは家族からよく不注意で怪我をするのろまな娘だと思われていたに違いない。義姉も同じように感じているようだ。
四畳半の部屋で短大時代を過ごした後、早く家を出たくて、わたしは県外の会社ばかりを選び、ようやく福岡県の輸入雑貨販売をおこなっている会社の内定をもらった。
父母と兄嫁はわたしに裏切られたと思ったらしく、夜逃げするようにわたしが家を出るまで、ネチネチと責めた。
「パパとママといっしょに暮らしたほうがあなたの為ですよ。将来、パパとママのお世話は亜登里ちゃんがするはずでしょ? 竜樹ちゃんは家庭があるんだから、将来はこの家を出るでしょ。そしたらあなたしかいないじゃないの」
内定が決まったことをわたしが報告した後、兄嫁は二人きりになるのを待ってからわたしに詰め寄った。
「何考えてるの。あんたがここ出たら、誰があんたの親の面倒見るのよ。竜樹のことちゃん付けする気持ち悪い母親と暮らせって言うわけ? あたしが可哀想だと思わないわけ? あんたの親だよ。あんたが面倒見るのが筋だろ」
このままこの家にいて、家族の不幸をわたしが肩代わりするのはもう限界だ。言い返せずにいる私の体を力一杯義姉がつねった。長い爪がペンチのようにわたしの薄い皮膚をひねり上げる。痛みで顔を歪ませたら、彼女は何がおかしいのかニタニタと笑った。
「こうしてさぁ、わたしがあんたをしつけてやらないと。分かってるだろ? あんたは駄目人間、グズ、お荷物、寄生虫。せっかく追い出さずにいてやってるのに、出ていくなんてさ。一人で生きていけると思うなよ」
密かに就職先に問い合わせて、寮があるか確認したら、社宅ならあると返事をもらった。すぐに社宅を希望することを伝えて、メールで社宅の情報を手に入れた。S県から福岡県まで行き来するのは大変だろうと、全てメールでやりとりをして入社式の日までに入居する約束を取り付けることが出来た。
わたしは入居する前に内見を希望して、三月下旬、逃げるように実家を出た。
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