交わることのない上に伸びるスパイラル
森本 晃次
第1話 親友
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。今回もかなり湾曲した発想があるかも知れませんので、よろしくです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。呼称等は、敢えて昔の呼び方にしているので、それもご了承ください。(看護婦、婦警等)当時の世相や作者の憤りをあからさまに書いていますが、共感してもらえることだと思い、敢えて書きました。ただし、小説自体はフィクションです。ちなみに世界情勢は、令和三年十一月時点のものです。それ以降は未来のお話です。
K大学の三年生である榎田さくらは、同じ大学の同級生である桑原博人と付き合いだしたのは、今年の春からのことだった。今は秋なので、付き合い始めてから、ちょうど半年が過ぎたくらいであろうか。
この半年を長いと見るか短いと見るかは、その人それぞれなのだろうが、付き合っている二人もそれぞれ違った感覚を持っていたとしても、それは不思議のないことである。
大学では二人とも同じ学部であり、一年の頃は、名前の五十音も近いことから、語学のクラスも同じだった。
二人とも、何となくその存在は知っていたのだが、ずっと意識していたのは、桑原の方で、それは、二人が付き合い始めるきっかけになった頃に、桑原自身が、自分から告白したからであった。
「今だからいうんだけど」
というので、何を言い出すのかと思えば、
「僕は、入学当時から意識していたんだよ」
と恥ずかしそうにいうので、
「そうなんだ、嬉しいわ」
と、さくらは、素直に喜んでいた。
さくらも、桑原のことを、
「悪い人ではなさそうだ」
と思っていたが、それ以上意識することもなかったので、言われて嬉しかったが、それだけのことだった。
最初から両想いだったのであれば、
「こんな偶然」
と思うのだろうが、実際にはそこまでではないだけに、さくらは、素直な喜びを表現するだけだった。
それが、桑原には新鮮に思えたのだろう。お互いに好感は持てたが、告白した時に、さくらの方が、
「お返事は、少し待っていただけますか?」
と言われたのを、二つ返事で、
「はい」
と言ったのは、
「脈がなければ、少し待ってとは言わず、速攻で断ってきたに違いない」
と感じたからだった。
ただ、あまり待たされるのも辛いだけなので、
「お返事は早めに」
とも言っておいた。
人のことをすぐに好きになるタイプであり、告白しないと気が済まないという男なので、フラれることには慣れていた。
だから、返事を早めにと言えたのだろう。普通だったら、返事を早めになどというと、せっかちな男と思われることを警戒するが、それはそれで、問題ではないと思っているのだった。
だから、嫌われるのを覚悟で、言ったのだ。それよりも待たされる間のストレスの方が嫌だったのだ。
それくらいならむしろ、あっさりとフラれた方が気が楽だとでも思っていたのだろう。男らしいというか、何よりも自分の精神状態の方を優先するのだから、それだけ、ドライな性格だといえるのかも知れない。
返事まで一週間が、長かったというのは、当の本人だったからだろうか。むしろ短い方だと思っていたのは、さくらの方であり、自分では、
「早すぎたのではないか?」
と感じたほどだった。
実はさくらは戸惑っていた。桑原は知らなかったが、さくらはある理由から、
「彼氏は当分いらない」
と思っていたのだ。
さくらは、親しい友達に相談してみたが、
「よかったじゃない。さくらも、何もあなたが悩んだり考え込んだりする必要はサラサラないのよ。嫌なことは忘れて、あなたには幸せになってほしいってことなんじゃないの?」
と言ってくれた。
「私、幸せになっていいの?」
と、さくらは泣きながら訊ねると、
「何言ってるの当たり前じゃない。あなたに幸せになってもらわないと、どれだけの人が困ると思っているの? 私は絶対あなたを応援するわ」
とその友達も、泣き笑いをしながら励ましてくれた。
彼女の言葉がきっかけで、桑原に対しての返答は決まったのだった。
彼女とは、中学校kらの腐れ縁であった。
高校時代までは同じ学校に通っていたが、さすがに大学は違った。彼女の学力にさくらがついていけなかったのだが、それは仕方のないことで、大学は違う学校にはなったが、二人の仲が疎遠になるというわけではなかった。
却って、大学を別ったことは、余計に二人の友情を結び付けることになったのかも知れない。
そんな彼女の名前は中村かずさという。
二人は、同じ小学校だったのだが、お互いに、意識することはなかった。小学校の六年間で同じクラスになることはなかったのに中学三年間、同じクラスだったという、まるで判で押したような感じだった。
一年生の頃は意識はなかったが、二年生になって、話しかけたのは、かずさの方だった。
「榎田さんですよね? 同じクラスの」
と、かずさが話しかけてきたのは、学校からの帰り道という下校時間のことだった。
二人は通学路は同じようで、家も近所だったのだ。二人とも部活をしていたわけではないので、同じ時間に学校を出るのに、今まで会っていなかったというのは、本当はおかしい。
「え、ええ、確かあなたが、同じクラスの中村さん?」
と、さくらもさすがに分かっていたが、それまでm友達らしい友達を作ったことのなかったさくらは、声を掛けられたことでビックリしてしまった。
だが、かずさの方も、さくらが自分のことを知ってくれていたのは意外なようで、
「そうそう、私、中村かずさね。榎田さんとは一年の時も同じクラスだったんだけど、お話したこともなかったわね」
と言われて、
「ええ、そうね。私いつも無口で影が薄いから、あまり人と話をすることもないし、話しかけられても、どう返事していいのか困るので、気配を消していたの。だって、せっかく話しかけてもらっても、会話が続かないと、悪いじゃない」
と、さくらがいうと、
「そんなに謙遜することはないのよ。会話なんて、普通に言いたいことを言っていればいいのよ。最初からそんなに肩ひじ張っていたら、話したいことも口から出てくるはずはないわよ」
と、かずさは言った。
「それは分かっているつもりなんだけど、いざ話をしようと思うと、どうしても尻込みしてしまって、私がそう考えるから、お互いに変に気を遣ってしまって、次第に会話が途切れていくのが、目に見えるように分かるのよ」
とさくらがいうと、
「そんなことを言っているから、いつまで経っても友達ができないのよ。会話って合わせるものはなくて、自分を目立たたせるためのものだって思えば、少しは気が楽になるんじゃない? そう思うと、意手を自分の得意な会話に引き込もうというくらいの強引さがあった方が、榎田さんにはいいかも知れないわね」
と言われたので、
「私にはそんな得意な会話なんかないわよ」
という。すると、
「それは、自分でも相手の話を聞いて、勉強しようと思えば、少しは変わってくるわよ。その練習台くらいになら、私だってできるわよ」
と言ってくれた。
そお言葉が嬉しかったということが、彼女との腐れ縁が始まったきっかけだったのかも知れない。
「まずは、誰にも言えないような話を、私にだったら話せるというくらいの関係になりたいわね。私も、他の人には話せない話も、あなたになら話せるという気持ちになりたいもの」
とかずさはいう。
「うん、私もそんなお友達が本当はほしいって思ってたの。だけど、そんなことを思っているって、まわりから思われるのが恥ずかしかったのよ」
と、少しはにかむようにさくらがいうと、
「ふふふ、二人とも同じだったというわけね」
と、かずさがいうと、
「でも、中村さんは、臆面もなく話してくれたじゃない。結構緊張したんじゃないの?」
と聞くと、
「そりゃあ、もちろんよ。私だって、何て思われるかって思うと、怖いわよ。だけど、どちらかから話をしないと始まらないのであれば、私から話す分には、別にいいと思ってね。覚悟っていう感じではないんだけど、どちらかというと、開き直りなのかも知れないわね」
というかずさに、
「そうなのよ。開き直りなのよね。恥ずかしいと思ってしまうと、その開き直りというワードが出てこないというのか、会話できないことを自分の殻の中に感情が収まってしまうからなんじゃないかって思ってしまうんでしょうね」
と、さくらは言った。
「うんうん、そうなのよ。会話って、一方的なものじゃないじゃない。キャッチボールなのよね。こっちが期待している答えを相手が返してくれるとは限らないし、想像と違う答えが返ってくると、萎縮してしまうものね。でもね、相手の回答を想像できるだけでも、すごいと思わない? ちゃんと会話に向き合っている証拠なのよ。会話に緊張するっていうのは、結構皆、相手の答えなんか想像していないわよ。だから、言われたことになんて答えていいのか分からないの。榎田さんの場合は、そこまで考えているだけ、すごいと思うわ」
と、かずさは言った。
「そう言ってくれると嬉しいわ。でも、私の場合は臆病だからだって思うの。相手の答えを想像していないと、怖くてお話なんかできないと思うの。だから、どうしても、会話になると、相手を探るような感覚になってしまって、相手から警戒されるって思ってしまうのね」
と。さくらがいうと、
「それは、考えすぎなんじゃないかな? 相手が警戒しているわけではなく、あなたが、殻に閉じこもろうとするから、一歩下がって、気を遣ってくれているんじゃないかしら?」
とかずさは言った。
「そうなのかな? 一度、そう考えたこともあったのよ。でも、そう思っても、相手の態度は私の想定外だったの。だから、私の考えが違っていると思い込んでしまったのかも知れないわ」
というと、かずさは少し考えてから返事をした。
「うーん、確かにあなたの考えも分からなくもないんだけど、そんなに杓子定規になることはないんじゃないかしら? たまには深呼吸をするつもりで、会話に臨んでみると、相手への見方も少しは変わってきて、今まで見えていなかったものが見えてくるかも知れないわよ」
というかずさに対して、さくらは、
「う―ん、どこか一般的な考えを聞いているような気がするのよ」
というと、一瞬、かずさの表情が曇ったのを、さくらは見逃さなかった。
――やっぱり、怪訝な表情になった――
実は、これはさくら独特の陽動作戦だった。
たまに、相手をわざと怒らせるようなことを一言混ぜて、相手がそこで自分との会話を打ち切ろうとするならば、もうその人とは二度と話さないと考えるのだ。これを、さくらは、
「自分を守るため」
と思っていたが、このような行動をした後、何とも味気ない気持ちにさせられる。
罪悪感というか、背徳感というか。
「やってはいけない」
と自分でも感じていることをしてしまったという後悔に似た感情であった。
お互いに付き合ってみると、結構お互いの相性が合うというのか、うまくかずさが、
さくらに合わせているようだ。
かずさという女性は、人に合わせるところに長けていた。それでいて、あまり友達を作らないのには、何か理由があるのではないかと、さくらは思っていたが、その考えに間違いはないようで、さくらはどこまで分かっているのか、自分でも分からないようだったが、かずさという女性は、人を利用することにも長けていたのだ。
もっとも、相手を利用するために、人に気を遣っているところがあるというべきか、計算高いところがあるようだった。
どこかに遊びに行くとき、アリバイ作りにさくらを利用することも結構あったが、それは、実際は彼氏とのデートだったこともあったのだろうが、さくらを相手にそこまで露骨なことをすることはなかった。
実際に、かずさは、彼氏というものを作らない主義で、どちらかというと遊びのような軽い付き合いだった。
ボーイフレンドという言い方が一番近いのかも知れないが、相手によっては、
「俺は、彼氏だ」
と思う人もいただろう。
かずさは、人から縛られるのが嫌なタイプで、もっとも、それはかずさに限ったことではないだろうが、そんな相手であれば、すぐに見限っていた。簡単に捨てたといってもいいだろう。
相手の男性からすれば、
「あんな女だったなんて」
ということで、怒り爆発、
「可愛さ余って憎さ百倍」
と言ったところであろう、
ただ、かずさとすれば、粘着になられるよりも、怒りを買う方がいくらか気が楽であるし、あと腐れもないので、あっさりした態度の方がよかった。
男の方としても、
「あんな女を好きになりかけた自分をぶん殴ってやりたい」
というほど、自分に対しての怒りもあることから、かずさのことを、他人にいうことはしないだろう。
下手に話して、
「あいつは、どこまで未練タラタラなんだ。女の腐ったようなやつだ」
と言われるのが嫌だったのだろう。
実際に、そんなきわどい付き合いを結構していたかずさだったが、彼女の悪口が広がっているというのを聞いたことはない。
裏で広がっているのかも知れないが、聞こえてくるわけではないので、
「裏で何を言っていようとも、聞こえてこないのなら、言っていないのと同じなんじゃないかしら?」
と、、あっけらかんと言い放つかずさだったので、
――彼女の言葉には、いつも裏があるような気がするんだよな――
と、さくらは感じていたが、それもドライなところがあるかずさのある意味、長所なのではないかと思うのだった。
今まで、自分のまわりに、かずさのような女性はいなかった。
というよりも、今までというのは、自分が殻を閉ざしていたので、結界の中からまわりを見ていたので、オブラートに包まれたすりガラスから、表を見ているような感じであった。
それでも、ここまでさくらの殻をぶち破るかのように、土足でズケズケ入ってくる人などいなかった。
そもそも、親友になったきっかけも、かずさが話しかけてくれたことから始まった。
――まさか、あの時から計算ずくだったわけじゃないわよね?
と、いう憶測を巡らせてしまったが、あくまでも、勝手な想像、いや、妄想に近いものだった。
「かずさは、私のことをどう思っているの?」
などと、聞けるはずもない。
相手を嫌になれば、相手に嫌われてでも、離れようとするかずさに、さくらに対して、そのような露骨な態度がないことから、少なくとも、さくらを嫌っているわけではない。かといって、
「利用するだけ利用してやろう」
という雰囲気でもない。
果たして、何を考えているのか分からなくなることも結構あるのだった。
二人の関係は、
「しっかり者のかずさに、ついていっているさくら」
という構図であろうか。
見た目も、かずさには目力があり、さくらだけにではなく、まわりの人にもその眼光の鋭さが影響しているようだった。
ただ、まわりの人をまるで奴隷にしているような感じではない、しっかりと気を遣っていて、どちらかというと、
「頼れる姉御肌」
と言ったところだろうか。
そういう意味でも、彼女は、結構交友関係は広かった。どうやら、家族のつてもあるようで、ただ、彼女が自分の家族のことをあまり話したがらないので、さくらも、あまり聞くようなことはしなかった。
さくらの方でも、自分の家族のことをあまり話したくはないと思っているので、そのあたりはお互い様ということもあり、お互いに、
「願ったり叶ったり」
なのではないだろうか。
家族のことはあまり話さないが、交友関係については、結構あからさまなところがある。
前も、さくら以外に困っている人がいるので、弁護士を紹介してあげたところ、
「ありがとう。あの後すぐに解決しました。いい弁護士さんを紹介してくれて、本当に助かりました」
と言って。お礼を言いに来た。
どうやらその時は近隣トラブルだったようで、弁護士がどうしても必要だった、彼女はかずさにそういう弁護士の知り合いがいるとは知らなかったが、
「中村さんは、こういう関係が広いので、何かあった時は、相談してみるといいよ」
と言われていたようで、そのおかげで解決できたのだった。
その時の話は、かずさから、相手のプライバシーにかかわる部分以外は、話をしてくれた、どのようなトラブルだったのかということも聞いたが、なるほど、弁護士でなければ、解決できないことのようだった。
それから、かずさには、急に知り合いが増えたようだ。
「何かあった時に助けてもらおう」
という思惑があって近づいてきたのだろうが、かずさはそんな人たちであっても、決して遠ざけようとはしない。
中には露骨な人もいたが、さすがにそのような人とは、関わらないようにしていたようで、うまくいなしていたようだったが、そのやり方も、さりげないうまさを醸し出しているようで、皆、彼女に一目置いていた。
それが大学に入ってからすぐくらいのことだったのだが、さくらも、そんな彼女と知り合いだということを光栄に思っていた。
かといって、人に対して上から目線ということはなかった。ただ、心の中で、
「かずさと最初に友達になったのは私なのよ。最近のにわか友達とは違うのよ」
と感じていた。
それは、人に対して上から目線というわけではなく、あくまでも、
「自分が人とは違う」
という意識を持っていたいということであり、何もかずさの威光に授かろうというわけではないのだった。
高校の頃までは、二人とも、他の生徒と話をすることはほとんどなかった。
二人で、いつも一緒にいるだけで、そこに他の人が入り込むという余地はどこにもなかったのだ。
それなのに、大学生になって、お互いに別々の道を歩むようにはなったが、最初の頃は、大学の人と一緒にいるよりも、二人で一緒にいる方が楽しかったのだ。
それが、少しぎこちなくなってきたのが、さくらに、桑原という男がくっついてきたからだった。
ただ、桑原がさくらに言い寄ってくる前、つまり入学してからすぐくらいの頃、さくらが少しおかしかったことを、かずさは分かっていただろうか?
大学が別々になり、入学当初は、それぞれお互いのことで忙しいのは分かっているので、連絡が少し疎遠になったとしても、それは別におかしなことではない。
さくらは、ほとんど気にしていないようだったが、かずさの方では、
「最近、さくらとご無沙汰だわね」
と思っていたが、
「忙しいのだろう」
ということで、敢えて連絡を入れることはなかったのだ。
さくらがおかしかったのは、二つ理由があった。
一つは、さくらの家族に不幸があったことだった。さくらの兄が亡くなったというのだ。詳しい話は聞けなかったが、普段から感受性の強いさくらなので、さすがに肉親の死というものには、大きなショックがあったのだろう。
かずさも、あまり肉親の死に対しては気になる方ではないと自分で思っていたが、高校時代に、おばあちゃんが亡くなったのだが、その時もまわりは皆、
「寿命だったのよね。大往生というところかしら? 皆で笑顔で送ってあげましょうよ」
と言っていた。
葬儀が進むうちは、それほどでもなかった。逆に、
「笑顔で送ってあげよう」
と言っていた人たちが、しくしく泣いているのを見て、
「何よ。あれだけ、笑顔で送ってあげようって言っていたのに」
と感じた。
そして、よく見ると、笑顔で送ってあげようといっていた人の目から涙は流れていたが、本当に悲しんでいるというわけでもないように思えた。
――これが人間の本性なのかしら? 口言っていることと、本音がこんなに違っているなんて――
と、大人の世界の汚さを覗いた気がした。
そんなことを考えていて、葬儀がまるで茶番劇のように思えてきて、次第にこの場にいることを情けなく感じていたかずさだったが、今度は次第に、急に寂しさがこみあげてきた。悲しいという思いがこみあげてきたのだが、それは、最後に。
「皆さんで、安らかな最後のお顔を見てあげてください」
と言われ、棺桶の中のおばあさんの顔を見た時、なぜか涙が流れてきた。
心の中では、まわりのすすり泣く声に苛立ちを覚えながら、なぜ自分も、急に泣き出したのかと感じたのが、少し辛かった。
ただ、その時の自分は、誓って、あざとかったわけではない。知らず知らずのうちに涙を流したのであって、まわりの大人のしらじらしい涙とは違うと思っていた。その時から、
「人が死ぬというのは、どんなに自分にあまり関係のないと思っていた人であったとしても、葬式に出れば、必ず一瞬であっても、本当に悲しいという瞬間にぶち当たるものなんだ」
ということを感じたのだった。
そして、もう一つは、
「かずさに対しての嫉妬」
があったのだ。
中学時代、高校時代と、いつも二人で一緒だったのに、大学は違うところにいけば、かずさには、いろいろな人が寄ってきているようである。
かずさは、それまでの孤独な自分から解放されたことを喜んでいるようだった。
――きっと、私なんか、眼中にないんだわ――
と、さくらは感じたことだろう。
かずさは、まさかさくらがそんなことを感じているなど、思ってもいないようだった。
それが、さくらの嫉妬であり。そのせいもあって、さくらの方でも大学で友達を作ろうとしていた
学校で挨拶をするくらいの友達はたくさんできた。しかし、話をする人というと、実に限られている。それも、数分くらいのことであり、かずさとの関係のような人は、皆無だった。
気心の知れたなどという人は一人もおらず、友達を作ることに虚しさを感じていたさくらは、次第に寂しくなってきたのだ。
そんな時、声をかけてきたのが、桑原だった。彼は最初から、さくらのことを彼女にしたいという意識があったのかというと、どうもそうではなかったようだ。だから、さくらも彼に対して、変な意識を持つこともなく、普通にボーイフレンドということでの付き合いが始まった。
ただ、まわりは、二人が付き合っていると思っていたようだ。
だが、二人は次第に惹かれあって、付き合うようになると、桑原の方から、
「入学した時から、気になっていた」
と言われたのは、素直に嬉しかった。
付き合う前は、変な意識を与えられなかったことで、ぎこちなくなかった。きっとそれは彼の独特な雰囲気がそんな気持ちにさせたのだろう。
同世代の男の子というと、もっとズケズケとした態度で、女性と見ると、まるで、
「性欲の対象」
のように見ているのではないかと思い込んでいて、変に男性の視線を感じると、気持ち悪いとしか思えなくなるのだった。
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